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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第一章 マイバイブルは『異世界召喚物語』
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エルーダの迷宮16

 見つけた。

 ついに上への階段を見つけたのだ。予想通り、ドーム広場は地下二階部分に当たり、地下一階への階段は上り階段になっていたのだ。

 休憩所の裏手に小川があり、越えた場所に蔓草に覆われた横穴があったのだ。ご丁寧に石柱が視界を塞ぎ、光の魔石の明かりもわざと石柱で影ができるように配置にしてあった。一見すると石柱と壁が一体のように見えるその場所は、心理的に人を遠ざける仕掛けが施してあった。

 小川を渡るには大回りしなければならず、明るく照らされたきれいな石畳からどんどん遠くなるため、不安をかき立てられ、暗闇に苔生して滑る苔の道は上り坂で、足元には小川が勢いよく流れている。落ちてくる雫も雨の様だった。

 用もないのに誰がこんな所を進むのか。感心を通りこして呆れてしまう。

 さすがは中上級者向けダンジョンというべきか。「罠がない」と宣言しつつ、やることがあざとい。リカルドが最後の題材に選んだのもわかる気がする。

 荷車は小川を渡れないし、苔の道も坂は急だし幅がない。その先の洞窟部分も同様で通れない。地下一階の転移ゲートにアクセスして入場許可を取った後、そこから一度外の転移ゲートに出て、改めて荷車を運び入れるしかなさそうだ。

 マイバイブルの勇者が持っているような無限に収納できる袋でもあれば便利なのだが、あれはあくまで空想の産物だ。普通は荷物がいっぱいになると、魔法使いが転移ゲートを開いて所定の場所に一々置いてくるものなのだ。

 それはフリーランスの魔法使いがいない理由でもあった。転移結晶を何度も使わずに済むのだからそれだけで十分安上がりなのだ。各チームが囲い込みに必死なわけである。

 洞窟の突き当りを左に曲がると階段のある小部屋に出た。そこは古代遺跡の石棺部屋のような作りだった。

 何かの気配を感じて僕はとっさに剣を構えた。

「た、助けて…… くれ……」

 目の前に血まみれの男が階段下の壁に背を向けてしゃがみ込んでいた。

 壁には彼の手の跡が、階段と床には足跡が、血の色に染められ赤くかすれて残っていた。回復薬の小瓶が足元の血の池のなかに散乱していた。

「どうしたんですか!」

 男は片脚を失っていた。傷口を布切れできつく縛り、応急処置を済ませているようだが、意識は朦朧としていた。すでに回復薬のおかげで傷口は塞がっていたが、足りなかったのだろう、失った血を回復するまでには至らなかったようだ。

 血が足りないせいで体温が下がっているせいだろう、顔色は白く唇は紫を通りこして黒く染まっていた。プレートの鎧とマントが鋭い爪のようなもので引き裂かれていた。魔物にやられたのは一目瞭然だが…… 他の仲間は?

「これを飲んで」

 僕は回復薬の一つを口に含ませ、もう一本を切断された脚に振りかけた。

 男はやや意識を回復させ、目の焦点も合いだした。僕はもう一本を口に流し込んだ。

「君は?」

 かすれた声で僕に尋ねた。

「一階を探索していた冒険者です」

 僕は階段の奥を覗いた。

「他の人は?」

「ここまで辿り着けたのは俺だけだ。鞄も落としてきてしまった。携帯していた薬しかなく……」

 彼の瞳から涙があふれ出した。

「転移石を使います。捕まって」

 僕は彼を抱えると転移石を床にぶつけて砕いた。



 転移したのは迷宮の入口。いつもの門番さんのいる詰め所のそばの転移魔法陣の上だった。

 すぐに彼が駆けつけ、僕の毒を以前解除してくれた僧侶のメアリー・コルセットを呼んだ。彼女が治療を施している間に詰め所に控えていた他の監視員たちもぞろぞろ出てきて騒ぎ出した。

「パーティーは全滅だそうです」

 僕は彼を助けた経緯を話した。監視員たちは転移魔法陣を使って次々に消えた。数分後にはいくつもの男女の遺体と、彼の落としたという鞄などが地面の上に並べられた。遺体はどれも身体の一部が欠損していた。首のない者、腕のない者、胴体のない者。脚のない者。部位しか残らなかった者。正味何人分の遺体なのか、装備品を比較しながら遺体の部位を並べていく監視員たち。

 僕は彼らが勇敢に事後処理をしている間、詰め所の裏で吐いていた。

 むごたらしい死に生まれて初めて出会ったのだ。これが対価か? 冒険者が大金と引き替えに抱えるべきリスクなのか?

 半狂乱にならなかった自分を褒めてやりたい。手足が震えるのを堪えながら、浄化の魔法をかけて貰い血を洗い流してもらった。お布施にと銀貨を取り出そうとしたが、手が震えてがま口から取り出せない。怯えている自分を彼女に見られるのが恥ずかしいやら情けないやら。

「い、今払いますから」

 声まで震えてる。

「よく助け出してくれたわね」

 メアリーさんは僕の震える手の上に手を重ねて「御代は結構よ」と呟いた。彼女の温かさを感じて、僕はようやく落ち着いたのだ。



 噂は村中にあっという間に広がった。彼らを襲ったのはフェンリルという魔物らしかった。狼より大きな獣タイプの魔物で知性が高く、普通なら敬遠すべき敵だという。彼らは不幸にもそのことを知らずにそのテリトリーに入り込んでしまったのだろうという話だった。詳しい話は助けた男の証言待ちだが、彼のパーティーのレベルが自分とさして変わらないことに僕はさらにショックを受けた。例の地図本には巣の位置も危険性も記されていたという。

 彼らは情報を軽んじたせいで全滅してしまったのだ。

 僕は自分だったらと考えてしまった。リカルドの忠告がなかったら、あの場所であの男が倒れていなかったら、僕はためらいもせず階段を登ったのではないか? 

 レベル六でレベル二十の地下蟹に戦いを挑んだように、装備が心許ないと知りつつそのまま狩りを続けたように、気軽な気持ちで挑んだのではないか? 手元の金貨三百枚を得るために、僕はこの数週間で何度死に目に遭った? これが冒険者なのか? 知恵ある者のすることか?

 僕はこの村にいる残りの時間、迷宮に入らないと決めた。装備が整うまで無理はすまいと心に決めた。

 僕は元々柔な人間である。兄たちのように強くはない。ゆっくり行こう。臆病と言われようともリスクは少なく、常に最善を尽くそう。これからも冒険者で居続けるために、死なないために。


 前話が短すぎました。うまく話が切れるところがなくて仕方がなかったのですが、今回と一緒にした方が良かったですね^^;

 反省しきりです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここのお話、いいですねぇ。 凄い発見や冒険をする未来の彼を知ってる分、まだ大成する前の姿が感慨深く感じます。 臆病に 慎重に行こうとする、その姿も、いい。 あの独特で魅力的な世界を、また最初…
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