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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第五章 開かない扉と迷宮の鍵
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闇の信徒17

 とても甘い香りがした。

 耳元で何かがごそごそしている。

 みゃー。と可愛い声で鳴いた。

 バンパイアか。人の耳元でくすぐったいぞ、お前。

「まさか呪い殺そうだなんて。敵も不死だと、こういう気長な作戦に出るものなのかしらね」

 サリーさんの声が聞こえた。

「気長も何も、普通なら即死じゃ。ほんとにもう…… 最上級の呪いを受けて平気でいる方がどうかしおる」

「魔力だけは有り余ってるからな」

 アイシャさんと姉さんだ。

 そうか…… 合流できたんだな。よかった。

 でも、呪いってなんだ?

「呪いを他の子供たちが受けていたらと思うとぞっとするわね」

「ロザリアの装備付与の効果でこの程度で済んだんじゃろうな」

「他の子供たちはどうした?」

「エルフ共々、ゲートを潜らせたよ。皆帰るのを渋ってましたけどね。特にリオナは手を付けられませんでしたよ。ロザリア嬢とロメオ君に諭されてなんとか帰りましたけどね。すばしこいのなんのって」

「よいパーティーじゃな。神様も覗いておられるわけじゃ」

「神様が覗く?」

「エルフの世界では運がいいことをそう言うんじゃ。今じゃ古い言い回しになっておるかもしれんがの」

「こっちはもう大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃ。まさかこんな場所でハイエルフの秘術を使うことになるとは思わなんだがの」

 ハイエルフの秘術?

「ロザリアの浄化魔法でもよかったんだが、この際ハイエルフの恩恵を受けておくのもよいかと思ってな」

「思ってもできるもんじゃなかろう、普通! 『妖精の粉』や『ドラゴンの涙』などどこで手に入れた?」

「優秀なギルドにいるとたまにおかしなものが手に入る」

「簡単に言ってくれるの。城が買えるぞ」

「こいつも見た目以上に小金持ちだ。欲しけりゃねだってみたらどうだ? こいつは住みたがらんだろうが、今回の礼ぐらいしてくれるぞ」

「広い野山にくらぶれば、城などなんの価値もない。それよりどんなに狭くともそばに寄りそう者がおる方がよい」

「あの…… わたしにも御教授願えませんか? ハイエルフの秘術というのは、一体? 材料を見る限る大変なことのようですが?」

 僕もぜひ知りたい。

「ハイエルフの秘術は一つではない。今回使った秘術は『魔道開放の儀式』じゃ」

 魔道開放?

「魔道開放ですか?」

 いて、こら、バンパイア。尻尾で顔を叩くなよ。

「左様。わかりやすくたとえると、川の堰をより大きなものに取り替える作業じゃの」

「一度に放出できる魔力量を増す儀式だ」

 ……

「大丈夫なんですか? 彼は元々魔力の制御が苦手だったんじゃ」

「わたしもついこの間まではそう思っていたよ。でも実際は逆だった。この子の場合、溜め池の大きさに比べて、堰が小さすぎたんだ。だから常に余計な負担が掛かって上手くいかなかったわけだ。ロメオ君の指導をするようになって、そのことに気付いた。いつかエルフに頼もうかと思っていたんだが、いい機会だった」

「短期間でスキルを成長させすぎたんじゃろうな? 血筋もあって貯蓄量が人外じゃ。身体が変化について行けなくなっておったんじゃろ」

「でもなぜ、今それを?」

「『魔道開放の儀式』は普通、瀕死の状態で行うからじゃ。魔力を極限まで減らした状態でな。堰の設置工事もそうじゃろ? 満タンにしたままでは作業になるまい?」

「できるだけ空の方が、効果が大きいらしい。こいつの場合、兄たちと同様、魔力に際限がないからな」

「そなたもじゃろ?」

 姉さんが突っ込まれて咳をする。

「『魔弾』使いは魔素を操る。つまり、魔法が存在する場所ならいつでもどこでも魔力を補えるということじゃ。そんなやつの腹を空腹にするのは至難の業というわけじゃ」

「つくづくヴィオネッティーというのは……」

「程度の問題じゃ。そなただって、消費しても翌日には回復しておろう? 同じことじゃ」

「材料に見合ってるんですか?」

「いきなり現実的じゃの」

 アイシャさんがカラカラと笑った。

「『魔道開放の儀式』の最大の効果は実は別にある」

 まだなんかあるのか?

