闇の信徒16
「さっきミラベルさん、オクタヴィアって言ったよね?」
ロメオ君が万能薬を啜りながら言った。
後続部隊と合流した僕たちは野営を中止して、アイシャさんとの合流を急ぐことになった。
「うん……」
ヴァネッサ・パイーダ・オクタヴィア十三世…… 何か関係があるんだろうか?
「それにしても物々しいな」
前方を歩く救助部隊の護衛は元近衛の精鋭部隊だった。
「『霊障』と聞いてまず思い当たるのは『瘴気』だからな」
話を聞きに最後尾の僕たちのところまで来ていたサリーさんが言った。
「『瘴気』だから?」
「『瘴気』の原因はいくつかあるけど、最初に思い浮かべるのは『呪われた大地』じゃない? 多くの命が失われた戦場や被災地で、供養されずに放置された魂によって引き起こされる現象とされているわ。エルフ流に言うと「精霊の気が触れた大地」ということかしらね。知らずに足を踏み入れると大概『霊障』を貰うことになる」
ロザリアが頷く。
「二つ目はアンデットからの感染よ。一つ目と重なるけど、『呪われた大地』に生まれた魔物と接触すると感染するケース。そして三つ目が、攻撃魔法として放たれるケースよ。闇属性の魔物が主に使う『疫病』が進化したものね。ドラゴンゾンビや今回のリッチが使い手として有名ね。回復したエルフたちからも『急に黒い霧に襲われた』と証言が取れたしね。もしやと思って、大所帯を引き連れて来たわけなんだけど……」
図星だったとサリーさんは言った。
「まさか、君たちがリッチとやり合ってるとは思わなかったけどね」
「あの……」
「なんだ?」
「向こうから襲ってきたんですからね。逃げる隙がなくて。こっちから仕掛けたんじゃないですからね」
「わたしに言ってるのか? それとも姉に言ってるのか?」
フッとすかし笑いされた。
「取りあえずよくやったわ。あれと対峙して死者ゼロというだけで偉大なる成果よ。君の言う通り、逃げたところで見逃してもらえる相手でもないしね。それぐらい彼女も承知してるでしょ」
そう言って横にいる姉さんに視線を送る。
サリーさんが釘を刺してくれたおかげで、隣りにいた姉さんは何も言えなくなった。
「怒っているぞ」という意思表示に頬を膨らませただけだった。多分、「逃げるのも実力のうちだぞ」と言ってるものと解釈しておく。
そこへいつもの調子でリオナがやって来る。
よせばいいのに「さっきの魔法は凄かったのです。リオナも覚えるのです」とか、ちょっかいかけるものだから、「危なくなったら逃げろと、いつも言ってるだろうが!」と、こめかみを拳でグリグリされることになる。
「優しさ八割だったです」と痛がりながら、リオナは嬉しそうに笑う。
二割はなんだ? 教育的指導か?
「銃が有効だったのか?」
僕は頷いた。
「二度目はないと思いますけど」
「いや、そうでもないかもしれない。魔法使いにとって、時間的な間合いを取ることはとても重要な要素よ。魔法使いという人種は詠唱中に呪文を潰されるのが一番嫌なものだからね。たとえリッチといえども例外じゃないはずよ。攻撃魔法を撃たなくなって、打つ手がなくなったのがいい例だわ。君たちの手の多さにも呆れるけどね」
リッチと戦って生還する例はあまりないから、どんな情報も貴重らしかった。
「それにしても聞けば聞くほど危うい戦いだったわね」
サリーさんが言った。
「最初の一撃を凌いだことで、相手が勘違いしてくれただけだ」
姉さんが戦いのポイントを指摘した。
確かに二発目食らっていたら、どうなっていたことか。
姉さんの指摘は正しい。
「一発目を防げたからこそ、魔法が効かない相手だと錯覚させられたのではなくて?」
あれ?
「それもおかしな話だろ? より強力な魔法や、別の属性魔法を試さないか、普通?」
足が重い。
「そうね…… 風魔法だけというのも気になるわね。『瘴気』以外、他の属性を使った様子もないし」
「魔法が使えないリッチなんているのかしら?」
急に全身がだるくなってきた。魔力切れか?
「あるいは何か別の策があったとか?」
「どんな?」
僕は万能薬の小瓶を飲み干した。
あ、やっぱり、魔力切れだ。気分が良くなってきた。
「さあ。それより、リッチのこと、エルフに説明して貰わないとね」
「どうした? 具合が悪いのか?」
姉さんが僕に向かって言った。
「ちょっと魔力切れを起こしたみたいで。今薬飲んだから大丈夫だよ」
ふたりとも前を向いて会話を再会した。
リオナたちは食事をしていなかったので、歩きながら干し肉をかじった。
ミラベルさんは後続部隊を案内してきたエルフと合流して、先頭を歩いた。
大人たちに合わせて歩くのは意外にきつかった。
「危ないのです!」
リオナの声で我に返った。
眠ってしまったようだ。目の前に木の幹があった。
遠くに明かりが見えた。
明かりが見えた途端、全身から力が抜けた。動けなくなった。
急いで万能薬の小瓶を口にしたが、空だった。
ポケットと鞄を探ったが小分けした万能薬の小瓶がすべて空になっていた。
「たった一晩で……」
戦闘もしていないのに有り得ない。
「リオナ……万能薬を分けてくれないか」
姉が驚いた顔をして振り返った。
「まさか、お前、リッチに接触されたのか?」
接触? 一発食らっただけだ。
「殴られたです」
ロメオ君とロザリアが僕を両側から支えた。僕は倒れるすんでのところだったらしい。
「どこだ!どこを殴られた?」
姉さんは僕の胸ぐらを掴んだ。
僕は自分の胸に手を触れた。
「大丈夫。何ともない……」
こぞって僕の鎧を脱がせに掛かった。
僕は抵抗する力もなくなっていた。身体に力が入らない。それに寒い。夜は涼しくはあったがここまで寒いはずがなかった。
一体何が…… 駄目だ、まぶたが重い。
意識が遠のいて行く。目を覚まさないと……
睡魔の誘いに抗えない。
「呪いだ……」
誰かの声が聞こえた気がした。