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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第五章 開かない扉と迷宮の鍵
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闇の信徒19

 美しい黒髪のエルフが現れた。とても愛らしい瞳、優しそうな笑顔だった。

 彼女はアイシャさんに抱きかかえられながら地面に横たわった。

「あなた…… どうしてここに?」

 少女は不思議そうに呟いた。

「お前に会いたくてな。少々無理をした」

 少女は周囲の惨状を見渡すと、その美しい顔を驚愕の色に変えた。

「嗚呼ァ、夢ではなかったのね…… 夢では……」

「何があった?」

 オクタヴィアは諦めたように天を仰いだ。

「あの日…… 開放式典をあと数日に控えていたあの日。あなたを狙う『魔獣ハンター協会』の奴らが迷宮にやって来るという知らせが入ったの。わたしたちはあなたを狙う奴らからほんの少しの間、あなたを隠すつもりだった。でも、教会のシステムは不完全だった。調整は前日には終っているはずだったのに、担当者が勝手にシステムの最終チェックを翌日に延ばしたのよ。あれほど念を入れて、最終確認は済んだのかと確認したのに! 彼は自分の上司ではないと言う理由で真実をわたしたちに告げなかった! わたしたちはあなたを永遠に彷徨う空間に閉じ込めてしまった。わたしたちは迷宮内を必死になって探し回った。鍵は持っていたからわたしたちの近くに現れるとずっと信じてね。追っ手を避けるためにわたしたちは日に日に深く迷宮に潜って行った。でも、永久に潜っていられるはずもなく、追っ手がいなくなった頃合いを見計らって、地上に出ることにしたの」

 彼女は大きく息を吐いた。

「イベントのために働いていた他のスタッフは皆殺されていた。迷宮の再開を期待していたすべての人たちが…… イベントは企画ごと闇に葬られ、何もなかったことにされていた。迷宮は既に開放されていたけれど、訪れる人は疎らだった。わたしたちだけが真実の欠片として残されてしまった。わたしは仲間と別れ、それからもたったひとりであなたを探した。でも、何年経っても私の前に扉は現れなかった。五年が過ぎた頃のことだ。旅の噂でエルフの里が襲われたと聞いた。襲ったのは『魔獣ハンター協会』の奴ららしかった。私は居ても立っても居られなくなって迷宮を後にした。あなたを見捨てる気はなかったけど…… ただ、里に残した家族のことが気になって…… ただの言い訳ね」

「お前のせいじゃない!」

「里はなくなっていた。人伝に隠れ里に移ったと聞いたわたしは新しい里を探すことにした。そしてまた一年が過ぎた。でも…… ようやく見つけた里でわたしは知ってしまった」

 彼女は強い意思を込めた目でアイシャさんを見つめた。

「逃げおおせたあなたへの腹いせのために里が襲われたということを。その責めを負って、里に戻った仲間と、わたしの家族が、よりによって里の者に殺されたということを! わたしは正気を失った。里の者を殺して回った。仲間を殺した奴を、両親を殺した奴を! 何人も何人も何人も! でも、わたしの心の渇きは癒えなかった。あなたを失った悔恨と家族を失った悔恨がわたしを苛めた。幾日も、幾月も、幾年も。永遠とも思える時間が流れた。そんなときわたしはひとつの亡骸に出会った。それはアンデットの王になろうとして果たせなかった愚かな亡骸…… わたしはその男の日記を手に取った。そして共感してしまった。その男も故郷に裏切られた過去を持っていたから。自分の心臓をえぐり取るまで時間はかからなかった。わたしはもう正気ではなかった。逃げられれば、なんでもよかった。忘れさせてくれるならなんでも」

