闇の信徒11
「……」
僕は恐る恐るスプーンですくったスープを啜る。
「……よう分からんな」
もう一度、今度は一気に口に運ぶ。
「ゲロマズ?」
「美味しいですか?」
「なんとか言えよ、若様!」
貧乏くじを引いた僕は今、ある料理の味見の一番手をしている。
「うまいな。普通にうまい」
僕はそう結論づけて、皿を隣りに回した。
「今度はリオナの番なのです!」
リオナは一際大きな肉にフォークを突き刺した。
「ああ、姉ちゃん、ずるいぞ!」
叫んだのは本日、飛空艇を操縦するテトだ。
他の仲間は回避した毒味の会に、好奇心に負けて参加した愚か者である。
「味見なのです。美味しいのです」
三番手はロザリア。スプーンを上品に口に運ぶ。
「意外ですね。これがまさか――」
「あー、言うな! その名を言うな。妾の味見が終るまで……」
そう言って横からアイシャさんが手を出す。
「まさか妾がこんなものを口にする日が来ようとは……」
天に祈るようなそぶりをしてから口に放り込む。
「おや? これは懐かしい味じゃ。昔、通っていた料理屋の味…… まさかあの店の親父…… 名前だけ変えて客に出していたのか!」
「残り全部俺が食う!」
そう言ってテトが皿ごと残りを持って行った。
「うまい。うまいよ。みんなも来ればよかったのに」
もぐもぐとほっぺたをふくらませる。幸せそうだ。
「そんなに警戒しなくても、普通の材料を使った、普通の料理ですよ」
エミリーが全員分を配膳し始める。
「誰じゃ、ゴブリンスープなんて名前を付けた奴は! 人騒がせな」
アンジェラさんがバスケットに入ったパンを持ってきた。
「レシピを持ち帰る方も、方だと思うけどね。まさか再現させられるとは思わなかったよ」
「おはようございまーす」
子供五人衆の残り四人がやって来た。
「あーっ!」
テトが立ち上がった。
「へへへへ。来ちゃいました」
現金な奴らだ。
「おおおーっ、浮いておる! 浮いておるぞ! 一体どういう仕組みになっておるのじゃ。すごいのぉ、すごい、おおーっ、あれはなんじゃ? おおっ、ユニコーンではないか? 本当に襲ってこんのじゃな」
アイシャさんが窓から身を乗り出してうるさかった。
「悪いわね、わたしたちまで」
「飛空艇は初めてでしたよね」
「飛行船とまた違うわね」
「あの頃から大分進化してますからね」
「若様、テトが道があるって言ってます」
ピオトが操舵室から首を出して言った。
「ん?」
道? 高台へ上る道か?
「どっちだ?」
「右側だって」
僕は右窓から望遠鏡で覗いた。右側に断崖が続いている。
「どこだ……」
「見つけた! あれだよ、若様」
ピノが進行方向を指差す。
「よく見えるな」
堅い岩の断崖に斜めに走る亀裂がある。
「歩けそうか?」
「十分広いよ。あれなら少し手を加えれば馬車も通れるよ」
「チッタ、チコ、あの場所を記録してくれ」
「了解!」
「ピオト、テトに船をもう少し近づけるように言ってくれ」
「わかった」
「何をしておる?」
「高台に上るルートを探してたんだ。町に近いルートは夏場、浸水して使えないからね」
「回りくどいことせんでも、魔法で道を作ったらどうじゃ?」
「そんな大工事やる予算も人手もないんですよ。優先順位も低いし、やるとしても数年後です。だから取りあえず冒険者たちが狩り場に行けるルートを構築するんです」
優先順位が高ければ姉さんの出番だけどね。
「記録できました」
地図と別紙に可愛い文字で記入された記述をチェックする。
「うん、いい出来だ」
チッタとチコの頭を撫でる。ふたりが照れくさそうに笑う。
「ピオト、発進させてくれ」
ピオトが操舵室に消える。
船がゆっくり右に旋回しながら高度を上げていく。
キャッキャとフィデリオがはしゃぎながら窓を叩く。万が一のことを考えて胴体には命綱が。その先がエミリーというのはいささか心配だ。
とはいえエミリーも楽しそうに外の景色を眺めている。
やがてロメオ君と来た狩り場上空に着いた。子供たちに周囲の警戒をさせ安全を確かめると、船を下ろした。今回は完全に地面に着地して係留している。
「よーし、僕たちは狩りに行くぞー」
リオナとロザリアとどうしてもと言うピノを連れて、野牛のいる草原に向かう。
残りのメンバーはキャンプ道具を出してお昼の準備を始める。
アイシャさんはどうすると聞いたら、万が一に備えて残ると言った。索敵に長けた子供たちと、アンジェラさんがいれば大丈夫だろう。僕たちの狩りも時間を掛けるつもりはない。
リオナとロザリアが二匹ずつ野牛を仕留めて、僕が転送する。
何もすることのない荷物持ちが「俺にもやらせてよ」とうるさいのでやらせることにした。
何事にも最初はある。
僕のライフルを預ける。リオナの指導の下、使い方を把握したピノはリオナと一緒に茂みに入った。
野牛が目の前で草をのんびりと食んでいる。格好の獲物だ。と、突然物陰から黒い影が飛び出してくる。
「バンパイア!」
黒猫のバンパイアが野牛に近寄ると、草を食む頭を蹴飛ばして、背中に乗った。
「猫キックだ……」
「ちょっと怒らせてどうすんのよ!」
だが、牛は何もなかったかのように踵を返すと茂みから遠ざかっていく。
バンパイアが牛の背中の上で揺れている。
「裏切ったです」
リオナが茂みから怒りながら戻ってくる。ピノも残念そうに後に付いてくる。
「あれは母牛じゃからの。お腹に別の命が宿っておった。バンパイアも忍びないと思うたのじゃろ」
アイシャさんが現れた。
「飯の準備ができたぞ」
「どういう猫なんです? 何かしたみたいですけど」
「あれか? やつの特技でな。心理操作じゃ。相手の心を操作することできる」
「え?」
「まさか!」
「安心せい。知性の高い人相手には無理じゃ。が、牛程度なら造作もないの」
「普通じゃないとは思ってたけど……」
「もう少し年を取ると会話できるようになるぞ」
「嘘でしょ?」
「ユニコーンと同じじゃよ。まだ子供ゆえ、心理操作で己を守ることしかできないが、そのうち会話もできるようになるぞ。余り邪険にしておるとそのうちしっぺ返しを食らうことになるぞ」
「エルフの里の猫ってみんなああなんですか?」
「いいや、代々我が家で飼ってる猫だけじゃ。猫のくせに長生きでな。古くからの友人じゃ。先代はなんと尻尾が二本になりおってな。子供心に驚いたもんじゃ」
それって…… 猫又なんじゃ?
バンパイアが戻ってきた。
げふっ。げっぷをした。口元が白いと思ったら乳臭い。
「おまえ、自分だけ牛の乳飲んできたな!」
ピノに突っ込まれたが、げふっと二度目のげっぷをして、すごすごアイシャさんの陰に隠れた。
食後、のんびりする間、ピノも獲物を狩ることに成功して、僕たちは帰路に就いた。
家に戻ると姉さんが待っていた。
「見つかったぞ」そう言ってメモをアイシャさんに手渡した。
いつ知り合ったのか知らないが、例の親友の所在が分かったらしい。