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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第五章 開かない扉と迷宮の鍵
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闇の信徒20

 僕たちがスプレコーンに戻ったときには、町は既に動き始めていた。

 朝市を覗き、オクタヴィアに魚を選ばせた。

「なんで貝なんだよ?」

「食べたことなかったから、食べたかった」

 言葉が通じてよかったな。鮮魚の隣りにいつも置かれているのに、一生口にできなかったかも知れないんだからな。言葉は偉大だよ、ほんと。猫が貝食いたがるとは思わないもんな。

 市場の客たちは僕たちを不思議そうにながめた。

 朝も早くから戦装束で、尻尾が二本の猫を連れてお買い物だ。猫はしゃべるし、エルフは飛びきりの美人ときたもんだ。

 家に戻ると全員が眠そうな目を擦りながら出迎えた。

「遅かったわね」

 姉さんも戻っていた。

「えーと」

 僕は改めてバンパイア改めオクタヴィアの紹介をしようとした。するとオクタヴィアは自ら立ち上がって、一歩前へ進むと、ぺこりと頭を垂れた。

「これからはオクタヴィアと呼んでください。よろしくお願いします。それと朝ごあん(・・・)食べたいです」

 我が家があっという間に騒然となった。

 家に着いた途端、安心したのか睡魔が襲ってきた。

「猫がこれ食いたいって」

 朝市で仕入れてきた貝をエミリーに渡すと、僕は自分のベッドに身を投げた。

「呪いは治ったですか?」

 リオナが扉の隙間から顔を出したので、僕は笑い返した。

「ごめんな、心配かけて。でももう大丈夫だから」

「心配したです」

 リオナの頭を二、三度撫でたところまでは覚えている。

 でもその後の記憶がない。どうやら即寝したらしい。


 目が覚めると夜になっていて、全員が夕食を取っていた。

 僕の席で、椅子の肘掛けに板を渡して、その上でオクタヴィアが食事していた。

 床の上で食べさせるのも、もはや憚られるのだろう。かと言ってテーブルの上で食事させるわけにもいかず、苦肉の策のようだ。

「若様、席替わる?」

 オクタヴィアが鼻を濡らしながら聞いてくる。

「ゆっくり食べな。僕は後でいいから。それより喉が渇いたな、何かもらえるかな?」

「はい、ただいま」

 エミリーがコップに冷えたジュースを注いだ。

 僕はソファーに座り込んだ。寝過ぎたせいか、だるさが増していた。

 こりゃ、風呂にでも入ってさっさと二度寝した方がいいかもしれない。

「アイシャさんは?」

「ずっと寝てるです」

「そっか……」

 この家は悲嘆に暮れるには騒がしすぎるからな。籠るに限る。

「起きてくるまでほうっておいてやりなよ。っていうか、彼女の部屋どうなった?」

「わたしの部屋に仕切りを入れて一部屋作りました」

 ロザリアが言った。

「狭すぎないか?」

「元々広い部屋でしたし、新居ができるまでの辛抱ですから問題ありません」

「大工さん来たです。新しいドア付けてもらったです」

「仕事早いな」

 誰かが部屋に消音付与してくれたのかな。自分は全然気付かなかった。

「そう言えば姉さんは?」

「帰ったよ。彼女も眠そうにしてたからね」

 アンジェラさんが言った。

「若様、食べ終わった」

 オクタヴィアが椅子から飛び降りて僕の足下まで来た。口元がソースで脂ぎっている。

「今朝の貝はうまかったか?」

「小さいのはくにゃくにゃしてた。おっきい貝は美味しかった。これからはあれがいい」

 あの分厚い貝柱の奴か? 確かサンテ貝と言ったな。僕の頭のなかでは異世界の名称ホタテで通っているけどな。内陸では滅多に手に入らない一品だ。その分お高くなっておりますよ、猫様。

 僕はオクタヴィアの口を拭いてやった。

「よし、美人になった」

「それで、ほんとにやったのかい?」

 アンジェラさんが料理を運んできて言った。

「何を?」

「リッチのことよ!」

「ああ、そのこと? やったのはアイシャさん。僕は呪い食らっただけで何もしてないよ」

「おや、そうだったのかい? またあんたが何かやらかしたんだと思ったんだけどね」

 人をトラブルメーカーみたいに言わないでくれます?

