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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第五章 開かない扉と迷宮の鍵
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闇の信徒9

 振り返ると、大きな扉はすっかりなくなっていた。山肌の茶色い壁があるのみである。

「洞窟なくなったです」

 リオナが岩壁を見上げる。

 僕たちは全員いることを確認すると外の明かりを目指した。

「重いのです」

「一旦荷物を置くといい」

 リオナは両手の荷物を地面に置いた。

「んんーっ、久しぶりの娑婆だぁー」

 洞穴を出ると、エルフは大きな胸を弾ませて両手を天に広げた。

 目の前の景色には巨大スケルトン先生との戦闘跡が生々しく残っている。

「とりあえず一風呂浴びたいのぉ。食事もしたいのぉ」

 エルフはくるくるはしゃいでいる。

 僕たちはそんな彼女を横目に、荷物を修道院に送る準備をする。

「何をしておる?」

「こんなに荷物持ち歩けないでしょ? 借りてる保管場所に送るんです」

「ほお、そんな便利な仕組みが。転移結晶の応用かの?」

「そのものです。ええと…… お名前聞いてませんでしたよね?」

「そういやまだだったな。よかろう、そちらから名乗ってよいぞ」

「……」

 確かに尋ねた方から名乗るのが礼儀ですけど。怪しいのはあんたの方なんだから。

 僕たちは手は休めずに簡単に名前を告げた。


「ヴィオネッティーに、ビアンケッティか…… それに獅子族の娘…… 大層な家の子息がよくもまあ、一箇所に集まったものじゃ。それにあの少年。人族にしてはなかなか見所がある」

 ぼそぼそと呟いている。

「では、妾も名乗るとしよう。妾の名はアイシャ・ボラン。見ての通りエルフだ。後学のために人族の国に来た」

「ハサウェイ・シンクレアじゃないの?」

 リオナが首を傾げる。

「それはペンネームだ。そうか、人族にはそっちの方が通りがよいのか。でも婿殿にはアイシャと呼んで貰いたいのぉ」

「じゃあ、アイシャさん。他の荷物と混ざらないように、この札に書くこと書いてくださいます?」

 僕は咄嗟に体をかわす。

 ミャー、ミャー、ミャー。

 猫が割り込んできた。

「この子はバンパイアでいいの?」

 リオナが猫をすくい上げる。

「ヴァネッサ・パイーダ・オクタヴィア一三世だ。我が家の守り猫でな、代々バンパイアと呼んでいる。何か問題でも?」

 ロザリアとリオナはバンパイアが吸血鬼と同義語だということを説明した。


「よもやそんなことになっていようとは…… シャレのつもりだったんじゃが、時の流れというのは恐ろしいものじゃな。そうか、あれから百五十年か…… 思ったより時が流れていなくて助かったが、さて困った」

 一体どれくらいを想定してたんだ?

「ヴァネッサじゃ駄目なの?」

 黒猫はプイと余所を向いた。

「じゃ、名前なしで、ただの黒猫で」

 黒猫が僕を睨んだ。

「だったら選べよ。ヴァネッサ? パイーダ? オクタヴィア?」

 すべてにそっぽを向いた。

「名前変えたくない?」

 リオナが優しく尋ねた。

 ニャー、ニャー。首を縦に振る。

「本人がいいと言うのならそうしましょ。はい、さっさと手を動かして。転送するからばらけないようにしっかりまとめてくださいね」

 転移結晶を持っているのは僕なので僕が順番に転送していく。

「シスターたちもびっくりするだろうな、こんなに大量のアイテム届けられたんじゃ」

「一応、詫びの手紙も挟んでおきました」

 すべての荷物を送り届けると、僕たちは地上に戻った。百五十年後の世界に放り出すわけにも行かず、しばらくエルフと飼い猫と一緒に行動することにした。

 異世界の勇者曰く、『旅は道連れ、世は情け』である。



 僕はひとり解体屋に寄り、眠り羊を依頼に当てずに、その場で売り払った。

 肉のブロックを分けて貰い、孤児院の子供たちへの土産にした。

 修道院に付いたときには粗方、売り物とそうでないものの選別が終っていた。中庭にはシスターと子供たちが大勢いた。

 分別を手伝っていた子供たちが肉のブロックを見た途端、飛んできて僕の手から奪っていった。シスターに怒られていたが、「早くしないと夕飯に間に合わない」と言うのだから仕方がない。

「待たせた?」

 僕はそばにいたロメオ君に尋ねた。

「大体終ったよ。『闇の信徒』の装備は教会でもいくつか所蔵したいって言うんだけど、どうする?」

 ロメオ君が言った。

「歴史的な価値があるものだから博物館に置かせてほしいそうよ」

 新品同様だったけど?

