闇の信徒14
聞けば、町のポータルに突然、エルフの集団が現れたらしい。
集団は僕と姉さんの名前を出して救助を要請して来たそうだ。懐にはアイシャさんの手紙が携帯されていたらしい。
一団は、身体を満足に動かせない怪我人とも病人ともつかない人たちと、その介添えばかり、三十名ほどだったという。
なんらかの理由で郊外に避難していた隠れ里の住人と、アイシャさんが早々に合流した結果、起きた事態らしい。
アイシャさんの手紙は守備隊経由で領主の元に送られたので、詳細は分からないが、子供たちの話ではそういうことらしい。
アイシャさんは僕の薬のことはまだ知らないはずなので、ユニコーンを当て込んでのことだと思われる。
「エルフの人たちが、いっぱい町の外に来てるの。痛い痛いって言ってるの」
チコは不安そうだ。
「難民か…… アイシャに渡した転移結晶を使ったんだろう。ゲートが開いているのはせいぜい一分半だ。送り出せたのは恐らく急患だけだろうな」
「じゃあ、アイシャさんは現地に?」
「それでリオナたちが追加の石を届けに向かったんだろ」
「里へはどうやって?」
「転移結晶ぐらいエルフだって持ってるだろ」
「なるほど。それを借りて里に飛んだのか? でも大丈夫だったのかな、距離的に?」
「転移技術はエルフが発祥だぞ。問題なかろう。駄目ならそもそも飛べてないだろ?」
「それもそうだ」
僕たちは転移結晶を使って町のポータルに出た。
既にユニコーンたちが城壁の外に作られた医療キャンプを見舞っていた。
「状況は?」
ポータル横の兵が、敬礼して姉さんに現状を説明した。
「ロザリアが一緒なら疫病に感染する心配はないだろうが、飛んだ先は隠れ里のポータルだ。より原因に近い場所と言えるだろう。エルフがすべて避難した後だとすれば、脱出した一行を探すのは難しいかもしれん」
「迷子になったりしないでくれよ」
姉さんは急ぎ領主館に飛んだ。
「ここは城の決定を待つしかないか……」
飛んで行きたいのは山々だが、ひとりひとりが勝手なことをしていては事態は悪くなるばかりだ。とにかく救護に行くなら準備してからでないと。現地では食べ物も汚染されているかも知れない。
僕は子供たちにアンジェラさんへの伝言を頼み、一週間分の食料を用意してもらうことにした。恐らくリオナたちは手ぶらだろう。
『何があった?』
久しぶりの嘶きが頭の後ろから聞こえてきた。
『草風』と妹ちゃんだった。
「エルフの隠れ里で疫病が発生したらしい」
城壁の外に設けられた病床を見るよう促した。
『おかしいって兄さんが言ってる』
妹ちゃんが通訳した。
忘れているかも知れないが称号『ユニコーンの盟友』のおかげで僕も妹ちゃんとなら会話ができるのだ。『草風』とは相変わらずだけどな。
『ただの疫病ならもう仲間たちの治療で治ってるはずだって』
「そうだよな……」
『草風』が仲間の元に状況を確認しに向かった。
『リオナちゃん大丈夫?』
妹ちゃんが聞いてくる。
「うん、大丈夫だ。何かあったらすぐ戻ってくるよ」
『霊障らしい』
『草風』が戻ってきた。
「『霊障』? アンデットのあれか? 治療は可能か?」
『治すのは簡単だ。でも病人が弱わりすぎていて、我らの強力な魔力では却って負担を掛けてしまう』
魔力当りか。過剰な魔力の蓄積は枯渇と同様身体に負担を掛ける。そのさじ加減ができるかどうかが、名医と薮の差なのだが、ユニコーンにそれを言っても仕方がない。
『取りあえず現状を維持するから人の手でなんとかしろだそうだ。そう領主に伝えろと仲間が言ってる』
「分かった」
『霊障』だと分かれば、二次感染の危険は皆無だ。汚染源に接触しなければ問題ない。
僕は草地に設けられた救護テントに向かった。
取りあえず自分の薬の検証をすることにした。効けばよし、効かなければ高レベルの『浄化』が必要になるから教会の仕事になるだろう。
