コカトリス討伐1
地下十七階、初討伐の翌日から始まります。
地下十七階攻略の翌朝。
香木の売買契約書だのを作る羽目になって徹夜して、つい数時間前に眠ったばかりだというのに、姉さんに叩き起こされた。
「起きろ! エルネスト! 緊急事態だ!」
掛け布団を剥ぎ取られて、ベッドから引きずり下ろされる。
「コカトリスが出たんだ! 早く起きろ!」
コカトリス……? なんだっけ、それ……
「バジリスクの番だ! レベル八十の大物だぞ!」
目が覚めた。
姉さんが拳を握って僕に振り下ろすところだった。
「うわああ、それは待った!」
僕は姉さんの拳を必死に押さえつけた。
「弟を起こすのに強化魔法使うなよ!」
「すまん、つい癖で」
どんな癖だよ!
僕が着替えて居間に行くと、既にリオナとアイシャさんがスタンバイしていた。
「ふたりも行くの?」
「わたしたちの担当は空中戦だ。リオナには狙撃、アイシャ殿には魔法を、お前には結界を担当してもらう」
「ほら、あんた、口に入れて行きなさいよ」
アンジェラさんがサンドイッチを作っておいてくれた。
僕は急いで頬張った。
「じゃあ、行くよ」
僕たちは領主館に向かった。領主館のゲートを使って飛空艇の格納庫に向かうのだ。普段商会の転移ゲートを使っていたから、こちらからは初めてである。
領主様の一番艦に乗り込み、発進する。なかには船の運航スタッフとヴァレンティーナ様だけが乗り込んでいた。
「あれ? 他のメンバーは?」
「町の防衛と迎撃のために置いていくわ。あくまでわたしたちは助っ人だから」
「ええと…… 助っ人って、敵はどこ?」
「砂漠だ。ミコーレ公国皇太子ジョルジュ・ブランジェ卿の正式な救難要請だ」
「ミコーレまで行くの?」
「こちらに来られては困るだろ! 迎撃は早いに越したことはない!」
船は南に向けて出航した。
「間に合えばいいが……」
ミコーレもまだ実害は出ていない段階だった。
だが既に領土内に侵入され、このままの進路だと北部の中核都市フェミナに差し掛かるという。ミコーレから軍団が向かっているが、果たして間に合うかどうか。
「三時間か……」
中核都市フェミナは僕たちにも大切な町である。スプレコーンが現在建設している街道の終着地点がまさにフェミナなのである。
僕は寝不足がたたったのか、リオナの隣の席でうとうとしていた。
そして気付いたときには、どこかで見たことのある書庫にいた。
実家の書庫だったか? 姉さんの書庫だったか? どこだっただろう?
目の前に大きな本を開いているローブ姿の老人が佇んでいた。
「サルヴァトーリ……」
蝋燭の明かりが顔を照らす。
「爺ちゃん?」
アシャン老だった。
「ちょうどよかった。こちらから出向こうと思っておったところじゃ」
「ここどこ? まさか『牢獄』?」
「いや、ここは前回同様、お前の『楽園』のなかじゃ」
「どうかしたの?」
「コカトリスが現れたそうじゃな」
「もう知ってるの?」
「魔法の塔の連中は皆優秀じゃからな」
「そうだよね、みんな姉さんレベルだもんね」
「まあ、あれは特殊じゃがな」
そう言って笑った。
「急がねばならん。これを姉さんに持って行きなさい」
読みかけの本を僕に手渡した。
「『上級結界全集』?」
「可愛い孫をふたりも失いたくないからの。さあ戻りなさい。時間がない」
ゴトン!
何かが落ちる音がして僕は目を覚ました。足元に本が転がっていた。
大きな本だったので、近くにいたヴァレンティーナ様とリオナが目を見開いた。
「どこから出したですか?」
僕は本を拾って表紙を確認する。
『上級結界全集』……
「ああ、今アシャン老から受け取ったところだ」
前に座っている姉さんを呼んだ。
「これを渡せと?」
「コカトリスのこと知ってたよ」
姉さんは何も言わずに本を受け取ると、頁を開いた。
「この本は、存在すると言われ続けて、見つからなかったものだ。中級までは見つかっていたから、必ずあると信じられていたのだが。まさか『楽園』から持ち出したか?」
「そうみたいだね」
「これ以上賢くなってどうする、神にでもなるつもりか?」
「僕に聞かれてもね」
あっさり『楽園』に入り込めたことの方が、驚きだよ。爺ちゃんが誘ってくれたからだと思うけど……
「これか?」
姉さんの手が止まった。しばらくして姉さんは立ち上がり、全員に魔法陣を施す準備をさせた。
本のなかに『上級対石化結界』の紋章があったらしい。
これから全員に転写するのだ。転写は地肌に直接行なわれ、一日、何をやっても剥がれることはない。
姉さんはまず自分に施して効果を確かめると、順に転写を施していった。最後にリオナに施すと自分の小指の指輪をリオナの中指にはめた。
「結界展開中は魔力を消耗し続けるからな、はめておけ」
どうやら魔力回復付与の指輪のようだ。
「分かるように説明してくれんかの?」
僕の隣の席をリオナから奪って、アイシャさんが詰め寄った。
僕はアシャン老との関係や、『楽園』スキルについて話せる範囲で説明した。他のクルーもいるなかで最重要機密であるユニークスキルの話はできない。
そうこうしているうちに国境を越えた。突然世界は砂漠に覆われた。
見渡す限りの砂の海だ。空の青さが映える。
リオナは窓に貼り付いている。
「きれいなのです」
姉さんは窓から外に身を乗り出して、船体に『対石化結界』の紋章を転写していく。
「『対石化結界』て存在しなかったの?」
僕は素朴な疑問を投げかける。
「ん、中級までなら今までも存在したぞ。コカトリスが相手じゃなきゃ、上級は必要ない」
中核都市フェミナが見えてきた。緑に囲まれたオアシスの町だった。砂防用の城壁に円周上に幾重にも囲まれた、円形の町だった。
「コカトリス発見!」
リオナが左舷前方を指差す。それはまだ小さな点でしかなかった。
「ギリギリ間に合ったか……」