「さっきまで司祭様がいたです。白いお髭だったです」

「ただのイベントアイテムなんじゃがな」

 後でそのイベントがなんなのか聞きたいところだね。それと劣化しなかった理由もね、猫とエルフも。

「対価は今回の収益から引かせて貰いますけど、よろしいですか?」

 シスターに聞いた。

「足りなくないでしょうか?」

「十分お釣りが来ますよ」

 その場を失礼して、巨大スケルトン先生の装備を確認する。

「そうだ、アイシャさん、この材質分かりますか? 銀のようなんですけど、ちょっと違う気がするんです」

 僕は破壊した大盾の表に貼られた金属を指差した。どこかグングニルに似た素材だった。

「それはミスリルじゃ。まさか婿殿たちだけでアレを倒したのか?」

「ミスリル!」

 みんな驚いて破損した巨大な盾と、同素材の大剣を見つめた。

「あの巨大スケルトン知ってるですか?」

「イベントボスだ。参加者全員で倒す手はずになっておった。よもやそなたらだけで倒すとはのぉ」

「そのイベントってなんなんです?」

「それは後でゆっくり話してやる。それより用事を早く済ませてくれぬか? 妾はゆっくりしたくてウズウズしておるのじゃ」

「そうしたいのは山々なんだけど、ここをこのままにしては帰れないだろ? ミスリルか…… 僕にできるかな」

 僕は土魔法で材料を分離しようと魔力を込める。

「待て、妾がやろう。ミスリルは婿殿にはまだ早そうだ」

 僕のぎこちない様子を見た途端、アイシャさんは僕を制止して、代わりに装備品に手を当てた。すると、銀色の素材は手頃な大きさの楕円の塊に変化していった。小川に落ちている丸い石のような塊が次々できあがる。

 アイシャさんはただ表面を撫でるような仕草をしただけで、あっという間に、大きすぎる装備品を宝石類とミスリルと九割のがらくたに分離してしまった。

「これだけのミスリルをこの村で捌くのは無理がありますね。教会預かりで現金に換えて貰いましょう。運搬中に盗賊に狙われるのも面倒ですし」

 ロザリアはそう言ってシスターと相談し始めた。

 たぶんコネを使うのだろう。アイシャもそれがいいだろうと言った。

 シスターの合図で子供たちはミスリルを荷台に載った木箱に収めていく。

「あの…… 失礼ですが、あれでいかほどになるのでしょうか?」

 シスターが小声でアイシャに尋ねた。

「ミスリルは聖騎士の装備を作る上で必要不可欠な素材じゃ。あれだけの量、そうそう出回るものではないからの。期待されるがよいぞ、シスター殿」

 アイシャはお茶を濁した言い方をした。

 一メルテ四方の木箱一杯分で、百五十年前の相場で百億ルプリになるとアイシャがこっそり耳打ちしてくれた。たった木箱一つ分で小国の国家予算に匹敵する数字だ。

 薄くしても丈夫な素材だからこそ、軽い装備ができ上がる。おまけに魔力を内包しやすい性質を持つため、強力な付与を施すことができる。グングニル一本でロザリアが手に入れたアドバンテージを見ればその効果の程がよく分かる。レプリカなので含有量は少ないそうだが、それでもあの効果である。よく溶かされずに武器屋にあったものだと今更ながら感心させられる。ロザリアの言う通り、あれを手に入れたのはまさに奇跡の所産だったのだろう。

 それ故、木箱一つでこの高値である。

 シスターが知ったら卒倒するだろう。


 その後、一週間ほどで契約は成立し、ミスリルは百五十億ルプリで買い取られていった。修道院の取り分、十五億ルプリが引かれ、さらにアルガスに税金を納めねばならなくなったが、二十年分割にすることで、総額三十六億程度の支払いに抑えることができた。

 その結果、年約五億ルプリの収入を二十年間受け取ることができるようになった。それを四人で割って一人頭、年間一億二千五百万ルプリが教会から振り込まれることになる。教会に提供した『闇の信徒』装備一式の値段など単なる端数になってしまっていた。


 姉さんに内緒で口座を作ったが、即刻ばれて口座を統合されてしまった。その代わりと言ってはなんだが、小切手の上限を一月、金貨三百枚まで引き上げて貰うことができた。

 ばらした張本人も肉がたらふく食える程度の小遣いを残して、同様に有り金全部を貯金させられた。本人はいざとなれば僕にたかればいいと思っているようで、買い食いできる分のお金さえあれば問題ないと言った。

 ロザリアは両親の株を上げることに成功し、尚且つ初めて手にした大金に驚喜していた。現在姉さんに口座開設の勧誘を受けているが、よく考えてほしいね。

 ロメオ君のご両親は山の手に物件を探し始めている。ロメオ君も収入はいつも通り全額両親に丸投げしたらしい。無駄遣いさえしてくれなければ構わないそうだ。

 ミスリル以外の報酬でアイシャさんの当座の資金もできた。教会の取り分だけで金貨五十枚を超えていたので、本人も納得であろう。


 少々遅くなったが、僕たちはようやく家路に就いた。


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