患者たちは草原に並べて寝かされていた。
包帯を剥がされた身体にはただれた外傷があちこちに見られた。肉が腐り骨が露出していたり、全身が膿み出している者もいた。包帯がいくらあっても足りない状況だ。思わず目を覆いたくなる惨状だった。エルフの美しい容姿が却って痛々しい。
治療に当たっている軍医と町医者で手の空いてそうな人を探した。
僕の薬が効くか試して貰うのだ。
「若様!」
僕を見知っている者がいた。エルフとの確執を気にして、仲立ちに獣人スタッフが大勢配置されていたことが幸いした。
「ええと、長老の……」
「孫のポッタです。町医者をしております」
訛りのひどいポンテ婆ちゃんのお孫さんだ。孫と言っても僕より十は年上だけど。
「実はお願いがあるのですが――」
手渡した物が完全回復薬と万能薬だと聞いて、大層驚いていたが、そこは医者である。手慣れた様子で患者にそれぞれの小瓶を投与していく。
反応があったのはやはり万能薬の方だった。
「これは!」
患者の患部にかけた万能薬が反応して猛烈な勢いで泡を吹いている。
「凄い……」
ポッタさんの目の前の患者さんの患部が見る見る癒えて行く。
「濃すぎますね」
「使えますか?」
「ええ、十分です。ですが、量が……」
僕が金属の瓶を取り出した。
「原液です。千倍に薄めたものが、今使った小瓶の中身です」
「千倍!」
現場で僕の話を聞いていた者たちが目を丸くした。エルフの付添たちは僕を何者かと訝しんだ。
「よろしいのですか?」
「エルフの里に救助に行きますから、余ったら残しておいてください」
「僕の分があるから大丈夫だよ」
ロメオ君だった。
「もう一瓶あれば足りるだろ? 現地にリオナちゃんたちが行ってるなら薬は十分足りるはずだよ」
「チビたちがしゃべったのか?」
「耳がいいのは子供たちだけじゃないよ。ギルドに来ていた大人たちにも騒ぎは丸聞こえだったんだ」
「若様、どなたかが呼んでおりますよ」
ポッタさんが石橋を見て言った。
欄干の手すりから身を乗り出して女性がひとり、こちらに向かって手を振っている。衣装からして領主館の侍女のようだ。
「方針が決まったんですか?」
「はい。姫様からの伝言です。『後は任せて、先に行け』だそうです。救助班を編制次第追いかけるから無茶はするなと。それから無人になった里のポータルの魔力残量が気になるから、足りないようなら補充しておくようにと」
僕からも、症状は『霊障』であること、万能薬が効くことを知らせておいた。
『待て! 『霊障』が起こったのはどの辺りだ?』
大人のユニコーンが聞いてきた。妹ちゃんが通訳してくれる。
「悪いがエルフに聞いてくれ。彼らの隠れ里のことだからな」
恐らく森の浄化に行くのだろう。『霊障』は放っておくと手が付けられなくなるから早い方がいい。
子供たちが都合良く戻って来た。
旅支度を調えてきてくれたらしい。
「干し肉とパンだけだけど、なるべくかさばらないものを用意したって」
袋に入った包みをテトが僕に手渡した。
「ありがとう。そっちはどうだ?」
妹ちゃんと介護のエルフが会話できるか試していた。妹ちゃんが首を振った。獣人以外とはほんと会話できないんだな。
「無理だって」
ピノが妹ちゃんの会話をわざわざ通訳してくれた。
「お前たち、エルフに通訳してやってくれ」
「わかった」
「じゃ、ロメオ君。誰か転移結晶を――」
「わたしが案内しよう。エルフの里の村長の娘のミラベルだ」
転移結晶を借りようとしたら、村長の娘という女性が名乗りを上げてくれた。アンジェラさんを少し若くして、ボーイッシュにした感じの女性だ。
「お願いします。先行した仲間と合流して、薬と転移結晶をアイシャさんに届けたい」
ミラベルは笑った。
「心得た」
そう言うと転移結晶でゲートを開いた。「後を頼む」と他の付き添いに言葉を残すとゲートに消えた。