閑話 ヒドラってこんなに弱かったっけ?
俺の名はカルーロ・バルリエントス。
兄のロレンソと共に『栄光の大樹』の一員として働いて十年になる中堅どころだ。
最近じゃ『雷光のバルリエントス』なんてたいそうな通り名で呼ばれることもある。
自慢じゃないが雷魔法に関しちゃ、それなりの自負があったんだ。
あの日、あいつらに会うまでは……
俺の住んでいたナスカの町には雷魔法が使える奴なんていなかった。使えてもどれも高が知れていた。小枝に止まった小鳥すら落とせない、ただ物珍しいだけの代物だった。
幼い頃から兄は剣、俺は魔法で地元のギルド、『栄光の大樹』で活躍するのが夢だった。
夢がまだ夢であったとき、俺はある魔法使いの少女と出会った。
その少女は『銀花の紋章団』と名乗る一団にいた。
『銀花の紋章団』、当時の『栄光の大樹』より遙か高みに存在した国一番の最強ギルド。
女たちはドラゴンフェイクを狩りに来たと言った。
興味を引かれた俺は道案内を買って出た。
「いや、その必要はなくなった」と金髪のリーダーの女が空を見上げて言った。
「レジーナ」
その女はフードを着込んだ少女に命令した。
「やれるか?」
そう聞いてくるリーダーに少女は答えた。
「面倒臭い」
リーダーの女は笑って「では頼む」と言った。
空にドラゴンフェイクが現れたのはちょうどそのときだった。
半鐘が鳴るなか、いつものことと住人たちは地下のシェルターに急いだ。
俺も宿屋の連中も旅の一行を地下のシェルターに誘おうとした。
そのときだ。
稲妻がドラゴンフェイクに直撃した。
竜の影は錐揉みしながら地面に落下し、土埃を空に巻き上げた。
「わあああァ!」
誰もが歓声を上げた。僕も両手を挙げて喜んだ。
旅の一団は消えていた。
そしてすぐに戻ってきて、宿の主人に連峰の先、ドラゴンフェイクの巣に辿り着く道を尋ねていた。
リーダーを一回り小さくしたような美少女が魔法使いの少女と会話しているのを盗み聞きした。
「ちょっとレジーナ、ドラゴンの皮、半分焦げてたわよ。あれじゃ、売り物にならないじゃないの!」
「あの程度の攻撃で焦げるようじゃ、使い物にならない」
そんな内容だった。
俺は信じられなかった。
フェイクと言えど、ドラゴンの革は高級品だ。この町に冒険者や傭兵が集まる最大の理由だ。
そんな国中の猛者たちがバリスタや魔法を駆使してようやく仕留めることができるドラゴンフェイクを、この少女は一撃で空の高みから引きずり下ろしたのだ。しかもわずか数人のこの一団が既に葬ったという。
それ以来、あの少女が見せた、たった一度の落雷攻撃が俺のまぶたに焼き付いた。
あれから数年後、『銀花の紋章団』は突然活動休止を宣言して、表舞台から姿を消した。
それから更に月日は流れ、今目の前に『銀花の紋章団』を名乗る少年少女が現れた。
見るからに新人の彼らはヒドラが相手だというのに飄々としていた。
四人の内ひとりはどう見ても冒険者の資格を満たしていなかった。獣人のその少女の腰には手に余るほど大きな剣が二振り鞘に収まってぶら下がっていた。
もうひとりの少女は僧服のような軽装にも関わらず、こちらも手に余る大きなランスを携えていた。服の袖から垣間見える細い腕は、どう見ても前衛が務まる者の腕ではなかった。ステッキでも持っている方が似合いの手だった。
少年のひとりは魔法使いだった。十本の指に指輪が輝いていた。杖は入門者が使うような安いものを使っている。中級ダンジョンに潜るには、場違いな、しょぼい出で立ちだった。
リーダー格の少年は獣人の少女と同じ装備をしていた。腰に一振りの剣を差していたが、予備の剣を持ち合わせていなかった。解体用のナイフが背負ったリックのベルトに挟まれているだけだ。予備を持たぬとは素人か……
そうかと思うと最近流行のライフルを肩に担いでいる。そう言えば年上の少女も肩に掛けていた。
