エルーダ迷宮狂想曲(髭づら決闘編)5
さて、困った。一体どう対処すればいいのか?
いつものように地味に戦うのが一番楽なのだが、イベントと化してしまった以上、ある程度見せ場を作らなければ盛り上げに欠けることになる。かと言ってど派手にやるのは趣味じゃないし、達人の如き技巧を凝らしたマネもできない。
アイシャさんのためにも一罰百戒の厳しい対応を見せる必要があるのだが。やり過ぎて『災害認定』されるのはごめんだ。
どうしよう? なるべくど派手に、一方的に、それでいて注目を浴びない戦い方なんてあるのか?
はったりかまして、地味な手で勝つのが理想だが……
しばし考え、作戦プランを練り上げる。
よし、これで行こう!
コインが芝生の上に落ちる……
男がフライング気味に動いた。
いきなり大技の『クラッシュ』だ。
跳躍して全身の体重を乗せた一撃を、走り込みながら相手の顔面目掛けて振り下ろす!
当たるわけがない。
叩きつけた衝撃で地面が揺れる!
「なっ!」
足をすくわれた。
『体当たり』だ!
避けきれずに防御した僕を軽々と突き飛ばした。
そして間合いが空いたところに再び狼牙棒が降ってくる。
『バッシュ』だ!
僕はすんでのところを剣でそらした。するとすぐさま横に薙いでくる。
今度は『スウィング』かよ!
バックステップでなんとかかわした僕にもう一度体当たり攻撃を仕掛けてくる。
『スタン』か!
大技の隙をカバーするための小技も、バリエーションを換えてくるとは。
僕は一撃を食らった。
これが前衛職特有の連続技か。確かコンボとかいうやつだ。あたかも一つの技のように連携してくるハメ技だが、人に使う技じゃないよな。一撃目、当たってたら死んでるし。そのあとの連携も加減してないよね? 自分が持ってる武器分かってんのか? ただの棍棒じゃないんだぞ。この髭づら!
男は勝利を確信して、『クラッシュ』を叩き込んでくる。
でも、僕は避けた。
麻痺していると信じて疑わなかった髭づらの顔色が変わる。
僕はニヤリと笑った。
髭づらは罠だと察した。が、遅かった。次の瞬間、男は視界から消えた。
落ちたのだ、落とし穴に。
最後の『スタン』、わざと結界で受けきったのだ。
そして痺れたふりをして、足元に穴を掘っていたわけだ。
髭づらは怒りの形相をして這い上がってきた。
紐に結んだ武器を壁に掛けて足場にし、登った後で武器を引き上げるという技能を見せた。
ただの卑怯者かと思えば、なかなかどうして。器用なおっさんである。
「腐っても冒険者か」
「ふざけたマネしやがってぇ!」
髭づらは怒声を上げ、狼牙棒を振りかざして、鬼の形相で突進してくる。
そしてまた落ちた。
グシャリと音がした。勢いがついた分、今度の方が痛そうだ。
観客から笑いと悲鳴がこぼれた。
髭づらは腕を押えながら穴から這い上がってきた。
だがさっきまでの勢いはもうない。
疑心暗鬼になったのか、もう一歩も地面を踏み出そうとはしなかった。あとは飛び道具ぐらいだが。
僕は魔力を増した。
そして風を巻き起こした。
微風かと思われた風は徐々に強さを増して、やがて男の後ろで渦を巻き始めた。髭づらが気付いて、振り返ったときには既に時遅し、天まで届く巨大な竜巻が誕生していた。
「これは罠だ」と誰もが思ったはずである。
竜巻に追いかけさせて、また落とし穴に誘う魂胆だと。
髭づらは案の定、飲み込まれまいと狼牙棒を地面に打ち立て、前傾姿勢を取った。
その場に止まる決意をしたようである。
でも、その決断が間違いだったとすぐ知ることになる。
風の勢いがどんどん増していったからである。
もはや踏ん張るのを止めたら、渦に追われるどころか、飲み込まれる状況に陥っていた。
