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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第六章 エルーダ迷宮狂想曲
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エルーダ迷宮狂想曲19

「やはり歪んでおるの」

 今朝もやっている朝練に顔を出すと、子供たちのいる前でいきなり「剣を振ってみろ」と言われた。そしていきなりの駄目出しである。

「婿殿のよさは素直な剣じゃ。騎士になるべく幼い頃から鍛錬してきた基礎の上に成り立つ剣じゃ。我流に流されず、剣技の基礎を叩き込んだ賜じゃ。アイシャ殿の剣は我流の剣じゃ。しなやかな身体、長い手足が生み出す野生の剣じゃ」

 自分の剣のよさなんて分からない。誰からも地味だと評される基本に忠実な剣だ。獣人の身体能力を駆使したリオナの剣にも劣る代物だ。

「わしが恐れるとしたら、アイシャ殿よりそなたの剣の方じゃ」

 意外な言葉だった。

「わしは冒険者ではなく剣士じゃ。魔物より人を斬ることを生業にしておった。じゃから分かる。一見派手な剣も隙のない剣の前ではただのお飾りじゃ。魔物を相手にするには威力も技も足りないから、婿殿は目移りしておるのじゃろうが。止めた方がええ」

 そう言うと爺さんは『鬼斬り』を僕の前でやって見せた。

 それはアイシャさんのものとはまるで違った。踏み組む一歩の歩幅、巻き込むのではなくより遠くのものを切り裂く一振り。同じ技なのに?

「婿殿はこうあるべきじゃ。アイシャ殿は女ゆえ、腕が細い。足りない力を巻き込むことで補っておるのじゃ。そもそも人を斬るには必要のない技じゃ。硬い魔物を斬るために必要な力を得るために止むを得ずしていることじゃ」

「止むを得ず?」

「よく考えてみよ。理想の剣とは何か? エルフの剣を理想と思うか? ドワーフの剣を理想と思うか? わしはこう思う。理想的な剣とは相手を粉砕するほど重く、紙のように軽い剣じゃと」

「そんなのあるわけないよ」

 横で一緒に聞いていたピノが言った。

「その通り。では重い剣の代わりに軽い剣を重くできるか? 軽い剣の代わりに重い剣を軽くできるか?」

「どちらも不可能です」

「では使い手が努力したらどうじゃ?」

「…… 重くも軽くもできないけど、扱いやすくはなる?」

「わしはドワーフの剣に分があると思う。扱いやすさが増しても最後に残るのは重さじゃ。軽い剣は努力ではどうにもならん」

「じゃあ、なんで細身の剣を使うんです?」

「言ったじゃろ? わしは剣士じゃ、人を切れてなんぼじゃ。必要十分ということじゃ。魔物相手に足りないところは剣の力で補うだけじゃ。今のところ借りずにすんでおるがの」

 そんな割り切り方ありなのか? 最強を目指しているんじゃなかったのか?

「アイシャ殿も同じ顔をしたぞ。フッ、似た者同士じゃの」

 剣をいきなり僕の首筋に突きつけた。

「生きたものを殺すのに首を切り落とす必要があると思うか?」

 爺さんが突然真顔になった。

「今『鬼斬り』が必要か?」

 僕は後ずさった。

「ほんの少し、この剣を引いてやればそなたは死ぬ。動脈を軽く切りつけてやればお陀仏じゃ。剣も傷まぬしの。敵を倒すのに力はいらぬ。派手な技などなおさらいらぬ!」

「でも力がなければ、ゴーレムの急所に剣は届かない」

「だから、剣の力を借りよといっておる。そなたの名剣は飾りか? なんのためにドワーフの棟梁が渾身の一振りをそなたに預けたと思う? 腰飾りにさせるためか? なぜ使わぬ? 刃こぼれが怖いか? 馬鹿を申すな、その剣が何を斬ったら刃こぼれを起こすというのじゃ。なんのために『その剣をもっと振ってやれ』とわしが言ったと思う? それを…… わざわざ劣る剣で互角に戦おうてなんとする!」

 言い返せない。これが増長でなくてなんと言うのか。

 思い上がりだ。完全な驕りだ……

「こう考えるがいい。抗い荒ぶる者を押さえつける力と命を絶つ力は別じゃとな。押さえつける力はドワーフの棟梁が既に与えてくれた。そなたのすべきことは後者だけだ。半分は既にそなたの家族が与えてくれておる。何もかも望むのは残りの半分を手に入れたその後じゃ」

 いつもの素の爺さんに戻っている。

 子供たちは頬を赤くして羨望のまなざしで爺さんを見つめている。

 自然と頭が垂れる。

「精進します」

「よーし、では食事まで付きおうて貰おうかの」

 えーっ! 今日は狩りがあるのに!

