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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第六章 エルーダ迷宮狂想曲
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エルーダ迷宮狂想曲28

なかなかまとまらず、遅れてしまいました。m(_ _)m

「ははっ、なんの冗談だ、小僧!」

「言ってみただけだ。ま、最後通告という奴だ」

「気に入らねえ! この糞ガキが! もういい。ひとりいりゃ十分だ。男の方は殺せ! 女は後で身体に聞いてやる」

「交渉決裂でいいのかな?」

「ああ、お前のせいで子供たちはあの世行きだ」

 どうせ殺すんだろうが。

 僕たちは後ずさった。そして壁を背に身構えた。

 頭上でガラスが割れる音がした。

「なんだ?」

 辺りがざわめいた。

 このとき、二階の一室で子供たちを見張っていたふたりの兵士が立て続けに倒された。

 リオナの狙撃により、『麻痺弾』が命中したのだ。

 どうやら検証実験のサンプルが増えたようだ。

 ほぼ同時に、人だかりのある表通りを見張っていた私兵たちが無数の矢に襲われた。

「敵襲! 敵襲だ」

 残った見張りが騒ぎ出す。外に向かって弓を引くも、多勢に無勢。

 次々屋根の傾斜を転がり落ちる。

 修道院の壁の外で喚声が上がった。

「ええい、何をしている!」

 リオナが陽動の隙に、軽業師の如く、二階の割れた窓からなかに潜入したのだ。

「どうやら悪行もこれまでのようだな」

 壁の上に登った増援がいきなり矢を食らってこちら側に落ちてきた。

 僕たちを取り押さえようとしていた兵士たちが慌てて避けた。

 急所には当たっていない。ということはこちらも麻痺毒か?

「応戦しろ! 外の連中を黙らせろ!」

 壁や屋根の上にいた連中が屋根伝いに表通りを目指して駆け出した。

「持ち場を離れていいのかな?」

 僕のつぶやきで一部の兵士の動きが止まった。

「まったくトロールより守備が甘いとはね」

「少数で籠城するには修道院は広すぎましたね」

 落雷が次々、浮き足だった私兵たちを襲う。兵士たちはその場で意識を狩られて倒れていく。それに気づき駆け寄ろうとする兵士たちもそのまま突っ伏していく。

「魔法使いだ! 奴らのなかに魔法使いがいるぞ!」

 僕は知らんぷりを決め込む。

 既に兵士の半分は行動不能だ。

「こ、子供たちを、子供たちを早く連れてこい!」

 ボナ卿は外が見渡せる門扉の上の踊り場に上ろうと、階段を駆け上がる。

「貴様ら、貴族に逆らってただで済むと思うなよ!」

 怒声を響かせる。

 その通り、お前もただでは済まない。

「まだか、早く連れてこんか!」

 残念ながら子供たちはもういない。とうの昔に壁の向こう側に救出されているのだ。

 部屋の扉を開けた兵士がなかを見て愕然とする。

 が、声をあげる前にその場に倒れた。

「なぜだ? 人質がどうなってもいいと申すか! 南部の野蛮人共め!」

 お前に言われたくないね。

 ボナ卿は、包囲する守備隊の後ろでギルドの救護を受けている修道女と子供たちの姿をようやく見つけた。

 ボナ卿は絶句した。

 閉じ込めたはずの二階の部屋を振り返ると、ステンドガラスが派手に壊されているのが目に入った。そしてその足元の一階部分の外壁には、内側から吹き飛ばされてできたらしい大穴が開いていたのだ。

 人質がその穴を使って脱出したことは明白だった。

「馬鹿な……」

 あんなでかい穴を開けられて気付かないはずがない! 何が起こったんだ? 

 そう言わんばかりの腑抜けた表情を見せた。

 敗北の瞬間である。

「えーっ、世の中には消音魔法という便利な魔法がありまして、主に子供の夜泣き対策や、騒音対策のため、外界の音を遮断するときなどに有効でございます。なんのことはない生活魔法ではありますが、隠密行動にも重宝する代物です」

 ロザリアは「コホン」と咳をすると、立ち位置をほんの僅か横にずらした。

 そして「とくとご覧じろ」とばかり大袈裟に手を振り、視線を促した。

 指し示した先には消音付与の魔法陣が淡く光る壁があった。

 僕がボナ卿を散々煽ったのはロザリアから注意をそらすためだった。

 内側からリオナがやってもよかったのだが、魔力が少ないので術式発動には魔石を使う必要があったのだ。見張りの数によっては石壁に魔石を埋め込んでいる暇はなかったかも知れない。

