エルーダ迷宮狂想曲(『疾風旅団』とお買い物)8
ウルスラさんたちは結局、銃を一丁だけ購入することに決めた。購入するのは他でもない、一番てこずっていたアンだった。
ライフルショップに彼女たちを案内するため、翌朝、アルガスで待ち合わせをし、ポータルでスプレコーンに入った。
彼女たちは一番早い駅馬車で、日の出前にアルガスに到着し、僕と合流した。
ポータルを出ると全員青いタイルの城壁を見上げて固まった。
裏手はまだ工事が残ってるが、前面の化粧は予定より早く終っていた。予算が相当額前倒しに支給されたからだと聞いたが、彼女たちは運がよかった。
朝日に照らされた一番美しいときに立ち会えたのだから。
「ふえー。これができたての町かぁ」
「きれいね」
「まるでおとぎの国だな」
皆思い思いの感想を述べる。
森のなかから飛行船の第一便が飛び立った。満員御礼の早朝クルーズの出立だ。
ウルスラさんたちは茫然自失でその景色を眺めた。
「空飛ぶ船?」
巨大な船が上空をゆっくり通り過ぎる。
「チケットは一時間の周遊で金貨一枚ですよ」
「高いな」
「予約は一年待ちです」
「そりゃ残念」
中央広場の一角にその店はあった。
守備隊の詰め所の二階がライフルショップになっていた。
僕も店に来るのは初めてだった。
店構えだけではなんの店か分からない。いや、店であることすら分からない。
店に入るといきなりショーケースに並んだライフルの見本が出迎える。本物は店の奥にあるらしいのだが、警備が厳重でバックヤードへの入り口には檻が付いていた。扉はない。
店員は店内にふたり、奥にもふたりいて、檻の手前と奥に完全に別れていた。商品の受け渡しも檻の隙間を介してのみ行なわれる。
店内は付与を含めて、魔法厳禁である。貼り紙もある。アンチ結界も作動している。
あまりの物々しさに『疾風旅団』のみんなは言葉を失った。
普通の武器屋ぐらいの認識で来たものだから、僕も戸惑うしかなかった。
店の一角にメンテナンスをしてくれる窓口もあったが、こちらもバックヤードに預ける形になっていた。
店内には小物もいろいろ置いてあった。こちらは見本ではない本物だ。
望遠鏡を付ける台座が売っていたので一つ手に入れた。必中の魔石を使わない僕の使用法ではリオナと違って、見えなきゃ敵に当てられないからである。
彼女たちは早速物色し、店員に質問しまくって、短銃身の装飾もないシンプルなものを選んだ。
自分たちで銃本体に魔法陣を刻むから余計な彫刻はない方がいいらしい。鏃にまで刻める技術があるのなら、確かにそれが安上がりな方法だろう。魔石も付与の付いてない標準のもので済ませるようだ。
予備弾倉三つと、ホルスター、弾を二百発、購入するようだ。
「締めて金貨七十九枚と銀貨十枚になります。初回ですので、弾薬はサービスさせて頂きます」
アンが自分の財布を出した。どうやら個人で購入するらしい。僕たちがいなくなった後も、ヒドラで大分儲けたようだ。
「では会員登録いたしますのでこの書類にご記入になりながら、そちらでお待ちください」
テーブルに着いたのはアンだけで、他の連中は飾られてる銃を興味深く覗いていた。
ひとり持つと、他の人も欲しくなるんだよな。僕ももう二、三丁欲しいくらいだ。
眺めていると気付くことがある。それは小物でも同じなのだが、命中精度ではなく弾数で勝負しようというコンセプトのものが見受けられることだ。二十発込められる弾倉や、『最大連射十発』とかいう煽り文句の付いた銃の存在だ。
『一撃必中』のコンセプトの対極にある思想、『数撃ちゃ当たる』のコンセプト銃の存在だ。
風の加護もケチるってどういうことだ? いくら獣人でも魔力ケチりすぎだろ!
