コカトリス討伐2
リオナの銃が炸裂する。使用弾頭は『麻痺弾』。命中しているのかすら肉眼で確認できない距離から狙撃する。十発入りの弾倉が空になった頃、ようやく僕の射程になった。
コカトリスに『麻痺弾』は効かなかったようだ。
望遠鏡を覗きながら『魔弾』をお見舞いする。
コカトリスにかろうじて命中して、上肩がわずかに抉れた。白い翼がわずかに赤く染まる。
『魔弾』がこれでは先が思いやられる。
コカトリスは激高したのか加速してこちらに突っ込んでくる。甲高い鳴き声を上げ、長い蛇の尻尾をなびかせ、猛烈な勢いで迫ってくる。
質量はこの船の五倍以上はある。バジリスクも巨大だったが、こちらも負けじと巨大だった。
ただ石化が無効となった今、こちらにも勝ち目が出てきた。さらに勝率を上げるべく、奴を地上に這いつくばらせる必要がある。
僕とリオナは引き続き射撃を繰り返し、接近されるまでの間、白い羽毛にいくつもの赤い染みを付けた。
だが、圧倒的に攻撃力が不足していた。バジリスク同様、表皮の硬さは尋常ではない。
ヴァレンティーナ様の『次元断絶・無双撃』も船のなかからでは放てない。
一刻も早く、空中戦にけりを付けなければならない。
「来るぞ! 衝撃に備えろ!」
僕は結界を二重に展開する。初の試みだが、やれるはずだ。
普段、魔法攻撃や、『魔弾』やらと並行処理できているのだから、やってやれないことはない!
普段なら衝撃吸収重視で張る結界だが、体当たりの痛みをコカトリスに味合わせるために、外側に最大硬度の結界を展開する。要は卵だ。硬い殻に覆われながらも黄身を無傷で守るのだ。結界担当の攻めのディフェンス!
コカトリスが船に体当たりを食らわせてきた。
交錯する瞬間に蛇のように長い尻尾を叩きつけてきた。
だがその瞬間コカトリスは悲鳴を上げる。
雷撃が二発、コカトリスの頭に直撃したのだ。
姉さんとアイシャさんの容赦のない一撃だ。
中途半端な衝撃に押し返されただけで船はビクともしなかった。
「左旋回!」
リオナが窓の外に銃口を向けて、敵の姿が現われるのをじっと待っている。
今度の弾は巨大生物殲滅のために、僕の『貫通弾』に姉さんが細工した『徹甲弾』だ。もちろん非売品である。『軍用』と書かれた真っ赤な弾倉に五発装填されている。
コカトリスがゆっくり旋回してくる。
甲高い声をヒステリックに連発する。
まだ射程とも思えない距離からリオナは狙いを定める。
バシュ!
一発の銃弾が発射された。
コカトリスの首が跳ね上がった。
「どうした?」
「目玉に命中したです!」
「やったか?」
全員が色めき立った。
「未だ健在!」
望遠鏡で警戒しているクルーが言った。
角度が悪かったようだ。もう少し発射角が内側を向いていたら勝負は付いていたことだろう。
だが、それでも僥倖である。
今の奴には遠近感がないのだ。それに片側の視界も。
コカトリスは進入角度をこちらの右側から左側に変えてきた。
「この状況で逃走しないとはね」
「血が上ってるんだろう」
望遠鏡で見た限り、コカトリスの眼球の周囲は吹き飛んで真っ赤に染まっていた。
『徹甲弾』の威力は進化前の僕の『魔弾』の威力に匹敵する。
あれで脳震盪一つ起こさないとはね。タフにも程がある。
こちらの船も合わせて反転する。リオナも座席を右側に移す。
「最大船速で突入しなさい!」
ヴァレンティーナ様が無茶ぶりをする。
「このままチビチビやっていては、不利を悟られた段階で逃げられてしまいます。次で翼を仕留めなさい!」
今の一撃で仕留められなかったことで懐疑的になったのか? リオナの腕なら後二、三発で仕留められそうなのに!
一瞬何を考えているのかと懐疑的になった。このまま遠巻きに安全に対処した方がいい。そう思った。思ったのだが……
「そうか!」
次の一、二撃でパワーバランスが逆転するとヴァレンティーナ様は判断したのか!
一撃で仕留められればよし。でもそうでなければ……
野生の獣は敏感だ。敵わぬと判断したら迷いはしない、立ち去る選択肢を選ぶだろう。
高度を上げられたら、この船は追いつけない。間違いなく逃げられてしまう。
強引に行くしかないのか……
僕は操縦席に走った。
操縦席から正面を見据えた方がタイミングが計れるからだ。
「ぶつかって大丈夫ですかね?」
クルーも心配そうだ。潰されるときは船首のここからだから、なおさらだ。
「大丈夫です。結界で守って見せます!」
僕は結界を意識する。
コカトリスが迫ってくる景色は迫力満点だった。向こうも受けて立つらしく、一直線に向かってくる。
「何が何でも翼の根元に当ててください!」
「任せてください!」
強大な影が操縦席のフロントガラス全面を覆う。
コカトリスは前回同様、すれ違い様、尻尾で一撃を与えてくる気のようだった。
接近するに従い軸線を少しずつずらしてきている。
「今だ!」
操舵士が船の軌道を一気に変えた。船体が大きく左にぶれながら、船首を強引に引き上げ、最大加速を掛ける。『浮遊魔法陣』が青い光を放ちながら、最大出力を叩き出す。
「どうだ!」
注文通り船首は翼の根元を捕らえた。
僕は結界をより強固に鋭利に尖らせた。
「砕けろォおおお!」
船首が翼の根元に食い込む。同時に落雷がコカトリスの頭部を直撃する。
悲鳴が空に響き渡る。
激突の衝撃が伝わってくる。
さすがに体当たりは質量の小さいこちらに不利だった。
押し返されるッ!