「子供たち、迎えが来ておるぞ。女性を待たせてはいかん。はよ行くがよい」

「やべ、もうこんな時間だ!」

「若様のせいだ」

 お前らが勝手に手を休めたからだろうが!

「がんばれよ、若様!」

 子供たちが我が家に向かう。僕はうらやましそうに彼らの背中を見送る。

 僕も帰りたい。

「では始めようかの」

 僕は振り返る。

 爺さんが人のよさそうな笑顔で僕を見る。

「さあ、命の奪い方を教えて進ぜよう」



 菓子袋とゴミ袋を持って振り子列車に乗り込んだ。

 ゴミや、本の束をホームに下ろしてから出発する。オクタヴィアは既に菓子袋に擦り寄っている。

 ご主人が空き缶に詰め替えるのを目をこらして見つめている。

「お茶の時間までお預けじゃ」

 目の前で蓋を閉じられ尻尾が項垂れる。

 僕たちは持ち寄った本を床に並べる。より高度な魔道書や、物語の本だ。道中片道一時間の暇つぶしだ。作戦会議とお茶で大体時間は潰れるのだが、外の景色が見られるわけでもないので、わずかな時間も手持ち無沙汰になるのである。

「今日は地下十六階を飛ばして、地下十七階を攻略する」

 ふたりの手が上がった。

「一体ずつでいいから、魔法がどれくらい通じるか試したい」

「試し撃ちしてないのです」

 ロメオ君と、急遽新型弾頭の効果実験をしたいリオナが異議を唱えた。

 どうせ、地下十七階の入り口から入るのでたいした手間ではない。

「地下十七階の敵はアースジャイアントだよ。巨人族だけど三メルテぐらい。サイクロプスより小さいよ」

 問題は報酬だ。

「武器は鈍器。当然大き過ぎて使いようがないゴミだ。でもレアで香木を素材にした武器を持つ者がいるらしい。香木というのは手のひら一杯で銀貨十枚から金貨数枚の価値があるらしい。棍棒サイズでいくらになるか想像も付かないが、当然、余程の運がなきゃ手には入らない物と思われる」

「『迷宮の鍵』を拾った人に言われてもね」

 全員がうんうんと頷いた。オクタヴィアまで頷いてる。

 お前、まだ知り合ってなかっただろうが!

 あっ! お前! 髭にビスケットのカスが……

 お菓子! いつの間に!

 尻尾でこっそり缶の蓋を閉じようとしている。

「んぎゃ!」

 その尻尾を飼い主に掴まれ引っ張り上げられる。

「香ばしいできたてのクッキーを、涎まみれにしてくれるとは…… さてどうしてくれよう?」

「全部責任持って食べる」

「よかろう、今日は昼も夜もクッキーじゃ。死ぬほど食えば飽きるじゃろ」

 クッキーを入れてきた袋に涎つきのクッキーを入れ戻して、その袋を猫の背中に背負わせる。

 本人は嬉しそうである。

 が、すぐに中身が取り出せないことに気付いて情けない顔になる。紐は背中で縛ってあるので、本人がほどくことはできない。必死に背中を取ろうと、もがいて転がるものだから、クッキーが袋のなかで音を立てて砕ける。それに気付いて黒猫はもがくこともできなくなった。

 じっとしている。

 じっと身構える。

 ひたすらじっと…… そして急速反転! 後ろを振り向く。

 残像すら残っていない。クッキー袋は相変わらず背中の上だ。

 みゃー、みゃー。

 久しぶりに猫なで声で鳴いた。人語を話すようになってから初めて鳴いた。

 哀れだ。実に哀れだ。

 ほんの数十分待てば、好きなだけ食べられたものを。卑しさが身を滅ぼした。

 僕たちがお茶を楽しんでいる間、みんなの周りをくるくる回っておねだりする姿は哀愁を誘った。

 結局、アイシャさんが根負けして、自分の分から三つ分けてやった。

「足りない」

 アイシャさんにクッキー袋を握りつぶされていた。


「つまりなんじゃ、わしらは名筆は筆を選ばないという考え方に毒されておったのじゃ。棒切れでもうまくやるのが優れた剣士じゃとな。じゃが、あやつは名筆を目指すなら筆を選べと言うておる。真の戦いとはわずかな優劣で決するものじゃと知っておるのじゃ。じゃから手を抜くなとな。妾も婿殿も覚悟が甘かったということじゃな」

 村へ向かう道すがら、アイシャさんにこっそり今朝の顛末を話すと、彼女は嫌そうにそう答えた。


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