ライフル頼りの金持ちのボンボンたちか…… これが今の『銀花の紋章団』のレベルなのか……
「一体どういう編成してるんだ? 盾役はどうした?」
さすがの兄も心配して、声を掛けた。
理由はどうあれ、見せつけてやるときが来たと思った。今の自分はあの魔法使いの少女に決して劣らないはずだと。
「馬鹿な……」
リーダー格の少年が放った氷の魔法の一撃は九本首のヒドラにいきなり致命傷を与えた。俺の全力ですら首一つ落とせなかったにも関わらずにだ。
前衛だと思っていた彼が後衛に回ったときは臆病風に吹かれたのかと思ったが、とんでもない隠し球だ。
そう思った次の瞬間、もうひとりの少年が初級魔法を唱えた。
風の矢が頭半分を吹き飛ばした。
ありえなかった。言葉を失った。
少年は続けざまに連射してこともなげに頭を丸ごと破壊した。
そして少女たちだ。前衛だと思っていた獣人の娘の武器が火を噴いた。
こちらも正確な射撃で容易く首を落とした。
そしてランスの少女も武器をライフルに持ち替え、切断された頭に止めを刺した。
彼らは一瞬で三つの頭を破壊した。しかも彼らにはまだ余裕が見て取れる。
四人が四人ともこの場にいる誰よりも殺傷力を持っていた。
「あの程度の攻撃で焦げるようじゃ、使い物にならない」
あのときの少女の台詞が頭に浮かんだ。
そして『ハヴォルカ旅団』のひとりが襲われたとき、戦況が動いた。
躊躇せずに獣人の娘とリーダー格の少年がヒドラに向かって駆け出した。
魔法使いの少年が、すぐさま頭の一つを破壊した。
そして獣人の少女がなんと首に飛び移り、ゼロ距離から頭を吹き飛ばした。
少年が落ちていた大盾を拾って襲ってくる頭の一つを殴った。誰も気付かなかったようだが、襲われた瞬間、結界がヒドラの頭の動きを止めていた。
そして年長の少女だ。死にかけている負傷者を水ではなく、光魔法で回復させていた。しかも惜しげもなく使っていたあの薬はなんだ?
これが『銀花の紋章団』を名乗る者たちの実力なのか?
今日は最終日である。
結局、二日目は五つ首、三日目は七つ首だった。
そして、本日は五つ首だ。
「雑魚なのです。九つ首じゃないと面白くないのです」
通路の一角で子供たちが作戦会議をしている。
「じゃ、リオナは援護で」
「えーっ、横暴なのです!」
「昨日二つも首取ったろ?」
「昨日は七つ首だったです」
「わたしまだやってないんだから、わたしの番でしょ?」
「じゃ、今回は僕がサポートに回るよ」
「いざというとき魔力切れとか勘弁してくれよ」
「そのときは薬に任せます」
「エルリンはどうするですか?」
「ふたりで二本狩ったら十分だろ?」
「じゃあ、決まりなのです」
「毒食らうなよ。面倒臭いから」
こんなふざけた連中に会ったのは初めてだ。
「兄貴、いいのか?」
「俺たちはいつの間にか忘れていたのかも知れないな」
「何を?」
「お前と切磋琢磨していた、あの頃のことをさ」
「ガキをこさえた親父みたいなこと言うなよ」
「あの頃は楽しかったなぁ」
「俺は落ち込んでるとこだよ」
「あのリーダーの少年の姉の名前、レジーナというらしいぞ」
「え?」
俺は少年を見つめた。
「よかったな。忘れ物が戻ってきた」
少年にあのときの少女の面影を見た。
「いいこと思いついたです! 大発見なのです!」
獣人の少女が飛び上がって喜んでいる。何事かと大人たちが視線を向ける。
「ちょっと、リオナ、声が大きい!」
「『ヒドラの心臓』を残しておいたら、頭は再生するのです! 無限狩りなのです! ひとり一回なのです! エルリンもロメオ君もやれるです!」
「毒線と牙も再生するんだよな…… これは美味しいかも知れない」
「俺…… ヒドラが弱く思えてきたわ」
ロレンソの言葉に俺も同意した。
そして久しぶりに、兄弟肩を抱き合い笑った。