エルーダ迷宮狂想曲22
外に出た僕たちはちょうど人気の引いた食堂で遅めの昼食を取っていた。
保存食を食べて引き返すより、食堂で食事して仕切り直す方が早いと判断したからだ。
そこで僕たちは算段をした。
どうすれば香木を持ち帰れるか?
香木は貴族たち以上に獣人たちにとって価値のあるものだったから、どうせなら身内に売りたいと思ったのだ。
「内密に査定できる人が必要だね」
「そんな人どうやって……」
素人では金額が付けられない。そうなると修道院に払う手数料が算出できないことになる。
かと言ってギルドを通して、公にすると、運搬手段も隠すこともできなくなる。馬車に揺られて遠回りなど今更願い下げだ。
結論として、僕たちはヴァレンティーナ様に連絡を取ることにした。
『銀花の紋章団』実質リーダーとしての彼女、領主としての彼女、どちらにしても人脈と即断即決の行動力に関して、彼女以上の人は思い浮かばなかった。
当然対価は安くないが、今回払えるだけの物はあると考えた。
携帯型の転移ゲートを積んだ飛空艇を国境ギリギリまで寄せて貰うことにした。そこに転送してしまおうというわけだ。
すぐさまリオナとロザリアが町に戻った。
僕たちは修道院に向かう。
さて、ギミックと判別できなかった香木は送られてきているか?
中庭に通されるとそれらはきちんと送られてきていた。まさかあれだけのものがすべて本物だったとは…… 送ったこちらが呆れてしまう。
やがて、一時間ほどして姉さんがスプレコーン領主館の執事ハンニバル氏とひとりの鑑定士を連れて列車でやって来た。
「姫様は船でおいでになりますので、しばしお待ちを。その間に専門家に鑑定をさせたく存じます、お許し願えますでしょうか?」
ハンニバル氏の柔らかい物腰にシスターも了解せざるを得なかった。
現金化しない以上こうするしかないのだが、呼び出された姉さんは「また馬鹿なことをして」という視線で僕を見た。
沈黙が続いた。ぶつぶつ言いながら一本一本メモを取っている。そして一本一本の木に値札を紐で結んでいく。
そしてすべてを確認し終ると、鑑定士はメモを双方に見せた。
まさにピンキリの値段だった。ほぼ同じ大きさの物でも一本銀貨十枚程度の物から金貨三十枚もする物までいろいろだった。実際香りを嗅いでみると違いは分かるのだが、何がいいのか悪いのかが、まるで分からない。
「締めて金貨二千三百枚になります」
また大台に乗ったな。こんなことなら爺さんも誘えばよかった。
やがて姉さんが開いた転移ゲートから、リオナとロザリアが戻って来た。
ヴァレンティーナ様もやって来て、シスターに挨拶すると、僕たちが持ち帰った宝石類を見渡した。まさかの王女様登場にシスターの開いた口が塞がらない。
「今回の報酬はこれでいいわ」
ヴァレンティーナ様が笑って指差した。
それは王冠の中央にはまっている宝石だった。シスターの許しを得て石を取り出した。
「でかすぎてありがたみがない感じだけど……」
僕がそう言うと「これ自体は金貨二百枚程度の石だけど、うちの彫刻師の手に掛かれば、今回の香木と同じ値段ぐらいにはなるのよ」
そう言ってウィンクした。
なんたる錬金術。今度は僕が大きな口を開ける番になった。
香木の運び出しはあっという間に終った。
僕たちは香木の分の手数料を支払った。姉さんたちはリオナたちと入れ替わりに戻っていった。
「なんだか、皆さんの持ち込まれる品は他の方たちの品と大分違いますわね」
シスターが溜め息交じりに言った。
その視線は巨大な指輪や王冠に向けられている。
「残りはギルドに来て貰った方がいいですね」
「そうします。目立ちますものね」
残りの品の売却も決めて、僕たちはその場を後にした。
このまま帰りたいところだが、今日のノルマはまだ終ってはいなかった。
