エルーダ迷宮狂想曲(事後処理編)6
「今回で何回目だったかしら? 説明いらないわね」
僕たちはギルドの奥の部屋で顛末書を書かされていた。
顛末書を書くのはこれで三度…… いや、四度目か?
始末書ではないので別に構わないのだが、マリアさんは鼻歌交じりでご機嫌だった。
「みんな、僕に賭けたんですね?」
お茶菓子を持ってきた職員も、ティーセットを運んできた職員も、足りない椅子を補充しにきた職員も皆すこぶる機嫌がよかった。
「いやー、君のことだからあっさり終らせるんじゃないかと思って冷や冷やしたよ。大金賭けて瞬殺では、観客が喜ばないからね。あれだけ派手に見せられれば誰も文句は言わんだろう。おかげで今年のギルド運営費は黒字間違いなしだよ。エルネスト君」
リカルドさんがにやけ顔で、僕の肩を叩いた。
「あーっ、お主いくら賭けた! 人には上限千口とか言っておいて!」
アイシャさんがリカルドさんに詰め寄った。
「胴元に制約なんてありませんよ」
「お主のせいで倍率が下がったのか!」
「千口で十分でしょ? 金貨二百五十枚ですよ、ハイエルフ殿?」
アイシャさんは固まった。
相変わらず食えない人だ。彼女の正体に気付いていたか。
アイシャさんも正体を知られては口をつぐむしかない。
大人しく席について、茶菓子のお相伴にあずかるしかなかった。
「リオナ、金貨二百五十枚ってお魚何匹分?」
オクタヴィアが聞く相手を間違えた。
「お肉を買ったら残らないのです。多分十匹ぐらい」
ロザリアがお茶を吹き出した。書類の書き損じが一枚増えた。
ロメオ君が横で腹を抱えて笑う。
「ちょっと、リオナ! 笑わせないでよ! あーっ、書類が……」
正式に決闘を受理した為に、彼女は立会人用の添付書類を書かされる羽目になっていた。
もうひとりの立会人はリカルドさんが引き受けたようで、ギルドマスター代理の看板を有効利用するらしかった。
さすがに子供が見届け人では、事件を蒸し返されたときに面倒らしい。
「ご主人、大丈夫?」
真剣なまなざしで、オクタヴィアはアイシャさんを見上げた。
大金賭けて配当が魚十匹しかなかったら、誰でも気の毒に思うだろう。
「お前、サンテ貝いくらじゃったか覚えておるか?」
震える声でアイシャさんが猫に詰め寄った。
「サンテ貝? …… ホタテ? ホタテ! おいしかった」
仁王立ちして肉球を振るわせた。
「いくらかと聞いとるんじゃ!」
頭を鷲掴みにされた。
「若様が買ってくれた」
手のひらから抜け出して、頭を振った。
「銀貨一枚じゃ! あれが百個で金貨一枚じゃ」
「魚いっぱい買える!」
潤んだ瞳で感動している。
「それが二百五十枚じゃ!」
首を傾げた。猫には桁が多すぎたようだ。
「大体でいいから答えてみよ?」
長い沈黙があった。
時間と共に、首は傾きを増し、耳は垂れていった。
「…… 十匹?」
自信なげに答えた。
「駄目だこりゃ」
アイシャさん、撃沈。ロメオ君、大爆笑。ロザリア、書き損じをゴミ箱に投げ入れる。
オクタヴィアとリオナは顔を見合わせて、互いに首を傾げる。
「あんたも大変ね」
マリアさんに同情されてしまった。
ギルドを出ると、僕たちは遅い食事に有り付くために食堂に向かった。
「やっぱり十三階行く?」
ロメオ君がオクタヴィアに浄化魔法をかけながら尋ねた。
「時間が半端だよね」
「お肉大盛りなのです」
「お魚がいい」
「まだ営業してるでしょうか?」
「ここの飯は久しぶりじゃな」
空腹感が先に立って女たちは誰も聞いていなかった。ロメオ君に後にしようと小声で合図した。
「この店、昔からあったんですか?」
「昔、言うな。妾はこう見えてまだ若いんじゃぞ」
止まっていた時間を抜きにすれば、エルフにしては若いのだろう。が、百五十年前の人に変わりはない。
僕たちは奥の大きなテーブル席に着いた。
「定食四つ。それとステーキ定食肉大盛りが一つ。あと焼き魚単品、この皿に頼む」
アイシャさんが手際よく定員に注文する。
オクタヴィア用にマイ皿を携帯してきているとはさすがである。
「お客様、ペットの持ち込みは……」
「はらわたいらないです。苦いから」
オクタヴィアが急にしゃべったので店員が悲鳴を上げた。
すぐさま店主が飛んで来た。
「まあ、尻尾が二本もあったらただの猫じゃねえやな。浄化だけはしといてくれよ。他の客の手前もあるからな」
そう言うと僕の肩を叩いて、あっさり戻っていった。
ここに宿泊していた頃からの顔見知りだ。これくらいの便宜はあってもいいだろう。
「あーっ、猫ちゃん発見!」
「こら、アン! いきなり失礼じゃないか」
「久しぶり、みんな」
「今日は大変だったね。ワトキンス君」
『コートルーの疾風旅団』の弓使いの姉さんたちだった。
「まさかヴィオネッティーだったとはね」
リーダーのウルスラ・ハシュカさんが僕の肩に腕を乗せる。
「道理で強いわけだ。隣の席いいかい?」
偽名を使っていたことを思い出した。
「どうぞ、お気遣いなく」
断われるべくもなく、僕は相席を了承した。