いや、ケチったのは金か……
殲滅力なら魔法が上だが、魔力の少ない獣人ならこのコンセプトはありだ。
魔法以上の射程こそが、最大の長所だった銃に別のベクトルが働き出した。
「リオナに買っていくか」
僕は十発装填用の弾倉を二つほど買い求めた。
アンが商品を受け取ると会員カードも貰い受けた。
「この町の冒険者ギルドを本拠地申請している方はギルドにそのカードを提出しておいてください。この町限定ですが、特殊な依頼において特殊弾頭が支給可能になる場合があります」
「特殊な依頼?」
「通常弾が効かない結界の強い魔物に対する依頼ですね。この地では闇蠍などが該当します」
「ああ、ユニコーンの天敵」
「普通には売ってないの?」
「特殊な物なので、申し訳ございません」
なるほどこうやって配給手続きしてたのか。
買い物を終らせると、僕たちは店を出た。
彼女たちは冒険者ギルドで簡単な依頼を受けて、早速試してみるそうだ。
僕の案内はここまでである。
何かあったらギルドにロメオ君がいるから頼るように言って僕は別れた。
家に帰ると、床にオクタヴィアが伸びていた。
「何してんの?」
「涼しい」
なんだ冷えた床で涼を取ってたのか?
「まだ朝だぞ?」
「朝風呂に入ったのよね」
エミリーの言葉にぷいっとそっぽを向いた。
「みんなは?」
「買い物に行きましたよ」
「こんな時間に?」
「北の砦で朝食取って、それからロザリアさんのご実家のある聖都まで行って豪遊するそうですよ」
「そうなの? 聖都なら僕も行きたかったな」
「オクタヴィアも期待した」
寝転ぶのを止めたようだ。
「なんで置いてかれてんの?」
「のぼせちゃったのよね」
「気持ちよすぎた」
「普通、猫は風呂入らんだろ?」
「レディーの嗜み」
「朝食は食ったのか?」
「茹だってたからまだよね」
アンジェラさんがやって来て、僕の前になぜかミルクの皿を置いた。
するとオクタヴィアが僕の膝に乗って皿を舐め始めた。
「冷やしてやろうか?」
「ゲフッ」
げっぷするなよ。テーブルに白い点が散らばった。
お預けしてじっと待つオクタヴィア。口の周りが白い。髭からぽたりとミルクが垂れる。
僕は皿の縁に手を触れて器ごと冷やした。
「冷やし過ぎるとお腹壊すわよ」
そうだな。ほどほどにして手をどけた。猫は再び顔を突っ込んだ。
「で、あんたはどうすんだい?」
「とりあえず明日の予習かな。地下十四階、食人鬼攻略」
紅茶を注いでくれた。
「ああ、砦攻略ね。あれはなかなかの難関だよ」
「そうなんですか?」
「難攻不落の石の砦を攻略しないといけないからね。でかい石を投げてくるし、道は限られてるしで大変よ。でも、あそこには宝箱があるからね。砦の頂上、破壊の食人鬼の王座の後ろにね。でも、罠の難易度が半端ないのよ」
「ほんとに?」
「もしかすると隠遁スキルを持った連中が潜んでいるかも知れないから、注意しないと鍵を開けた途端襲われるか、横からかっさらわれるわよ」
「食人鬼より人の方が怖いってこと? そんなにいいもの出るんですか?」
「一日開けないと金貨が十枚ずつ増えていくのよ。当たるとでかいわ」
「ちなみにあんたの姉さんは警告してから周囲を焼き払ったわよ」
同じことしそうなエルフが一名ほどいるから問題ないな。
僕が紅茶を飲もうとしたら、なぜかミルクティーになっていた。
猫が毛繕いしている。
「お前…… 俺の紅茶で顔洗うなよ」
明日は地下十四階攻略である。でもその前に午後何したものか考えよう。