闇の信徒13
「まさかこの辺はワイバーンのテリトリーなのか?」
「ユニコーンもここまでは来ないようだな」
長話をしている間、飛ばしていたせいもあり、飛空艇は高台の狩り場の遙か東の山間部まで来ていた。遠くに幻のように見えていた雪山も今でははっきり見ることができる。
「こんなところにエルフが住んでるのか?」
僕はワイバーンと距離を取るため舵を南に切った。
「『迷いの森』の結界で害獣を遠ざけておるから問題ないじゃろう」
「上空の魔物にも効くの?」
「霧が常時被っておるからの。行く当てがない魔物ならいざ知らず、普通余所を当たるじゃろ」
「じゃあ、その霧を探せば『迷いの森』は見つけられる?」
「その前に向こうから陽動を仕掛けて来る。面倒を起こしたくなければ近寄らぬことじゃ」
「あれ一匹じゃないよね?」
「それぞれのテリトリーは広いはずだが……」
「狩りは家族単位ですることもあるから、油断せぬことじゃ。案の定あの絶壁の陰に一匹隠れておる」
切り立った断崖を指差した。
「どうする? このままだと挟まれるけど」
「降ろして貰うときにちょっかいかけられるのは困るのぉ」
「高度を上げろ。奴らは身体が重いから、上昇する力は弱い。下に回ると加速されるぞ」
「なるほど上へ上へと高度を取ればいいのか」
でもこの飛空艇。高度取れないんだよね。ワイバーン相手に風任せはまずいだろうし。
僕は高度を下げた。
「おい! 人の話を聞いてるのか!」
「この飛空艇は高く飛べないんだよ。『浮遊魔法陣』の効果には高さ制限があるんだから。一旦奴らに降りてきて貰わないと」
ニャー。アイシャさんの膝の上で寝ていたバンパイアが鳴いた。
「来た!」
絶壁の足場を蹴り出してワイバーンが一直線に接近してくる。同時に旋回していた囮役も進路を変えた。
「ようし、来い!」
僕は一気に加速して二匹と距離を取る。
「おお、早い!」
アイシャさんが驚いている。
飛び道具のないワイバーンは御しやすい。特に今この船には雷魔法を持った魔法使いが乗っている。
一匹が滑空してどんどん近づいてくる。
僕は舵を左に大きく切った。船がきしんだ。
ワイバーンは滑空を止めて、羽を羽ばたかせて大きく方向修正に入った。
森の木々すれすれの高さまで深追いしてくる。
よし、今だ!
進路が入れ替わったところで、旋回を止め加速する。
「山にぶつかるぞ!」
「大丈夫!」
山の斜面に沿って、『浮遊魔法陣』を発動し、一気に高度を取る。
追いかけて来ていたワイバーンは急上昇について来られず、下方で必死に羽ばたいている。
「上から来るぞ!」
遅れてきたもう一匹がこちらの頭を抑えるべく、襲いかかる。でかい! 飛空艇と変わらぬ大きさだ。
「姉さん、今だ!」
頭を抑えに来たワイバーンに雷が直撃した。大きな図体が船の横を素通りして行く。
飛空艇は船首をワイバーンに向けたまま、旋回する。
直撃を受けたワイバーンは錐揉みしながら落ちて行く。
そして、下から這い上がろうとしていた一匹目掛けて突っ込んでいく。
「危ない!」
二匹は絡まり、山裾に激突。転がり落ちて、すぐ下にある森を破壊した。土煙が舞い上がった。
落ちたら最後飛び上がる力はない。恐らく羽も折れたことだろう。
船は傾斜に沿って滑り降りながら、どんどん加速して行く。
『浮遊魔法陣』の作用する高度まで降下すると斜面を離れた。
「ドラゴンじゃこうはいかないよな」
僕は船を水平に戻し、進路を当初の方角に向けた。
「目が回ったぞ。婿殿」
「こういう飛び方もできたのだな。正直驚いたぞ」
「海の上の船より自由に動くよ」
「そのようじゃな。まさかワイバーンと渡り合おうとはの」
「雪山観光楽しみにしてたのにな」
そうそう上手くはいかないものだ。
「あれ? バンパイアは?」
遠心力で背面の壁に貼り付けにされたまま、爪を立てて固まっていた。
アイシャさんが壁から剥がして抱きかかえる。
「あれだ」
アイシャさんが森の絨毯の真ん中に一際高い木を見つけて指差した。
「うわっ、降りるとこないよ」
一面深い森だった。
「あの河川の岸でよい」
「了解」
僕は船を岸に向けた。小動物がいるが問題ないだろう。
それよりこの辺りの森に何かを感じる。
「『迷いの森』?」
「いいや、ただの深い森じゃ。魔除けが施してある」
船を着陸させると荷物を降ろす手伝いをする。
野営セットの入った大きなリュックだ。
里まではここからさらにもう一日歩かなければならないらしい。
「戻るときはスプレコーンの転移結晶で。距離的には問題ないはずだ」
姉さんが転移結晶を手渡した。
「助かる。以前来たときはアルガスから一月も掛かったからの」
最後の食事を取ると、彼女はバンパイアを従えて森のなかに入って行った。
「ひとりで大丈夫かな?」
「問題ない。森はエルフにとってホームだからな。無事辿り着けるさ」
僕たちは船に戻った。
姉さんが操縦したいというので、操縦を代わった。
「おお?」
帰り道、叩き落としたワイバーンに別の獲物が食いついていた。
「土産ができた!」
そこにいたのはなんと追加のワイバーン、それも二匹だった。
「共食い?」
一匹は絶命しているが、その所有権を巡って三匹が争っている。
「土産って言うけどうまいの?」
「それなりに上手いぞ。主に燻製、加工用だがな」
計四匹分のワイバーンを解体屋に転送して、僕たちは夕方、日暮れ前に格納庫に戻ることができた。
船を降りるとそこには子供たちが待っていた。
「ん? どうした?」
全員が神妙な顔で僕を見ている。
「ごめん、お土産ないんだよ」
「大変だよ。若様! リオナ姉ちゃんたちがエルフの里に行っちゃったんだ。エルフの里が大変なんだよ」