 救出前にばれると面倒なので、この際、役割分担することにしたのだ。

 アイシャさんがいてくれれば、こんなことせずとも救助担当を任せられたのだが。

 奴の馬鹿面が拝めたのでよしとする。

 要するにロザリアはことが済むまで、後ろの壁に対してずっと消音魔法を展開していたのだ。

 最初の狙撃によるガラス音だけは消しようがなかったので、同時に陽動で騒いで貰ったのだ。

 二十人も私兵を連れてくるなら、二、三人魔法使いを編成に入れておくべきだった。

 魔法使いがいれば、僕たちが魔法を使っていたことにも気付いたかもしれない。子供だと思って舐めるからこうなる。

 いくら雇う金がないからといって、ケチったのが運の尽きだ。

「き…… さ…… ま…… らァああああ!」

 種明かしをした僕たちにボナ卿はこれ以上ない怒りの表情を浮かべた。

「自分のことを心配したらどうだ?」

 稲妻がボナ卿の頭上に落ちた。

「ジュリオ殿!」

 いつもボナ卿の後ろに控えていた男がかばって稲妻を受けた。

 男は勢いのまま手すりを乗り越えて、門の向こう側に転がり落ちた。守備隊が一斉に襲いかかる。

 ボナ卿は青ざめた。

「魔法使い…… だと?」

「お前などいつでもやれたさ。だが、ここは神の庭、子供たちの大切な拠り所だ。お前の腐った血で汚すわけにはいかなかっただけだ」

「貴様ッ! 伝統あるボナ家の血が汚れていると申すかぁ!」

 煌びやかな服を着た愚か者は空高くはじけ飛んだ。

 男の身体は氷槍を正面から浴びて一瞬で凍り付いていた。

 男の凍った身体は人形のように宙を高々と舞う。

「うぎゃああああ!」

「腐っていると言ったんだ。最後まで人の話を聞かない奴だ」

 身動きが取れないまま意識だけを保ってボナ卿は地面に叩きつけられた。

 と思いきや、地面のなかにめり込んでいった。

 人質を救出した穴から、守備隊とギルド職員がなだれ込んできた。

 僕たちを取り押さえようとしていた私兵たちは、リーダーを失いどうすればいいのか分からずまごついていた。

「投降すれば罪一等を減じます」

 ロザリアの言葉に兵士たちはみな武器を下ろした。

 やがて私兵たちはひとり残らず拘束され、修道院の扉は開け放たれた。

 拘束されたなかに泥だらけの子爵殿もいた。

「邪魔をしたかの?」

 そこにいたのはアイシャさんだった。

「もう少し固めでもよかったんじゃないですか?」

 僕は地面にできた泥沼の縁を足で踏ん付ける。

「殺す気はなかったんじゃろ? 半端に命を助けたら、どの道、金に物を言わせて全回復じゃ。薬が勿体ない」

 助ける気でいた。子供たちが見ている前で人が人を手に掛ける姿は見せたくなかった。

「運を天に任せる手もあったんですが」

 僕は迷った。あのまま地面に落ちて死んでしまえばいいと思った。

「間違いなく即死じゃった」

 アイシャさんは気付いている。僕が一瞬、地面を緩めることをためらったことを。だから手を出した。

「婿殿か第一じゃ。あんな馬鹿者のせいで大事な心が傷ついてしまったら、それは妾たちの負けじゃ。そうじゃろ?」

 そう言って僕の胸に手を当てた。

「助かりました。みんなもごめん」

 アイシャさんが笑った。

「妻の勤めじゃ」

 リオナとロザリアも頷いた。

「リオナ、手から血が!」

 手袋が血だらけだった。

「もう治ってるです。ガラスでちょっと切っただけなのです」

 手袋を外して手を見せた。相変わらず小さな可愛い手だ。僕は大きく溜め息を付いた。

「あーあ、手袋がズタボロね」

 ロザリアが掌が裂けた手袋を振った。

「買い換え時だったです」

「またお揃いの買うか」

 リオナの顔がぱっと明るくなって、嬉しそうに笑った。

「明日行くですか?」

「そうだな。早いほうがいいだろう」

「取りあえず、帰る前にあの壁をなんとかした方がよろしいのではなくて? おふたりさん」

 ロザリアの言葉にはっとなる。

 僕は大穴に駆け寄ると急いで穴を塞いだ。呆然と壁を眺めていた子供たちが目を丸くした。

「みんな今日は怖い思いさせてごめんな」

 穴は簡単に塞がれた。子供たちは壁を叩いたり、蹴り飛ばして強度を確かめている。

「助けに来てくれたじゃん」

「そうだよ。若様たち悪くないもん」

 子供たちは僕よりずっと強かった。シスターたちも誰一人僕たちを責めなかった。

 僕たちは明日改めて顔を出すことを約束して、家路に就いた。


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