再び入り口に戻った僕たちは出口を目指す。
通路は入り組んでいるが、既に走破された後であり、進むのは容易だった。
朝から狩りを続けている他のパーティーも未だ健在、がんばっている。
香木を探しているのだとしたら、気の毒なことではあるが。
「もうないのです」
「ないなーい」
リオナとオクタヴィアが確約した。
「なんだか最下層に着いた辺りからオクタヴィアの様子が変なんだ。妙に機嫌がいいんだよね。どうしたのかな?」
「急に踊り出すし。クッキー食べすぎておかしくなったのかしら?」
ロメオ君とロザリアがハイテンションな猫に不審を抱いた。
「実はさ――」
僕はふたりに金貨四枚ずつ渡しながら種明かしをした。
「クッキーの盛り合わせ?」
「それでご機嫌なの?」
「そういうこと」
「てっきり香木の匂いでラリってるのかと思ったよ」
「わたしも」
オクタヴィアの二本の尻尾は機嫌よく揺れている。
「夕飯もクッキーだと言うのに、よくクッキーばかり食えたものだな」
横で聞いていたアイシャさんも呆れている。
昼飯もクッキーだったから、そろそろ飽きて愚痴の一つもこぼしそうなものだが。
オクタヴィアは僕の肩に乗って頭を擦り付けてきた。
「お魚も食べれる」
僕たちは唖然として、そして大笑いした。
我が家の猫殿は実に狡猾であった。確かに夕飯もクッキーだが、誰も「他の物は食べてはいけない」と言わなかったのだ。
「たらふく食えば飽きるだろう」とアイシャさんは言ったのだ。
金貨四枚を受け取りながらアイシャさんは頭を抱えた。
「婿殿のおごりじゃぞ」
僕は頷いた。
「ほんに婿殿はオクタヴィアに甘いの」
やがて出口に到着した。敵に出会うこともなく、楽な行軍だった。
家に戻ると香木が既に庭先に届けられていて、長老たちが詰め掛けていた。
帰宅早々、値段交渉する羽目になった。
一番高い値の付いた香木は、リオナの部屋と長老たちの詰め所に飾られることになった。後は長老たちが自前の金で好きな香木を買い漁った。
ロメオ君ちにも一本持ち帰って貰って、領主様の屋敷にも一本プレゼントすることにした。
棍棒に使われていた香木は真っ先に粉砕されて、翌日、秤売りされた。両手一杯のチップで大体銀貨五枚で売りに出された。
即日完売だった。
売り上げは棍棒だけで金貨五百枚になった。
何種類もの香木が地下倉庫に量にして三分の二以上まだ残っている。しかもそのほとんどが棍棒よりグレードの高い香木だった。
後学のために全種類をガラスの棟の展望ロビーに並べて貰った。
残りは今回の売り物が消費された頃合いを見計らって売りに出すことにする。
雨の日以外閑散としていた展望ロビーが、香木を展示したその日から満員になった。そして連日連夜酒盛りを始める輩が出始めた。
春、草木の芽吹く至福のとき、獣人たちにとって薫り溢れる至高の季節。それが初秋の今頃に鼻腔をくすぐるのである。
寛容だった長老たちも、眠れぬ夜が続き、とうとう一週間目にぶち切れた。
『風流をよしとすべし』と貼り紙がなされ、優雅に月見酒が奨励された。我が家の大人三人組も連日たしなんでいるようである。
大浴場の軽食屋が夜の間『居酒屋 月見酒』になっていることを僕が知ったのは大分後になってからのことである。知らぬ間にガラスの棟は大浴場付きの町一番の酒場と化していた。連日大盛況。耳聡い人族だけでなく、遠路遙々ドワーフ村からやって来る風流人までいる始末。
香木の噂は、町の外に住む獣人たちの耳にまで届き、次の販売には長蛇の列が予想された。
「また呼び出されても困るからな。新品の物資専用の転移ゲートだ。エルーダ駅のホームに設置するといい。査定と運搬は『銀花の紋章団』が引き受けよう。くれぐれも運用には注意するようにな」
姉さんも案外乗り気である。
僕は最下層までまた行くのかと思うと今から憂鬱であった。