「オクタヴィア……」

 アイシャさんはポタポタと涙をこぼした。

「出られたのね。あの牢獄から……」

 オクタヴィアの細い手がアイシャの頬に触れた。

 ニャーッ。

「…… バンパイア。あなたも息災ね」

「ここに心臓が二つある」

 アイシャはバンパイアを見つめた。

「復活を望むか?」

 オクタヴィアは一瞬驚き、笑いながら静かに首を振った。

「そんなことをするから、得体の知れない連中に狙われるのよ。困った人ね」

「あれから百五十年だ。奴らはもういない」

「あなただけが心残りだったのよ。あなたにもう一度会えたらと、どんなに願ったことか。願いは叶ったわ」

 彼女は僕たちを見据えた。

「世話になっている」

「あの子に惚れちゃったの?」

「馬鹿を言うな、子供だぞ」

「あなたは変わった人を好きになる癖があるから」

 そう言って僕に微笑んだ。

「とてもすてきなエメラルドグリーンの瞳ね。あなたと一緒」

 アイシャは薬に口を付けた。魔力の消費が早くなっていた。

 必死に命をつなぎ止めようとしている姿をオクタヴィアは嬉しそうに見守った。そして傍らにいるバンパイアに向かって言った。

「わたしの記憶をあげるわ」

 バンパイアを優しく撫でた。

「でも楽しかった思い出だけよ。だから、お願いね。彼女を守ってあげてね」

 みゃー、みゃー。バンパイアが彼女の胸当てを引っ掻く。

「ハイエルフの里の猫は、忘れた記憶を預かってくれるのよね? 長生きなハイエルフには必須アイテムだって話してくれたわよね」

 彼女の目に涙が溜まってこぼれる。

「同じ名前だったのはきっと偶然じゃないわ……」

「オクタヴィア!」

「たまには思い出してね」

「行くな! 行かないでくれ! やっと会えたんだ! やっと……」

「後悔はしてないわ…… でも…… 責任は取らなきゃ…… 一思いに逝かせて…… 暗闇はもう見たくないの……」



 太陽が日輪を背負って山の峰から姿を現わした。世界は一気に昼の世界へと様変わりする。鳥たちが遠くでさえずり始め、朝靄が夜の惨状を覆い隠すかのように木々の間を漂い始める。

 アイシャさんは傷んで壊れてしまった鎧を抱きしめたまま、小一時間ずっと動かなかった。

 姉さんたちは帰還用の転移結晶を僕に一つ預けると黙って去って行った。

「霧が出てきた。身体が冷える。僕たちも戻ろう」

 僕は彼女の肩を抱いた。

「キスする?」

「え?」

「は?」

 僕たちは声の方を見た。

 霧のなかからバンパイアが現れた。

「バンパイア、お前……」

「しゃべった?」

「ご主人、今日からオクタヴィアと呼んでくれるとうれしい」

「嘘……」

 しゃべるって、念話とかじゃなくて…… ほんとにしゃべるのか? 猫又って人に化けるって言うけど…… まさか。

「オクタヴィアって……」

「そう呼ばれたい気分になった」

「こんなことってあるの?」

「あるわけなかろう。変化はもっと老いてからのはずじゃ」

 バンパイア改めオクタヴィアの尻尾が二本になっていた。

「ご主人、悲しいとオクタヴィアも悲しい」

「オクタヴィア、ご主人は友達の死を悼んでるんだ。おいで」

 じっと僕の顔を覗き込む。 

「お腹空いた」

「そ、そうだな。ずっと食べてなかったもんな。干し肉食うか? パ、パンがいいか?」

 ちぎった干し肉を前足二本で受け取って、後ろ足と二本の尻尾で身体を支えている。

「立って食べるのか?」

「地面に置いたら汚れる。お皿ないから」

「…… 器用だな」

「二本になったら安定した」

 確かに安定している。別の生き物みたいだ。ちっちゃいケンタウロスみたいだ。

「困った顔してる」

 アイシャさんの顔を見てオクタヴィアはそう評した。

「お前のせいだろ?」

「何かした?」

 可愛いけど存在自体がギャグだ。

「死を悼みたいのに悲しんでる暇がないというか…… なんというか…… 別の意味でお気の毒と言うか」

「もういい! 墓を作るから手伝え!」

 しんみりするのを止めたようだ。

 僕たちは石を集めてきて墓を作った。骨も残らず消えてしまった彼女の遺骨の代わりは使い古された鎧だ。すべてがいずれ土に帰り、何一つ残らないだろう。

 記憶だけが生きていた証になるときが来る。

 僕は生きてるオクタヴィアを見つめた。

 器用に二足歩行しながら小石を運んでる。

 笑っちゃいけないんだが、しんみりもできない。

 僕が困った顔をしていると、アイシャさんが「彼女が泣くなと言ってる気がするよ」と言って苦笑いした。


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