「うわああああっ!」
船が分解するんじゃないかと思えるほどの震動が船を襲う。
弾き返された船は船尾を流しながら、コカトリスから遠ざかる。
「『浮遊魔法陣』大破!」
前方片側の旋回用の『浮遊魔法陣』が船首横にできた凹みに沿って大きく剥離していた。
「コカトリスは?」
「落ちて行きます! 成功です!」
片翼の骨が折れたコカトリスは錐揉みしながら砂漠に落ちて行く。
「やったか……」
砂柱が船の高度まで上がった。
「これより地上戦に移行する!」
姉さんたちは飛び降りる準備をしている。
「ギリギリまで高度を下げて!」
落下でできたクレーターの縁に船を寄せる。
「リオナは船から援護! 血の臭いに誘われて他の魔物が現れるかも知れない。行くぞ、エルネスト!」
姉さんが昇降用の扉を開けた。
船内に風が吹き荒れた。
ヴァレンティーナ様も血がたぎってきたようだ。お嬢様の仮面は今はない。
「降下準備! 三、二、一……」
姉さんが飛び降りた。続いてヴァレンティーナ様。アイシャさん。そして僕だ。
船は僕たちを下ろすと一気に高度を上げた。
コカトリスは気絶しているようだ。
片翼はあらぬ方向に曲がっていた。
これなら二度と空に戻ることはできなさそうだ。
突然、閉じていた目が開いた。一瞬悪寒が背中を走った。だがそれだけだった。
石化攻撃を仕掛けてきたようだが、企みは不発に終った。
起死回生の狸寝入りだったのだろう。
油断したところを石に変える気だったのだろうが、結界のおかげで誰ひとり石にはならなかった。
失敗したことを悟ったコカトリスは慌てて身を起こすが、時既に遅し、身体は真っ二つに裂けていた。狸寝入りは悪手だったようだな。
カチッ。と『星の剣』を鞘に収める音がする。
くびれた腰に手を当てて、万能薬の瓶を飲み干している。
「作戦終了! 後は地元民に任せましょ。さっさと船を修理して出発よ」
戦闘に参加した人員も、飛空艇もミコーレには隠しておきたいらしい。
船の修理はクルーと僕の手で行なった。
外から見ると船首片側が見事に陥没していた。
結界は完璧だったはずなのになんでだろう?
『浮遊魔法陣』は予備のパネルを張り替えただけで済んだが、魔力を通すケーブルの断絶の方は重傷だった。
「あーあ、新品だったのに……」
ヴァレンティーナ様が僕に覆い被さってくる。
「はーっ」
大きな溜め息を付く。コカトリスを一刀両断した同じ人物とは思えない。
「弟君、船交換しない?」
「なっ!」
陥没の理由は後日の検証作業で、落雷攻撃によるものだと結論付けられた。要は自爆である。
こちらの結界を貫通する条件はこちら側から攻撃したということであり、敵との接近具合と、手練れの魔法使いふたりによる想定外の破壊力。機体表面の伝導性の良さなどを考慮した結果、落雷攻撃による放電が原因と結論づけられた。
当然そんなことは内緒で、ミコーレ側に修理代込みの報酬を請求したことは言うまでもない。
で、肝心のこちらへの報酬だが……
『船を改造してもいいよ』券を貰った。一ルプリも掛かっていない紙ペラ一枚の気軽さだが、さすがヴァレンティーナ様、僕の欲しい物が分かってらっしゃる。
お墨付きが出た以上、今回の反省を踏まえて、思いっきりやらせて貰うことにする。予算も潤沢だ。姉さんからも許可が出ている。
今回の経験から、最大の攻撃は船体質量を使った体当たり攻撃だと僕は結論づけた。今回のような正面攻撃にも有効な手段であると判断する。船首をより鋭利に、より頑丈に。そのための竜骨の強化。強力な結界の導入。
さらに銃の有効性を加味した全周をカバーできる戦闘デッキの追加。できればリオナに船の上だけでもより強力な銃を持たせたい。
オプションとして機動性アップのための『浮遊魔法陣』の追加。側面装甲の追加をお願いしたい。
ただし、これらのためには、まずドラゴンの『第二の肺』の追加、浮力の強化が優先である。
ドックの大きさは変わらないので、大きさに制限があることも考慮したい。
『ビアンコ商会』の棟梁に早速改造案を提出。量産で忙しいなか、実験船の大改造計画が実施される。




