闇の信徒(黒猫とエルフ)7
「この洞穴、地図に載ってないみたいだよ」
ロメオ君が言う通り、地図と見比べてみたが、該当する場所は見つからなかった。
絶好の狩猟ポイントだ。ないはずがない。
僕たちは疑問を抱きながら崩れた入り口からなかに侵入した。
洞穴のなかは思いの外深かった。あの骨が隠れていられたんだから、言わずもがなだが。
「暗いな? 明かり対策はしてないのか?」
僕とリオナは久しぶりに光の魔石を取り出した。
「魔物の気配はないわね」
ロザリアは魔法で光源を出現させた。
「誰もいないのです」
僕たちは先を進んだ。
奥にもう一つ広い部屋が合った。
「行き止まりだ」
「あれ、何かしら?」
ロザリアの指す方向に何やら黒い壁があった。
「これ…… 扉だ」
ロメオ君が駆け寄り、壁に触れて言った。
「鍵穴です?」
リオナが取っ手の部分を覗き込んだ。
「なんでこんなところに?」
僕は近づいた。するとカチッと音がして、扉が勝手にギイイッと音を立てて開いた。
「開いたです!」
「まさかこれって開かずの扉?」
「やばくない?」
全員顔を見合わせた。
「罠かな?」
「お宝が眠ってるかもね」
「覗くだけなら」
「大丈夫なのです。いきなり首を刎ねられたりしないのです」
「縁起でもないこと言うなよ」
僕は扉を開けた。するとなかには屋敷の一室とも思える豪華な部屋が現れた。
「なんだここ?」
建築資材や木箱が大量に絨毯の上に置かれている。倉庫代わりに使われているのか?
「奥にも扉が――」
「何かいるです!」
リオナが扉を見て叫んだ!
全員咄嗟に身構えた。
こんな近距離で、どうやってリオナの警戒をすり抜けた? 僕たちの探知スキルもだが……
何も反応なかったぞ!
小さな何かが確かに近づいてくる。
奥の扉から黒い小さな塊が現れた。
それは最寄りの木箱の上に軽々と飛び乗った。
ミャー。
真っ黒な短毛ですらりとした猫だった。大きな目がこちらを見つめる。
「黒猫?」
「可愛いのです」
何かの罠か? 僕とロメオ君は警戒を強める。
「おいでおいでー」
女性陣は緩めたようだ。
「ああッ!」
猫を抱き上げたリオナが叫んだ。
「どうした!」
「この猫、バンパイアです! ほら」
首輪のネームタグを僕たちに見えるように向けながら言った。
「どういうことだ? バンパイアってなんとかって言う作家の飼い猫だったんじゃ……」
「ハサウェイ・シンクレアです」
「偶然?」
「ハサウェイが生きていたのは百年以上前の話ですよ。生きてませんよ」
「ここって何なんだ? 迷宮のなかなんだよな?」
「これ見るです!」
猫を肩に載せたリオナが洋服立てを指差した。
そこには『闇の信徒』のローブがずらりと掛けられていた。
「全部新品だ……」
色違いが何色もある。
「こっちにもあるよ」
ロメオ君が探し当てたのは大量の指輪だった。僕が『闇の信徒』から回収した指輪と同じもののようだ。
物資の隙間をすり抜け、僕たちは別の部屋への扉に辿り着いた。
ミャー。ミャー。
リオナの肩から飛び降りた猫が僕たちを先導する。
「ついて来いって言ってるです」
もちろん「気がする」だ。ユニコーンじゃないんだから、いくらリオナでも動物と会話はできない。
扉の先は廊下だった。ごく普通の屋敷の廊下だ。燭台には火が灯り、壁には古い絵画が掛けられていた。天井に蜘蛛の巣一つなく、キャビネットに置かれた花瓶の花もついさっき生けたかのように生き生きとしていた。
「却って気味が悪いんですけど」
猫が突き当たりの扉の隙間からなかに消えた。
僕は扉をそっと押し開けた。
そこは寝室だった。天蓋付きのベッドが部屋の中央を占領していた。
ミャー、ミャー。
猫がベッドの上に飛び乗った。
「誰か寝てるです」
僕たちは警戒しながらベッドのなかを覗ける位置に回り込んだ。
「うッ」
「あっ!」
僕とロメオ君は固まった。
「ちょっと、駄目よ、見ちゃ! ふたりとも回れ右!」
言われるまま背を向けた。
「出て行くのです! 外で待つのです!」
女性陣が僕たちを部屋の外に押し出して、扉を閉めた。
それもそのはず、ベッドの上に横たわっていたのは…… 見目麗しい女神だったのだ。
「見た?」
ロメオ君は真っ赤になってうつむいた。
「美人だった……」
横たわっていたのは全裸の女性エルフ。それもとびきり美人でグラマラスな。
それがあられもない姿でベッドに横たわっていたのだ。
瞼の裏から離れませんよ。いや、離したくありません。
均整の取れた美しい容姿、すっきりと伸びた鼻、柔らかそうな唇、特徴的な長い耳。腰ほどもある銀色の長い髪。すらりと伸びた長い手足。雪花石膏のような白い肌。そしてなだらかな稜線に二つの……
今のうちに記憶を留める魔法を…… だーッ、なんたる不覚。術式が思い出せん!
「て、それどころじゃなかった。おい! ふたりとも、気を付けろ! そいつは吸血鬼かもしれないぞ! 気を抜くなァ!」
僕は扉に貼り付いた。
「おい聞こえてるのか!」
突入すべきか、せざるべきか……
いや、見たいわけではない…… 見たいけど!
今はふたりの身の安全を!
「ロザリア! リオナ。入るぞ、入るからな!」
僕はロメオ君に合図すると、手に剣をとり突入する!
扉を開けたらエメラルドグリーンのきれいな瞳の不機嫌そうなエルフがこちらを睨んでいた。
「なんでじゃ?」
「は?」
「なんでガキ共なんじゃ!」
キャミソール姿のエルフがすっくと立ち上がる。
着せるもの他になかったのかよ?
女性陣が両手でバッテンマークを作り、首を振る。
どうやらエルフが自分で選択したらしい。