ロメオ君育成計画13
『コートルーの疾風旅団』の弓持ちたちが、ヒドラの首を狙って弓を引く。
矢を放つ瞬間、幾重にも魔法陣が見えた。
弓は小ぶりだが魔法付与が何重にも施されているようだ。一つは見慣れた風の加護だったが、残りは分からなかった。身体強化系の付与と威力を増すための何かか?
矢は速すぎて目で追えなかった。
ただ命中した部位が消し飛ぶのが見えた。
「初級魔法だよね。鏃に仕込んであるのかな?」
ロメオ君が初見でそう言い当てた。
「鏃に魔石を使ったものですわね。でも特殊な矢は高価ですから余り見かけませんけど」
「金貨一枚なのです。エルリンも持ってるのです」
『必中の矢』のことか? 銃を消音効果付きにしてから、弓と一緒にお蔵入りになってたな。
「まあ、それはお高いですわね? 一体どのような効果が?」
「ただの『必中の矢』だけど?」
「え?」
ロザリアが言葉を失った。確か半値にして貰ったんだよな。
「もしかして…… その矢はマリアさんという方から買われたのでは?」
「そうだよ。ロザリアもここのギルドでいつも話してるだろ? 窓口のマリアさん。以前『銀花の紋章団』にいた先輩なんだ」
「あの方が『銀団の弓使い』だったのですか!」
『銀団の弓使い』?
「何? マリアさんて有名人だったの?」
「教会の関係者であの方の名を知らぬ者はおりません。北の大戦の折、孤立した教会の救護隊と難民の脱出を、国境までたった数人で援護してくださった英雄ですわ」
「姉さんの友達だから普通じゃないとは思ってたけどね」
「『必中の矢』は非売品ですよ! 金貨百枚でも安いくらいですわ」
いくら何でも百枚は言い過ぎだ。
「首が一つ倒れるです」
弓使いたちがようやく集中砲火で首を一つもぎ取った。
落ちた首を槍使いが止めを刺した。
「じれったいのです」
リオナは参加したくてウズウズしているようだ。
味方はリーチの差で近づけないでいた。大木をぶん回されているのとさして変わらない状況が続いていた。
弓隊の火力では時間がかかる。
前衛は善戦していた。大盾よりもでかい口を開けて襲ってくる相手を御することができている。スキルも充実しているようだ。スケルトン先生の一撃でよろける僕とは訳が違う。
「このままじゃ体力が持たないかも」
ロメオ君が言った。
確かにまだ一本の首しか落せていない。残りはまだ五本もある。
火力組が尻尾を切り取ったと声を上げた。
切り取られた尻尾がまだ暴れているがそのうち黙るだろう。
「これで戦況が変わるか?」
味方に闘志が戻ってきた。
盾持ちに誘われて伸びきった首の一つに、長剣持ちが大技を炸裂させる。
「おおっ、『兜割』だ!」
血しぶきが飛び散った。
やった。
「これなら行けるよ」
ロメオ君が歓喜の声を上げたとき、悲鳴が上がった。
盾持ちの親父が盾ごと強靱な顎に襲われたのだ。切断されたせいで生首の行動範囲が広がったのだ。盾が支え棒になってかみ砕かれはしなかったが、肩に鋭い牙が食い込んでいた。
「プレートメイルを貫通したのか?」
「いけない!」
ロザリアが叫んだ。
毒対策をしていても、あれでは回復する前に死んでしまう!