「今回は出番なし。ほんとに結界張る以外何もできなかったんだから……」

 そうだ、薬、大分消費したんだよな。寝る前に作っておかないと。

『なんちゃって万能薬』はすぐにはできないからな。材料残ってたかな?

 僕は地下室の保存庫に気が向いていた。

「ご主人、おはよう」

 オクタヴィアの声で気が付いた。

「おはよう、バ、オクタヴィア」

 アイシャさんも気だるそうに起きてきた。

「もういいのかい?」

 アンジェラさんが声を掛けた。

「ああ、問題ない。食事を頼む」

「婿殿は大丈夫か?」

 隣りのソファーに腰掛けて僕に尋ねた。

「まだだるいかな」

「身体が慣れるまでの辛抱だ」


 料理の準備ができると、僕たちは自分の席に着いた。

 温かいシチューだった。僕はパンを浸けて食べた。

 リオナたちは食事を済ませると入れ替わりにソファを占領した。

「一つ聞いてもいいですか?」

「なんじゃ?」

「なんであの…… 『闇の信徒』のローブ着てたんですかね?」

「着てたのか?」

 そうか、姉さんの魔法で消し飛んだから、アイシャさんは見てないのか。

「ええ、僕たちとやり合ったときはローブ姿だったんです」

「だったらあれじゃな。彼女の私服。元々イベント用の『闇の信徒』の服は彼女がデザインしたものだからな。似た服が同じに見えたといったところじゃろ」

 あるいはどこかでイベントアイテムをくすねたか。

「例の魔石どうします? お土産って話でしたけど……」

 気分的に同情できないんだよね。元々里の彼らが非情なことをして追い打ちをかけたから、彼女はああなったわけだし……

「例の特大は姉上に譲ろう……」

 エルフの隠れ里の位置は既にばれてしまった。これからどうするかは彼ら次第だ。世捨て人に戻るもよし、表舞台に出てきて交流を持つもよし。

「なんじゃ?」

「いえ、なんでも……」

「百五十年だ。当時の連中は生きていまい? それとも手を下した連中がリッチ相手に無事だったとでも?」

「そりゃまあ、そうなんですけど」

「そんな顔するな。後は心の問題だ」

 自分に言い聞かせているようだった。

「それにしても、このシチュー肉少なくありません?」

 小さな肉片が二つだけだぞ。

「野菜ばかりじゃな」

 ふたりして皿の底をすくった。

「五人組が心配して来てくれたんですよ」

 エミリーが苦笑いした。

 あのチビどもか。かこつけて飯食いに来たな。自分の家で食ってないのか?

「こっちにも欠食児童がおるしの」

 アイシャさんが居間の方を見た。

「リオナのお腹は不測の事態に対応できないのです。お肉だけは例外品目なのです」

 聞いてたか。

「明日は眠り羊狩りなのです。肉をいっぱい取ってくるのです!」

「ち、ちょっと、婿殿! あんなこと言っておるがよいのか?」

「何が?」

 アイシャさんが僕に顔を近づけた。

「リッチと戦った翌日になんで眠り羊なのじゃ! おかしいじゃろ!」

「仕方ないですよ。エルーダ迷宮の転移ゲートは上階から順にしか開放されないんですから」

「リッチと言ったらS級でも仕留め損なうような相手だぞ。それを追い払った連中が、眠り羊? あれはランク何じゃった? Dか? Fか?」

「Cだったかな。意外に高いんですよね」

「お前たちのランクはどうなっておるのじゃ?」

「こないだようやくDになりましたけど」

 アイシャさんは頭を抱えた。

「Dランクがリッチとやり合ったのか?」

「向こうが仕掛けてきたんだから、不可抗力でしょ。逃げる暇なかったし」

「アイシャさんどうします?」

「オクタヴィア行きたい。お散歩楽しい」

「……」

「ああ言ってますけど?」

「いいじゃろう。時代遅れの妾もリハビリが必要じゃしの」


 かくして凄腕ハイエルフとおまけ一匹が仲間になった。

「ハサウェイ・シンクレア名義だとランクAなんじゃが。本名だと登録し直さないといけないのう」

「ランクFなのです。リオナたちのDランクと変わらないのです」

「妾のFは限りなくAに近いFじゃ!」

 どんなFだよ!


 僕は風呂に入ると、薬の調合を済ませて眠りに就いた。

 明日からまた、平常運転である。


第五章終了です。

閑話を挟んで次章になります。

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