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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第六章 エルーダ迷宮狂想曲
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エルーダ迷宮狂想曲31

 アルガスの兵士たちの遺体に混じって敵兵の亡骸も大勢転がっていた。門番の何人かは見知った顔だった。今でも覚えてる。

「ふざけやがって」

「婿殿、冷静に」

 アイシャさんが気遣ってくれる。

 見慣れた景色が大勢の足跡に蹂躙されている。

 この城門から大通りを抜けて高台の屋敷まで、リオナと狩りに行く度に毎日のように通った道だ。

 僕たちの思い出が焼かれていた。

「おっちゃんの店が……」

 リオナ御用達の腸詰め専門店の店が燃えていた。

 リオナがポタポタと涙を流した。

 僕のなかに抑えようのない怒りが込み上げてきた。

「行き先を変える!」

 僕は決断した。

「え?」

「やられたらやり返す!」

「おいおい!」

 爺さんが呆れた。

「ひとりで行く」

「何言ってるんです! 一緒に行くに決まってるでしょ!」

 ロザリアが言った。

「僕も行くよ!」

 ロメオ君が言った。

「やっつける」

 オクタヴィアまで毛を逆立たせ、やる気満々だ。

「飼い主が行かないわけには行かないわね。あんたはどうするの?」

「仕方ないの、出番があるとも思えんが、付き合ってやろう」

「正体隠した方がいいわよね」

「あれどうかな?」

 ロメオ君が指差したのは、焼かれて半壊した雑貨屋さんにある陳列棚だった。

 そこには色取り取りのお面がショーケースに入ったまま多数並んでいた。

「決まり!」

 全員が瓦礫を縫って店のなかに入ると思い思いのお面を取った。

「リオナは帰るか?」

 僕の言葉にクイッと顔を上げて「腸詰めの敵討ちなのです」と言ってお面を付けた。

 猫の面だった……

 僕たちは転移ポータルまで戻ると、ちょうど増援が来たらしく、ヴィオネッティーの守備隊と交戦が始まっていた。うまい具合に釣り出せたようで、数千人規模の兵隊が転移してきていた。

「行くぞ」

 僕たちは敵を吹き飛ばしながら、ポータルを奪還するため、一直線に突き進んだ。

 ポータルを破壊しないように軸線をずらしながら氷結烈風(ブリザード)を見舞った。氷結・氷槍の上位、範囲攻撃用に用意した魔法である。

 誰も彼も濡れ鼠だったのでよく凍った。

 爺さんとリオナが氷の柱になった敵を容易く砕いていく。側面から迫り来る敵はアイシャさんとロメオ君の魔法が吹き飛ばす。

 闇のなかに二筋の閃光が妖精の如く飛び跳ねる。幻獣アムールとベンガルである。美しい光の正体に気付いたとき、敵兵は絶叫する。

「姉さん、ちょっと用事ができたから出かけてくる」

 ポータルの周囲を片付けると、返事も聞かぬうちに僕たちは虚空に消えた。


 乗り継ぎいだ先々には、目的地をぼかすため迂回したにも関わらず、怪しい見張りが付いていることが多かった。

 恐らく地元の守備兵が異変に気付き警戒していたのだろう。

 それでも女子供と爺さんとペットの組み合わせは武装集団だとは思われなかったようだ。

 唯一の懸念は夜に差し掛かり、ポータルの営業停止時間が迫っていることだった。ポータルの管理は厳格だ。時間が来れば夜明けまで使うことができなくなる。

「作動停止まであと三十分」

 ポータルの時間を確認する。

「戻る時間を考えると戦闘時間は数分じゃぞ」

「僕たちの渡航歴がポータルに残るの不味くないかな?」

 ロメオ君が心配する。

「それなら多分大丈夫」

 僕たちはボナ領への最後の転移を行なった。


 ポータルを出た先には低い城壁に囲まれた狭苦しい町の景色が広がっていた。

 町の明かりの数だけ人の暮らしがある。それは分かっている。

「でもね……」

 僕は暗闇にそびえる城を見つめる。

 特権階級に胡座をかいたウジ虫共。少しは恐怖というものを実感するといい。

「時間がないぞ」

「壊し甲斐ない城壁だけど、アイシャさんお願いできます?」

「了解じゃ」

「僕は必要もないのにでかすぎる城を壊しちゃいますんで」

「わしらは何を?」

「周りにいる警備の連中を眠らせてください」

「では、作戦開始!」

 爺さんが守備隊のひとりを無力化した。

「!」

「襲撃だ!」

 ロメオ君とロザリアの魔法が黙らせた。

 城門に知らせに走る兵隊をリオナの銃が仕留める。

 爺さんは小気味よく集団をねじ伏せていく。

衝撃波(ショックウェイブ)ッ!」

 アイシャさんが魔法を放った。

 いきなりの風の上級魔法だ!

