エルーダ迷宮狂想曲15
迷宮十五階は、地上同様夜明け前だった。
僕たちは岩だらけの切り立った峰に立っていた。
「寒っ」
足元にはどこまでも雲海が広がっていた。
「暗いわね」
ロザリアが言った。
「きれいな空気なのです」
「もうすぐ日の出ですかね?」
「ゼンキチも連れてきてやればよかったかの」
爺さんはリハビリが必要なので、自宅待機である。
他にもいろいろ用事があるようでアンジェラさんにすべて任せてきた。
出がけに冒険者資格の再発行の話をロメオ君としていた。
ロメオ君の説明では、通常五年間失踪すると、死亡が認定されて、資格も口座も閉じられてしまうらしいのだが、人外のアイシャさんのケースと違い、三十年間のラグなので理由が考慮されれば口座の再開も可能だと言うことだった。
本人は早々に失った剣の代わりを手に入れたいらしく、腕に見合ったものをと考えているが、そうなると大枚が必要になるので、口座の再開が急務なのだそうだ。
たった一羽しかいないロック鳥を捕まえるべく、早出した僕たちは夜明け前にエルーダ村に到着していた。
ギルド職員も夜勤に数人いるだけで、マリアさんはいなかった。
残念ながらロック鳥の依頼は出ていなかった。
「見つかるかな?」
ロメオ君は地図と景色を見比べる。
このフロアーの入り口であるこの山の頂はマップでは南西に位置している。出口は北東に位置し、僕たちの移動はその間の稜線に限られていた。
つまり、地図を斜めに横断することしかできないということだ。南東と北西方面は探しに行きたくても踏み込めないのであるから、ロック鳥が進入不可のその領域にいた場合、どうあがいても手出しができないということである。
雲海に朝日が昇る。
灰色の海が金色に輝き始める。
「うわぁあ、きれい」
僕たちは狩りを忘れて、しばし観光に興じることにした。
周囲にロック鳥の気配はない。
日の出を堪能した僕たちは下って行く稜線に沿って歩き続けた。
小一時間ほど歩いてようやくマップの中央まで辿り着いた。このマップで一番高度の低い場所だがそれでも雲の上である。朝いた山の頂がまだすぐそばに見える。
「さすがに飽きてくるな」
岩だらけの傾斜と雲海。背景をケチったかのような景色が果てしなく続く。美しいと感じたのは最初だけだった。同じ山道でも眠り羊のマップの方がよほど変化に富んでいた。
いくつかの峠を越えると道が急激に下り、雲海のなかに消えていく景色に遭遇する。
遠くに、雲海から頭を出している尾根が見える。
あの辺りがゴールだ。
気持ちを砕くのに十分な下りと上り坂である。
「飛空艇が欲しい……」
ロザリアが遅れ始めた。それからロメオ君。僕と遅れ始めた。リオナとアイシャさんは健脚だ。
再び雲の上に出たとき一行の列は伸びきっていた。
先頭を歩いていたリオナが突然頭上に向けて発砲した。
一瞬で全弾十発を放り込んだ。
「リオナァ!」
頭上から巨大なものが地面に激突した。
衝撃と土煙がリオナを襲った。
直撃は回避されたはずだ。リオナを中心に展開した結界に手応えはあった。
それでも心配である。
駆け出そうとしたら、背中を引っ張られた。
「ここにいるのです」
「うわっ!」
いつの間にっ! 僕の背中にリオナが回り込んでいた。
弾倉を慣れた手付きで換装している。
「大丈夫?」
ロメオ君とロザリアが息を切らして登ってくる。
「麻痺してるです。誰か止めを刺すのです」
早速、麻痺弾を使ったのか。
僕は風を起こして砂塵を振り払いながら落下物を確認した。
目の前にクレーターができあがっていた。
アイシャさんが既に止めを刺していた。
「うわぁ、でかい。これがロック鳥か」
ロメオ君とロザリアが感心する。
オクタヴィアは僕の肩に乗った。
「子供?」
僕とリオナと同じ感想を持ったようだ。
きのう遭遇したロック鳥より遙かに小さいのだ。この大きさではワイバーンを鷲づかみにはできない。下手すりゃ、返り討ちにされる。
野生と、魔法生物の違いだろうか? レベルに開きがあるのだろうか?
「鍵を探さないと」
僕たちは隅々まで探したが鍵はなかった。
全員が顔を見合わせた。
今更ながら地図情報を隅々まで調べた。
まさかほんとに子供だったんじゃ。
やがて時間切れになった。風の魔石(大)と鍵が残った。
全員ほっと胸を撫で下ろした。
僕たちは出口を塞ぐ洞窟の扉の前に立った。茨をかたどった重厚な金属の扉だ。
『迷宮の鍵』をかざしたら、カチッっと音を立てた。
「あれ?」
全員が閉口した。
「あいつの噂も当てにならんな」
そう言ってアイシャさんは苦笑いした。あいつとはアンジェラさんのことである。酒のおかげですっかり打ち解けたようだ。アンジェラさんも噂の域で、断定はしてなかったのだし、罪はなかろう?
問題は、ギルドに戻ったときに起きた。
アイテムショップになんと合い鍵が売っていたのである。
『地下十五階の鍵』、銀貨一枚。
マリアさんが教えてくれたのだった。
「あの扉、『鍵開け』のスキルにも魔法にもセキュリティー対応してるのに、合い鍵はノーマークなのよね」だそうだ。
ギルドのなかでなければ全員、わめき散らしたかったはずだ。
今日の一日はなんだったんだと!
「今日の昼飯はリーダーの奢りだ」
アイシャさんが僕の頭を鷲づかみである。
「アイシャさん二十階層まで行ってるんでしょ? なんで知らないんですか!」
僕も言い返す。
「そりゃ、今と昔は違うじゃろうし、それにいつも誰かと一緒じゃったから、扉なんぞあることも知らんかったわ」
「割り勘」
オクタヴィアが僕の肩に乗って、ご主人の顔を両手で押し返す形で仲裁に入った。
なぜか事務所内で黄色い歓声が上がった。
ちなみにマリアさんと会話する切っ掛けになったのは、決闘相手の髭ずらがどうなったかという報告があったからだ。
髭づらは僕たちに対して支払う罰金の他に、強制労働十年が裁定されたらしい。真面目にやれば五年で開放されるようである。重いような軽いような判決で全員、微妙な顔つきになった。
こんな日もあるさ。