髭づらは、なすすべなくこちらをにらみ返した。
「あんたのせいで大勢死にかけた。僕たちがいなかったら、あんたは六人の人を故意に殺していたことになる。地獄の業火に焼かれる予習をするのもいいだろう」
僕は火の玉を渦のなかに放り込んだ。
竜巻は火災旋風に変わり、より凶暴な姿を現わした。
どよめきが起こった。
周囲の温度が一気に上がったようだ。
巻き上げる突風が髭づらの身体を宙に浮かせた。
髭づらは両手で狼牙棒を掴んで必死に抵抗する。
全身から汗が噴き出し、顔は恐怖に怯えていた。
「決闘に降参はない。一度始めた決闘は双方、どちらかが動けなくなるまで終ることはない」
僕は彼の足元を水魔法で濡らしてやった。
「や、めろ…… 止めろ!」
水を蒔いた地面が緩んだら、唯一の手がかりである狼牙棒がどうなるか。
男は既に戦うどころではない。へっぴり腰になりながら、必死に体勢を維持している。
地面にめり込んだ狼牙棒がぐらつき始めても、よりどころなく必死にしがみついている。
僕は力を抜いた。
あたかも魔力切れを起こしたかのように。
髭づらに一瞬の安堵の表情が見て取れた。
そして狼牙棒を自ら引き抜き、こちらに攻撃を仕掛けようとしたそのとき、僕は炎に薪を足すかのように火の玉を渦のなかに放り込んだ。
髭づらは驚愕の表情を浮かべた。
炎は暴れ、突風は吹き荒れた。火炎の渦は勢いを取り戻した。
髭づらは咄嗟にその場を離れようとしたが、ぬかるみに足を取られて倒れ込んだ。
慌てて狼牙棒を地面に叩きつけた。
突風が再び男を弄ぶ。
火の勢いは前回の比ではない。放射熱で足元のぬかるみはどんどん乾いて行き、髭づらはどんどん蒸し上げられて行く。
狼牙棒がじわじわと熱せられていく度に、汗だくの顔がどんどん青ざめていく。
「うがああああああっ」
絶叫が轟いた。
「助けてくれ! 降参だ。降参する!」
男は懇願した。
「そうやってあっさり諦めて、仲間を見殺しにしたんですか?」
「仕方なかったんだッ! 誰かが犠牲になるしかなかったんだ!」
「騙し討ちする必要がありましたか? そもそも責任転嫁などする必要があったのですか? 不測の事態なら誰も責めなかったでしょうに?」
「それは……」
髭づらは言葉に詰まった。
「あなたの嘘のせいで、僕たちも断頭台に送られたとしたら、あなたは一体何人の人を殺すことになっていたのでしょうか?」
「……」
「許されるとお思いですか?」
火炎は更に激しく燃え盛った。
「地獄の業火に焼かれるがいい」
突風が髭づらを突き飛ばした。
業火が男を飲み込んだ。
声にならない叫び声が火炎のなかに響いた。
観覧者があまりの事態に目を覆った。
「勝者、エルネスト・ヴィオネッティー!」
リカルド氏が何食わぬ顔で宣言した。
それと共に火炎の渦はきれいに四散した。
「誰もいない?」
巻き上げられていないかと空や周囲を見渡すが、そんな様子もない。
観客たちがその輪を縮め、髭づらがいるはずの場所を覗き込んだ。
地面が大きく陥没していた。
「落とし穴?」
巻き上げられた泥や塵の堆積をどけると、なかから男が現れた。
髭をチリチリにしながら気絶していた。
「うちのエルフに手を出すな」
僕はそう言うと踵を返した。
歓声が沸き上がった。賭に勝った連中が抱き合って喜んだ。
そして賭に負けた連中は項垂れていた。
そのなかには髭づらの仲間も含まれていた。
…… 賠償金、大丈夫かな?
僕は仲間の元に戻ると、全員とハイタッチを交わした。
「若様、かっこいい」
オクタヴィアとハイタッチを交わしたとき、周囲が一瞬静まりかえった。
「別の追っかけなのです」
翌日、『オクタヴィアをこっそり愛でる会』が発足していた。
僕たちは全員、頭を抱えた。