 整然と並んでいた石造りの城壁は、目に見えない風の塊に襲われ、魔法障壁ごと内側にたわんだ。ギリギリの攻防の末、城壁は衝撃で端から端まで一気に瓦解した。

 見晴らしがよくなったところで、僕も町の中央にそびえる不釣り合いな城に向かって『魔弾』を放つ。

『覚醒』して以来、初めての本気モードだ。

「『魔弾』ッ!」

 轟音を奏でて、城壁が倒壊して行く。背の低い町並みにそぐわぬ、巨大な城。その壁が音を立てて崩れ落ちる。

 水堀から水柱がいくつも立ち上る。

 終焉の鐘を鳴らしながら鐘楼の影が居館(パラス)を押しつぶす。

「己の悪行を悔いるがいい」

 基礎の土砂が流れ出し、上物が倒壊していく。

「時間じゃ!」

 全員がポータルに戻ってくる。周囲の敵はきれいに掃除されていた。

「先に行って! ポータルに細工するから」

 全員がポータルに消えた。

 僕はポータルの魔力残量をチェックする。朝方補充するのが常識なのに、自分たちの兵隊の帰還を計算してのことだろう、夜中であるにも関わらず満タン状態であった。

 つくづく神経を逆なでしてくれる奴らである。

「でも手間が省けた」

 ポータルの魔力を蓄えているのは大きな転移結晶である。原石を加工したものであることは周知の通り、性質自体に変わりはない。

 要するに溜め込みすぎれば、かつてのサルヴァトーレ・チッチの罠よろしく、大爆発を起こすのである。

 そうならないように結晶化されるとき、必要以上に魔力を吸収しないように術式が施されるのだが、ポータルの場合、個人使用の転移結晶と違い、急速充填するためガードが緩かったりするのだ。

 つまり、強引に魔力を注ぎ込んでやれば、暴走させることが可能なのである。

『楽園』潜入のために学んだことがこんなところで役に立つとは、皮肉なものだ。

 爆発までに数秒のラグがある。

「よし!」

 限界突破だ!

 僕はポータルに飛び込んだ。


「うまくいった?」

 ロメオ君が、ぬかるんだ地面に転がっている僕に、手を差し出しながら聞いて来るので、僕は黙って手を握り返した。

「多分ね……」

 答える僕をロメオ君は笑顔で引き上げた。


 ボナ領のポータルが消失したことにより、他領の入出記録は整合性を維持するために自動的に改ざんされることになる。魔法の欠点と言ってもいいだろう。バグをバグのままにしておけないのだ。転移魔法はその緻密な特性から、事故を回避するために強力な自己修復機能が働いている。まあ、そう構築した偉大な先人がいたわけだが……

 結果的に僕たちは今いるこのポータルから隣りのボナ領には行かなかったことにことになっている。

 物にもよるが、標準的なポータルには約五千件の入出管理記録がプールされている。そのなかのボナ領に関する記録すべてがバグとして消滅することになるのだ。

 つまり僕たちはこのポータルから先には進んでいないことになるのである。


「さあ、帰ろう」


 アルガスでは既に戦闘は終結していた。

 フェイズは残党の掃討に移っていた。

 ヴィオネッティーとスプレコーンの守備隊は帰還のため、ポータルの順番待ちで渋滞中。

 僕たちが出入りした記録も、数分後には一万人近い兵士の記録で上書きされ消滅する。


 アルガスの守備隊は失った同僚や焼け出された住民たちのために必死に働いていた。

 僕たちはもう一度町のなかに踏み入った。

「雨が降ってなきゃ、今頃どうなっていたことか…… 我々は運がいい」

 兵士のひとりが笑いながら己を鼓舞した。

 とても嫌がらせのレベルではなかった。

 まあ、先方も六千人規模の兵隊と居城を失ったのだから少しは反省しただろう。

「おや、リオナちゃんじゃないかい?」

 雨に濡れた群衆のなかから声が上がった。

「おっちゃん!」

 それは腸詰め屋の親父だった。相変わらずてかてかだ。

「怪我ない?」

 リオナが詰め寄る。

「おおよ、頑丈だけが取り柄だからな。商店街の連中もみんな無事だぞ。兵隊さんたちが逃がしてくれたからな」

 一瞬の沈黙は、その兵隊たちが敵の手に掛かって死んだことを意味する。

「皆さん今夜はどうするんです?」

「この先に避難所があるんだ。対ドラゴン用の避難所だから、この程度の人員なら楽に収容できる」

「お店なくなっちゃったのです」

「なーに、材料とこの腕があればいくらでも再起できらぁな」

 それからリオナは避難所に向かい、知り合いを探すために奔走した。ロザリアは教会と合流して、救護活動を始めた。爺さんとアイシャさんには報告がてら帰って貰った。

 僕とロメオ君は…… 魔法を駆使して瓦礫の撤去の手伝いである。


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