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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第六章 エルーダ迷宮狂想曲
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エルーダ迷宮狂想曲30

 一報が飛び込んできたのはまだ雨止まぬ夕刻のことだった。

 家の扉を猛烈な勢いで叩く音がする。

「伝令! 緊急! 緊急事態でございます!」

 ドンドンドンドン!

 アンジェラさんが急ぎ扉を開ける。

 そこにはずぶ濡れになった領主館の侍男がいた。

「今すぐ、領主館にお集まりください! アルガスが襲撃されました!」

 世界がぐるりと回った。立ちくらみという奴だ。

 僕はテーブルの端に手をついて揺れが収るのを待った。

 僕たちは戦装束に着替えると外套を羽織り家を飛び出した。途中長老や、ロメオ君とも合流した。

 領主館の中庭には既に守備隊が整列していた。

 エントランスの階段を駆け上がると、執事のハンニバルが扉を開けて待っていた。

「お待ちしておりました、大広間にお集まりください」

 僕たちは泥足のまま、外套もそのままに廊下を進んだ。


「エルネスト以下、参りました」

「火急だ、挨拶は抜きだ。全員揃ったな」

 そこには守備隊のサリーさんと直属の部下が十人ほど、駐屯地のエンリエッタさんへの伝令役が二名、そして赤が特徴的なアルガス守備隊の装備を着ている泥だらけの兵士が一名、そしてヴィオネッティーの守備隊の男が一名と姉さんだ。

「フェデリコく…… 伯爵は?」

「今説明する」

 ヴァレンティーナ様は大きく深呼吸する。

「今から約一時間前、アルガスの転移ポータルから約三千の一団が現れた。この天候のため視認が遅れ、ポータル並び門の守備隊は壊滅。現在、敵は城下に潜入、守備隊と交戦中である。一刻の猶予もないが、現在、ポータルが敵側に抑えられ、転移ゲートは使えない状況にある。よって我々はまず北の砦より進行し、ポータルを速やかに奪還する。すでに駐屯地から三千名の先発隊が北の砦経由で出立している。北の守備隊と併せて四千名が我らの斥候である。ポータル奪還後、ヴィオネッティー領からも三千の派兵が行なわれる。我ら三千と合わせ、総勢一万の部隊を持って敵を鎮圧する」

「敵の正体は?」

「ボナ領の私兵と思われる」

「なっ!」

 僕たちは絶句する。

 ヴァレンティーナ様は一瞥すると言葉を続けた。

「先日、エルーダ村において、ボナの領主が拘束された。恐らく、そのことに対する報復と思われる。他領の転移ポータルの情報から、一団の移動経路はほぼ判明している。が、確定ではない。今は敵が誰かと考えるな。アルガスを襲撃している奴らはすべて敵だ」

「フェデリコ君の安否は?」

 リオナが尋ねた。

「城の防備はそうそう破れぬ。三千人程度の兵力ではな」

 姉さんが答える。

「他に意見は?」

 僕は手を上げた。

「エルネスト」

「アルガスのポータルは今生きてるんですか?」

「この町のポータルの転移先リストからはまだ除外されていない」

 サリーさんが答えた。

「僕に行かせてください」

「あんたまた――」

 姉さんをヴァレンティーナ様が手で遮った。

「やれる補償は?」

「雨が降ってる」

「何秒待てばいいかしら?」

「多分一、二秒?」

 しばし黙考した後、頷いて、姉さんに笑いかけた。

「あんたも待つのは嫌いでしょ?」

 姉さんは軽く頷いた。

「サリー、ショートカットしましょう。今すぐ部隊を転移ポータルに」


 僕はスプレコーンの石橋の上にいた。橋の下を雨で増水した泥水がヒドラの首のように荒れ狂っていた。

 僕は外套を着込んで背中に空荷を背負った。両手にも荷物だ。見るからに商人の丁稚である。

「じゃ、行ってくる」

 サリーさんの守備隊が僕の後ろで突入の合図を待っている。


 次の瞬間、僕はアルガスの門前の広場にいた。

 実体化と同時にそばに詰めていた兵隊が僕の腕をとる。

 見たことのある装備だった。それはアルガスの装備ではなく、ボナ卿の私兵が着ていたものと同型であった。一見、バラバラの外套を羽織って平民のフリをしていたが、ガントレットの嫌みな装飾が鼻についた。

 僕は雷撃を周囲一帯に放った。

 ポータル脇に固まっていた数人以外、ほぼ全員が健在だった。

「間者か! 馬鹿め! 魔法対策は万全だ」

 残った兵士はざっと見て十人。初撃を躱しただけで勝った気でいる。

 僕の腕を取っていた男が吐血した。

 氷の槍が腹を貫いていた。

 異変に気付いた私兵が剣を抜こうと柄に手を掛ける。

 僕の剣が男の腕を切り落とした。

 結界を広げて私兵たちの接近を阻む。守るべき者は僕の周囲で気絶している者たちだ。

「愚かな領主を呪うがいい」

『魔弾』ッ!