「エルリンさん!」
ロザリアが駆け出した。
「全力で排除する!」
僕は号令をかけた。
ロメオ君が即座に魔法を放った。鎌首をもたげてこちらの手の届かぬ場所で気を抜いている頭を一撃で粉砕した。
リオナも姿を消した。
「なんだ!」
盾持ちの背中を借りて、首の一つに飛び乗り、全弾を脳天にぶち込んだ。
ふたり揃って瞬殺である。
おかげで、倒れた盾持ちを待避させる隙ができた。
「彼女の所に!」
僕は叫んだ。
大男がふたり倒れた男の腕を引きずってロザリアのいる安全圏に運ぶ。
僕は盾持ちが落とした盾を拾い上げると、盾持ちふたりが抜けた穴を埋める。
斜め上空の死角から首が襲いかかる。
僕は結界を展開して受け止めると、『シールドバッシュ』をぶちかました。僕の持ってる盾技はこれだけだから。
タイミングがよかったのか、頭が脳震盪を起こして床に落ちた。
返り血で血まみれの長剣持ちさんが再び『兜割』で止めを刺した。今度は切断することなく脳天に一撃だ。
互いに「よくやった」と目配せをした。
僕はロザリアの方に目をやった。
瀕死の親父の鎧を仲間が力尽くで剥ぎ取っていた。大きな図体と歪んだ鎧のせいでなかなか捗っていない様子だった。
もうひとりの回復役が合流した。
薬を飲ませようにも血を吐いてしまって苦心している。
ロザリアたちは詠唱魔法で命を繋ぎながら、傷口が現れるのを待つ。
焦りと共に嫌な汗が噴き出す。
ようやく鎧を剥がすことに成功した大男ふたりは、ロザリアに言われるまま、真っ赤に染まった鎖帷子を脱がせ、シャツを引き裂いた。
ロザリアは大きく抉られた傷口に万能薬を注いだ。
猛烈な勢いで傷口から泡が出てくる。
「中和されてる証拠よ」
驚く大男たちに回復役が説明する。
「凄いわ…… この薬……」
「呼吸も落ち着いてきました。もう飲めるかしらね」
感動を余所にロザリアは万能薬を念のために口からも流し込んだ。内服させた方が体内に残った毒や損傷にも効果的に効くのだ。
「もう大丈夫よ」
大男たちはその言葉に安堵した。
ほぼ同時に、ヒドラが床に沈んだ。
血まみれのリオナと長剣使いをロメオ君が浄化魔法できれいにしていた。
「怪我はないか?」
「平気です。おっさんは大丈夫ですか?」
「ロザリアがうまくやったよ」
リオナはロザリアのところに駆け寄る。
「がんばりすぎたんじゃない?」
僕はロメオ君に言った。
「風の矢しか使ってないよ。装備のおかげで五割増しだけど」
なくても結果は変わらなかっただろうが、周りに聞こえるように話した。
実力じゃなくて装備のおかげとアピールする。
「それにしてもプレートを貫通するなんてね。どんな顎してるんだろうね」
僕はひしゃげた大盾をまじまじと見る。
見た目以上に怖い相手だったんだと実感する。
「みんな凄いね」
ロメオ君が感慨深そうに部位の回収をしている大人たちを見て言った。
「伊達に中級ダンジョンにいるわけじゃないよ」
やられたとは言え、『ハヴォルカ旅団』の防御は完璧だったし、『コートルーの疾風旅団』の牽制攻撃も上手かった。
魔法の矢の攻撃も秀逸だった。もうワンランク上の矢が用意できていれば言うことなしだったんだけど。
余程高価な矢だったのか、現在必死に回収して回っている。
『栄光の大樹』は火力のふたりが優秀だった。他のメンバーも安定した強さがあった。残念なのは魔法使いさんだ。雷専門なのか、戦場に合う魔法がなかったのか、結局二撃目はなかった。
大砲は得てして小回りがきかないものらしい。
結局、翌日から約束の三日間、僕たちは彼らに付き合った。
リオナはすっかりマスコット役が板について、大人たちに娘のようにかわいがられるようになった。
ロメオ君は魔法のお悩み相談を受けるようになっていた。
ロザリアは一部の男たちの熱い視線を浴びると共に、女性連中に『男選びのコツ』と『遠ざけるコツ』を伝授されていた。総論「美人はつらいわねー」という内容だった。
僕はどういうわけか、おっさん連中に好かれてしまって、頼んでもいないのに盾の扱い方を叩き込まれた。死にかけたおやじは新品の鎧を着込んで翌日には復帰してきた。薬が効きすぎたのか、持病の腰痛が治ったと笑っていた。「あと三十年は戦える」だそうだ。苦しくとも有意義な時間であった。
僕たちは全員、Dランクに昇格した。報酬は一回分だけだったが、ヒドラと四回戦った戦績は大きかった。
『ヒドラの心臓』を始め、『ヒドラの毒』『ヒドラの牙』など、高価な取引もあって、報酬も良好だった。地下十階を往復する間に、火鼠の皮も一セット揃ったし、一人頭金貨五十枚以上の稼ぎになった。