エルーダ迷宮狂想曲(『疾風旅団』とドラゴンフライ・ハンターフライ編)7
「新しい人が入ったんだね。改めて自己紹介しよう。『コートルーの疾風旅団』所属、ウルスラ・ハシュカよ。これは――」
六人分の紹介がなされた。
ウルスラさんともうひとりの盾持ち、ドナさんという。パーティーで一番の長身で無口な女性である。
残りの四人は手袋などの小物以外、相変わらず同じ装備をしている。武器は槍と弓である。
オクタヴィアにちょっかい出している、一番小柄で奔放そうなのがアン。
アンの子守役の落ち着いた感じの女性がマレーアさん。黒髪の長髪、恐らくメンバーで弓が一番うまい人だ。
肩の位置で髪を切りそろえた、女丈夫がシモーナさんとセレーナさん。たぶん弓より槍が得意な人たち。ヒドラ戦では中距離担当でマレーアさんの後塵を拝していたが、それでも僕たちの誰よりも腕のある人たちである。
「コートルーか…… 随分と遠いところから来たものじゃな」
アイシャさんが感慨深げに言った。
「姉さん、名前は?」
ウルスラさんがアイシャさんに尋ねた。
「アイシャ・ボランだ。見ての通りのエルフだ。あれは妾の連れでオクタヴィア。里猫の変わり種だ」
「へぇ、オクタヴィアって言うんだ。格好いい名前だね」
アンがオクタヴィアの手を握る。
自己紹介している間に料理がテーブルに並ぶ。
ウルスラさんたちは全員日替わり定食だった。
「みなさんも賭けてたんですか?」
「ヒドラで稼がせて貰った金があったからね。おかげでたっぷり稼がせて貰ったよ。あんたたちの実力もあの馬鹿どもの実力も知ってたしね。迷いなくあんたに張れたよ。全員で二百枚は儲けさせて貰ったかな。ありがとよ」
「別に、僕のせいじゃないですから」
「そこで頼みがあるんだが」
「なんでしょう?」
「儲けた金で銃を購入するかどうか悩んでたんだ。相談にのってくれないかい? どうにも決心できなくてね」
あれほど慣れ親しんだ弓を捨てるという悪手はないだろうと僕も思う。が、新しい物を試したい気持ちもよく分かる。有効性を目の当たりにした者なら当然のことだろう。
「だったら、試すのが一番早かろう」
アイシャさんの一言で、地下十三階を共同攻略することになった。銃は僕とロザリアの長短一丁ずつを使い回して感触を確かめて貰うことにする。
地下十三階攻略には、幸いなことに遠距離攻撃が有利らしかった。
「十三階の敵はドラゴンフライとハンターフライだ」
どちらも飛行型の魔物だ。
ハンターフライはドラゴンフライの上位生物だ。
「ドラゴンフライは『沈黙』を、ハンターフライは『体力吸収』を使ってくる」
「ドラゴンフライは羽音に注意すること。ハンターフライは接触されないことだ」
「『昆虫系の魔物で、大きさは五メルテ程、強力な顎と全身に生えている棘が武器である。棘には麻痺毒の成分が含まれている』」
ロメオ君が、『魔物図鑑』を読み上げた。
「そんなものまで持ってるのか?」
ウルスラさんたちは呆れた。
普通、『魔物図鑑』を所有する冒険者はいない。大きなギルドなら、ギルドハウスに置かれていることもあるだろうが、大概ギルドの閲覧コーナーで利用するのみである。
僕とロメオ君の共通の趣味みたいなものだから詮索は勘弁して欲しい。
「通路は天井高だから飛び道具が必要だ。敵の動きは速いが、詠唱の短い魔法なら問題なく使えるだろう。ただし、対魔結界を張っているから弱すぎると跳ねられる。ま、君たちのとんでも魔力と銃があれば問題ないだろうけどな」
地下十三階、日暮れまでにクリアーするべく、僕たちは入り口に舞い降りた。
「最短距離はあの沼地を行くルートだ。足を取られるから回り道した方が結果的に安全に、早く辿り着けるがな」
そこはあたかも水没した迷宮のようだった。壁の亀裂から水が染み出し、流れ込んだ土砂が植物の苗床になっている。
「魔物の数はどうでしょう?」
「ほぼ変わらないと思う。沼地の方が崩壊が進んでいて洞窟が広くなっているせいで、倒すのに苦労する」
「足元がぬかるんでなければ、逃げやすいか……な?」
僕はメンバーの顔を見た。
いつもやってることだ。振り子列車の秘密駅の出入り口を隠すために、池のなかの離れ小島に扉を隠している。その池を越える際にいつもしてること。
「今回は出番がなさそうじゃし、妾がやろう」
言うが早いか泥沼を凍らせた。
「オクタヴィア、肩に乗れ。肉球が貼り付いちゃうぞ」
オクタヴィアを見下ろすと、悲しそうな顔をして言った。
「とれない……」
手遅れだったか……
「ちょっと、アイシャさん」
「甘えとるだけじゃ、以前のお前なら何も言わずとも肩に飛び乗ったであろう?」
僕は氷を溶かして手足を剥がすとオクタヴィアを肩に置いた。
「ほれ、行くぞ」
僕たちは凍った沼の上を進んだ。
ウルスラさんたちは呆気にとられている。
「早く来い。氷はいつまでも凍っていてはくれんぞ」
アイシャさんの言葉に、慌てる六人。
最初に銃を扱うのはウルスラさんとアンだ。
「一匹くるです」
リオナが早々と宣言する。
ふたりは指差す方向に銃口を向けた。
『ドラゴンフライ、レベル三十三、オス』
羽音が聞こえてきた。確かに違和感を感じる。この音が魔法を使えなくするのか?