 周囲が地面ごと吹き飛んだ。

 半数ほどの敵が一瞬で消し飛んだ。

 魔法陣の光跡が見えた。

 僕は氷槍を魔法陣目掛けて放り込んだ。

 魔法陣は消え、二度と光らなかった。

 無数の矢が僕を狙って飛んできた。だが命中するものはなかった。夕闇の豪雨のなか、むしろ位置がわかって大助かりである。

 矢が飛んできたすべての方向に氷槍を送り返した。

 闇のなかで生きているのは僕の足元で気絶している人たちだけになった。

「うまくいったみたいね」

 サリーさんたち後続がやって来た。

「その人たちは一般市民だと思います」

 足元で気絶している人たちを指した。

「よく見分けが付いたわね」

「事前に雷魔法を使う魔法使いがいると知っていれば、こんな天気ですから、雷対策して来るんじゃないかなと思いまして」

 対策していなければいないで、どの道一網打尽にできた。

「なるほど、無防備なのは兵士にあらずか」

「こいつら間違いなく、ボナ卿の手の者ですよ。エルーダの私兵と装備が同じです」

 僕は遺体の外套を剥いだ。

「後は任せろ」

 サリーさん配下の突撃隊が次々ゲートを潜ってやって来る。

 ポータルの魔力残量が気になって覗いてみたが、まだ大丈夫のようだ。

 第一陣が突入を開始した。

 編成は夜目の利く獣人部隊だ。城門の敵を排除するのが目的だ。

 周囲の明かりを一つずつ潰していく。

 暗がりで獣人と戦うのは僕も嫌だ。勝てる気がしない。

 リオナたちがやって来た。

 リオナがすかさず手袋を見せた。

「お姉ちゃんから貰ったです」

 こんなときに実に嬉しそうな笑顔を見せる。

 気持ちは分かるよ。お下がりでもリオナにとっては実のお姉ちゃんからもらった宝物だもんな。

「よかったな」

 リオナは大きく頷いた。

「城門が開いたら突入する!」

 サリーさんが号令を掛ける。

 ギイイイィ…… 城門がゆっくりと開いていく。

「敵は民間人になりすましている! 転がっている奴らの装備を確認しろ、特徴を目に焼き付けろ。抵抗する者はすべて敵だ、容赦するな! 突撃ッ!」

 三千名の増援があっという間に門のなかに吸い込まれた。

 するとすぐさま別働隊が転移してきた。

 エンリエッタさんだった。

「先を越されたか?」

「サリーさんたちがちょうど今」

「これが敵か?」

 転がっている兵士を見下ろした。

「ボナ卿の私兵で間違いありません」

「守備隊に先を起こされた! このまま突入する! 我に続け!」

 四千名の隊列が怒濤の如き勢いで長蛇を作りながら城門のなかに消えた。

 さすがにポータルの魔力残量がやばそうだ。

「待って!」

 スプレコーンとヴィオネッティー領への伝令が飛び込もうとしたので引き止めた。

「魔力を補充する」

 僕はポータルに魔力を注入する。ほとんど空だったので時間が掛かってしまった。

 充填が終ると僕は目で合図する。

 ふたりはゲートにすぐさま飛び込んだ。

 ヴィオネッティーの守備隊が間髪入れずにやって来た。

「おや、坊ちゃんもいらしてたんですか?」

 従兄弟の隊長殿だった。

「みんなもう行ったよ」

「あちゃー、出遅れちまいましたかい?」

「敵はあいつらだ」

「見かけない連中ですな」

「ボナの私兵だ。民間人の振りをしてる」

「厄介ですな。増援は来ましたかい?」

「既に一時間以上経ってる。来ないんじゃないかな?」

「いや、もうすぐやって来るぞ」

「姉さん!」

「お嬢!」

「隣のバシリカ領のポータルが魔力切れを起こしてな。一時間前にリストから消えてる」

「てことは?」

「そろそろ魔力の補充が終って、来る頃なのかな?」

「バシリカ領の領主は、コテコテの王党派だ。うまく時間を稼いでくれたようだ。万年腰痛持ちだから、今度、礼に完全回復薬でもプレゼントしておこう」

 世の中敵ばかりじゃないってことか。

「では、我々はここで獲物の到着を待つことにしますかね」

「じゃ、僕たちは町中に行くよ。フェデリコく…… 伯爵が気になるから」

「気を抜くんじゃないわよ」

 僕とリオナ、ロザリアにロメオ君、アイシャさんにオクタヴィア。爺さんまで加えた一行は城門を潜った。

 雨はまだ止む気配がなかった。


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