エルーダの迷宮18
夕飯には時間が早いせいか、食堂にはまだ人がまばらだった。
僕たちは角のテーブルに座り、料理を頼んだ。
マリアさんはテーブルの上に金貨の入った皮袋を無造作に置いた。
「例の冒険者からと、ギルドからのお礼よ」
僕は貰っていいものか躊躇した。これからこれが必要なのは彼の方じゃないのかと。
「彼ね、冒険者続けるそうよ」
意外な言葉が返ってきた。
「義足の注文を受けたの。今まで通りとはいかないけどね、生きて行くには問題ないそうよ」
よかったと言うべきか…… 遊びの延長程度にしか思っていなかった僕には返す言葉がなかった。
「そんな顔しないの。あなたがそんな顔してどうするの」
マリアさんは僕の鼻面をひねって笑った。
「彼が助かったのは奇跡よ。あのときあの場所に誰かがいるなんて普通考えられないんだから。階層の移動は大概ゲートだし、一月に一チームが一回通ればいい方なのよ。彼は運がよかったのよ。だから遠慮なく貰っておきなさい」
りんご酒と夕飯の定食が運ばれてきた。
「では遠慮なく」
僕は袋を受け取った。受け取らなければ彼女が困ると思ったからだが、思った以上に重くて驚いた。
「重すぎませんか?」
「ほとんど銀貨よ。ほら、冷めないうちに食べましょ」
彼女はそう言って食事に手を付けた。
「おい、聞いたか? ガッシュのパーティー、一人残して全滅だってよ」
隣の席に、貫禄のある親父パーティーが座った。
「まだ若かったのにな。助かったやつも片脚食われちまったっていうじゃないか」
リーダー格の親父にアサシン風の別の男が言った。
「フェンリルでしょうかね?」
軽装の男がウェイターとすれ違いざまエールを人数分注文した。
「知らずにテリトリーに入っちまったんだろうな。地下一階といってもあいつだけは別格だからな」
リーダーの親父が言った。
「地図は買わなかったんでしょうかね? 注意書きはあったはずですが」
例のマップ集のことだ。
「現地に立て看板だってあったでしょうに」
「迷宮に看板なんかあったってトラップの類いだと思うぞ、普通」
アサシン風の男が言い返した。
それぞれが思い思いのことを話していた。
僕の教育担当のあいつが地下に降りるなと念を押していた意味がわかった。僕には迷宮を探索するイロハが足りなかったのだ。
話題が変わって、僕の与り知らない話になったので、側耳を立てるのを止めてマリアさんとの会話に戻った。
会話はありふれた話ばかりだった。狩りはうまくいってるかという質問に始まり、最近は迷宮を突破できる者がいなくて活気がないとか、だから地下五十階層以下の階層をクリアすると懸賞金がでるとか、余所の街に行ったら触れ回ってくれとか、街道沿いに大規模な盗賊団が現れたから麓の街に行くなら商隊と一緒に行った方がいいとか、マリアさんが昔A級の冒険者だったとか、ギルド職員になるにはB級以上が必要だとか、お酒が入ったせいか楽しそうにいろいろ語ってくれた。どうやら僕が彼女の昔の知り合いに似ていたらしい。
ずっと誰かとこんな会話がしたかった。
お金より大切な時間。夕暮れの喧噪。ひとりぼっちではない時間。
日も沈み、街灯がつき始めると、客が増え始め、座席が不足してきたので僕たちは会話を切り上げ席を立った。
マリアさんと別れた僕は部屋に戻り、袋の中身を確認した。
なかには銀貨ではなく金貨が五十枚も入っていた。他に大きな魔石とメモが一枚入っていた。メモには『ありがとう、助かった』とだけあった。冒険者には余計な言葉は不要らしい。僕は袋ごとケースのなかに放り込んだ。
迷宮に戻らないとな…… 僕は冒険者なんだから。
そして、ついにこの日が来た。契約の日から一月が過ぎたのだ。
冒険者ギルドの窓口でマリアさんから「おめでとう」の言葉といっしょに白金色のギルド証を受け取った。リカルドにも会って礼を言いたかったのだが、忙しくてきょうも不在らしい。ブラック企業だと思っていたのも束の間、僕はそれなりに強くなっていた。
最後に僕は『認識計』に手を置いた。レベル二十二、称号『探索者』と『一撃必殺(一)』が増え、各種熟練度も上がっていた。
アクティブスキル…… 『兜割(三)』『スラッシュ(一)』『連撃(一)』『ステップ(二)』『認識(四)』『一撃必殺(一)』
パッシブスキル…… 『腕力上昇(二)』『体力強化(二)』『片手剣(二)』『弓術(三)』『スタミナ回復(二)』『二刀流(一)』『アイテム効果上昇(二)』『採集(五)』『調合(五)』『毒学(二)』
ユニークスキル…… 『魔弾(一)』
称号…… 『蟹を狩るもの』『探索者』
一月前の希望に満ちた景色が戻ってきた。
空は青く、高く、山には緑が茂り、風はさわやかだ。
第一章はこれで終わりです。
主人公の一人旅ももうすぐ終わります。閑話を一本挟んで次章に入ります。