「『覚醒』スキルを覚えることじゃ」

「『覚醒』?」

 覚醒? 効いたことのないスキルだ。

「ハイエルフなら生まれ持ったものじゃが、それが手に入る」

「どんな効果なのですか?」

「知覚せずして、魔法を操るスキルじゃ」

「そんなことができるのですか?」

「そなたも優れた剣士なら身体が勝手に動くという経験があるじゃろ? 修練の賜というやつじゃ。だが生憎魔法の世界ではそれは有り得ないことなんじゃ。なぜなら魔法発動には術者の明確な意思がなくてはいけないからな」

「では?」

「魔法を生まれながらに持った生物がおる。魔法を魔法と認識することなく手足の如く使うものたちじゃ。『覚醒』とは自覚なくして魔力を操るスキルだ。聞くところによると、こやつは強力な結界魔法を使うそうじゃな。前衛がおらなんだのはそういうことかと感心したが、こやつにとって、それは大きな負担だったはずじゃ。仲間をひとりひとりカバーしなければならないのだからな。自分も戦闘に参加するとなれば尚更じゃ。同時に魔法を展開させるのは容易なことではないからの。こやつは仲間が遠距離主体であることをいいことに、フィールドをある程度固定して、負担を軽減してきたのじゃろうな。でもそのせいで、今回のように集中突破される羽目になった。一流を前にして、広く浅くの防衛など意味をなさないことが、わかったじゃろ」

 僕の額をペちっと叩く。

「狸寝入りは終わりじゃ。起きろ」

 僕は目を開けた。

「どこから聞いてた!」

 サリーさんが早速突っ込んだ。

「ハイエルフの秘術がどうのとかいう辺りから……」

 僕は身体を起こした。胸元がはだけていたのでボタンを止めた。

「女の話を盗み聞きするなど褒められたものではないの」

「話の続きを……」

「『覚醒』のことか? 粗方しゃべったが、そうじゃな…… 『これからは無意識で仲間を守れるようになるぞ、よかったな』ぐらいかの。過信は禁物だが、今までより大分負担は減るじゃろ。姉上の博識に感謝することじゃ。あとその分魔力の消費量が増大するから気を付けろ。と言っても婿殿には余り関係ないか」

「その婿殿って止めません?」

「約束は約束じゃ。妾には嘘でもカムフラージュのための番が必要なのじゃ。将来、いい男になったら本気で考えてやってもよいがの」

「責任重大だな」

「寝る場所と食い物があれば文句は言わぬ。それに、婿殿たちとおると面白そうじゃしの」

 僕は珍しく擦り寄ってくるバンパイアを膝に抱えた。

「薬は飲むなよ。自然治癒だけで回復させるんじゃ。でなきゃ、せっかくの秘術が底の浅いものになってしまう」

「食事は?」

「パンと水ぐらいならええじゃろ」

「だが、その前にゲートを潜ってくれると助かる。リッチのいる森では安心できんからな」

 僕は立ち上がって、埃を払った。

 森の泉のほとりに寝かされていたらしい。

「他のみんなは?」

「全員脱出した。あとは寝ていたお前だけだ」

 意識のないものはゲートをくぐれないからな。

「さあ、一旦帰ろう」

 サリーさんが出したゲートを潜ろうとしたときだった。

「避けろ、サリー!」

 サリーさんの目の前で風の塊が弾けた。衝撃で近くにいた僕とサリーさんが吹き飛ばされた。

「よくやった、エルネスト!」

 姉さんが僕たちをかばいながら言った。

「今の、僕がやったのか?」

「早速効果覿面じゃな」

「くっ…… このタイミングで来るとはな」

「どうやら逃がす気はないらしいの」

 ゲートが破壊されてしまった。

「しばらく再起動できませんね」

 目の前に現れたのはハンター姿の屍だった。手には剣を握っている。

 相変わらず黒い霧をまとっているが、前回と打って変わってリッチらしからぬ格好だった。

「今時のリッチは斬新じゃな」

「オクタヴィアというらしいですよ」

「! オクタヴィアじゃと……」

 余裕綽々だったアイシャさんが名前を聞いた途端、身を凍らせた。

「! あのショール…… まさか!」

 切れ長の目が大きく見開かれた。

 それは太陽の熱を遮るため、鎧の上から羽織ったボロボロになった肩掛けだった。アルミラージの黄色の毛皮。

「オクタヴィア…… なんで…… そんな姿に」

 アイシャさんの瞳から涙がこぼれた。


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