不快な音の集まり。一見、普通の羽音に聞こえるが、神経に障るノイズの集まりだ。
「嫌な音なのです!」
リオナにも聞こえていた。
天井近くを隠れているつもりか、ゆったりと接近してくる。
「気持ち悪い」
ロザリアが嫌な顔をした。
ドラゴンフライの巨大な複眼、七色に光る気味の悪い羽、ムカデのような棘だらけの尻尾。
生理的に嫌悪感を抱かせるグロテスクなフォルム。
僕には火蟻女王の方が気持ち悪く感じるのだが、ロザリアには今目の前を飛ぶあれの方が気に障るらしい。
バシュ!
籠った銃声がした。空からドラゴンフライが落ちてくる。
まだ凍っていない泥池のなかに落ちた。が、水没するほど深くはないようだ。
頭を吹き飛ばされたのに尻尾が動いている。
やがて、風の魔石(中)になった。
命中させたのはウルスラさんだったらしい。ウルスラさんは銃をドナさんに渡して、盾を受け取った。
しばらくすると二匹目、三匹目が現れる。それぞれドナさんと、ドナさんと替わったマレーアさんが仕留めた。
アンはどうやら不器用なようだ。
「お主の弓と同じく、風の加護が付与してある。余り深く考えずに撃ってみるがいい」
意外にアイシャさんは面倒見がいい。高飛車な物言いがすべてを台なしにしてるが。
ハイエルフの里なんてプライドの塊みたいな年寄りばかりだろうからな。若者の会話も爺婆臭くなるんだ。
四匹目の遭遇戦はアンだけにやらせた。
「大丈夫ですよ。弾はあなた方の貴重な矢と違って、ただみたいな物ですから」
ロザリアがアンを励ました。
僕が自作してるから無料なのであって、買ったら一発小銀貨一枚ぐらいしますから。二百発で銀貨二十枚はしますから!
ようやくアンが仕留めた。
残りのふたりも順調に仕留めて、今度は銃を交換しての再戦になる。今度はアンが先に抜けた。
突然、悪寒が走った。
後ろだ!
僕は氷槍を放った。
同時にロメオ君とロザリアとアイシャが魔法を、リオナが銃を放った。
後ろにいたであろう魔物はバラバラに四散してしまった。
「ハンターフライ?」
「ちょっと、隠密性が高いなんて聞いてないわよ」
ロザリアがロメオ君に抗議した。
「羽音もしなかったってことは…… 泥沼を泳いできた?」
「水音がすれば分かるのです!」
「分かる!」
何もしてないオクタヴィアまで、異議を唱える。
「このフロアーの罠って何?」
ロザリアの言葉に僕は『エルーダ迷宮洞窟マップ・前巻』を慌てて開いた。
「『増援要請』だ……」
この辺りに罠があったんだ!
とりあえず印をしておく。あとでギルドに報告だ。
それにしてもどういうことだ?
今まで踏んだ奴がたまたまいなかっただけなのか、お陀仏して情報を持ち帰れなかったのか……
「それっておかしいわよ。だってわたしたち氷の上を歩いてるのよ?」
てことは?
「あそこだ!」
ついさっき魔物を撃ち落とした場所にたまたま罠があったのだ。
僕は周囲の景色と照らし合わせながらなるべく正確に記した。
ついでに魔石を回収して僕たちは出口を目指した。
「ハンターフライに会わなかったのです」
リオナが言った。
確かに会わなかった。おかしなこともあるものだ。
「これってもしかして、みんな知らず知らずのうちに罠にかかってたってことなんじゃないの?」
センセーショナルなニュースが数日後、ギルドの掲示板に貼り出された。
それは『地下十三階の魔物はドラゴンフライのみである』というマップ情報の一大修正を知らせるものであった。
そして発見されていない『増援要請』の罠がハンターフライの目撃情報と同じだけまだ残存することが知らされた。
マップ情報を鵜呑みにしてきた冒険者たちは青ざめた。
先人たちの情報が網羅されたマップ情報でさえ、まだ完璧ではないと思い知ったからである。
しかも十三階という浅い階層で起こったことに、誰もが言葉を失った。
「どいつもこいつも顔つきが変わったな」とリカルドさんが言った。
「安全を担保された冒険なんて面白くありませんものね」とはマリアさんのお言葉である。
次文には『この発見は『コートルーの疾風旅団』と『銀花の紋章団』がもたらした功績である』と記され、更なる話題となった。
伝説のギルド『銀花の紋章団』が復活の狼煙を上げたと、一部の者たちが面白おかしくもてはやした。