ロメオ君育成計画12
『栄光の大樹』の魔法使いさんが詠唱を始めた。それに併せて僕も詠唱を始める。
ロメオ君の風の矢は速攻魔法なのでまだ様子見だ。
詠唱は僕の方が早かったが、最初の一撃は魔法使いさんと決まっていたので、発動手前で止めながら順番を待つ。
ただ待っていては集中力が切れるので氷槍に飽和状態になるまで魔力を注いだ。
遠慮なく魔力切れを起こせるので、大盤振る舞いである。
それにしても長い詠唱だな。詠唱省略できないのか? まさか上級魔法じゃないだろうな?
「雷爆ッ!」
魔法使いが放ったのはロメオ君の十八番、雷撃の上位魔法、雷爆だった。
「おおっ!」
周りの大人たちが感嘆の声を上げる。
稲光が闇に走ったかと思うと、落下点で爆発が起こった。
爆風の余波と震動が僕たちを襲う。
派手な魔法である。
僕はロメオ君を見た。
「今の見た?」
目で確認すると、ロメオ君の目が輝いていた。
ものにする気、満々である。もちろん僕もね。
新しい魔法を覚えるのに必要なものは術式と、イメージだ。
術式はまず大金を出さないと手に入らないものだが、幸い姉さんのおかげでほとんどのものが揃っている。だから問題はイメージなのだが、目の前で実演してもらえたことは僥倖であった。
ただ威力はロメオ君の雷撃と同等ぐらいなんだけど、それは術者の力量の差だろう、多分。
雷系を放つなら、自分の氷魔法が先に仕掛けるべきだったと若干後悔するが、お互いのお披露目も兼ねているので、納得しておく。連携が必要なら次回からということで。
直撃を受けたヒドラがうねうねと闇のなかから現れた。闇のなかに無数の目が浮かぶ。銀色とも金色とも付かない冷ややかな目だ。
床に血がボタボタと垂れる。
太い胴体に長い大蛇の九つの首を巻き付けた姿は、おどろおどろしく、畏怖の念を抱かせた。
それはさながら蛇の山だった。
山の一角が黒く焼け焦げ、皮脂を削いでいた。
派手さの割にダメージが小さいな……
「糞ッ」
魔法使いさんが歯ぎしりして悔しがった。
想像していたより効果が得られなかったようだ。
ヒドラは長い舌をペロペロと出しながら、感情一つ浮かべることなく、冷血な眼でかすり傷を付けた攻撃の主を探している。
頭上に飽和状態になるまで魔力を込めた氷槍を浮かべた。頑丈そうなのでこのまま手加減なしで行くことにする。
リオナもロザリアも銃を構えて僕の一撃の合図を待っている。
あの低い位置にある頭を狙わせて貰おう。あの高さで凍らせることができれば前衛が楽できる。
くそっ、なかなか位置が定まらないな。
九つの頭がそれぞれ不規則に位置を変えながら周囲を警戒している。
僕は雷魔法が初めて成功したとき、ロメオ君に言われたことを思い出した。
イメージを追いかけるのではなく、命中するイメージを描いてから、イメージに這わせるように放つ…… 電光石火の一撃を。
自己新記録の射速を持った氷槍が、狙った頭目掛けて飛んでいった。
「当たれェ!」
やや右後ろを警戒していたヒドラの頭に突き刺さった。
やった!
さあ、凍り付け!
すると頭が吹き飛んだ。
「え?」
ヒドラの頭と一緒にその後ろに隠れていた胴体もろとも肉を大きく抉った。
抉られた跡が一拍遅れて白く凍り始める。
残った頭が牙を剥き出しにしながら、患部を隠すようにしてとぐろを巻いた。
着弾点から溢れ出した冷気が急速に広がり、患部の周囲を凍らせる。
ヒドラの複数の頭は慌てふためき患部からの距離を置いた。
ヒドラの行進が止まった。腹の外皮が床に貼り付いたのだ。
「止まったぞ」
大人たちが呟く。
どくどくと溢れる生温い血が凍った床をゆっくり溶かしていく。
ヒドラは無理に動こうとしてバランスを失い横転した。
必死に堪えようと、残り八本の首と尻尾が身体を支えようとする。
そのなかの一本にロメオ君の風の矢が命中する。
頭が半分吹き飛んだ。続けざまに数発放って跡形なく吹き飛ばした。
誰も見ていなければ残りの首も切り落としていたことだろう。
ヒドラが足掻いて鋭い牙を向けてこちらに襲いかかってくる。
床に凍り付いた皮膚を容赦なく引きちぎってこちらに向かってくる。
リオナとロザリアが銃を構えて応戦する。
リオナは相手がでかいので必中の加護なしで身体の中央辺りを警戒している首を狙う。必中モードでは動き回る首は狙えないからだ。
二丁、全弾ぶち込んで、首を一つもぎ取った。
首は床に落ちても生きていた。
ロザリアは落ちても向かってくる頭に必中五発を撃ち込んで止めを刺した。
全員があり得ない状況に唖然としていた。
いつの間にか僕たちだけで三つの首を落としていた。しかも本体の胴体を抉って瀕死の状態まで追い込んでいる。
リオナとロザリアが僕の背中で弾倉を交換している。
「突撃ーッ!」
「うおおおおッ」
ようやく前衛が動き出した。
「一緒に突っ込んでいい?」と言いたげなリオナの視線に僕は首を振った。
「見るのも修行だぞ」
順調にいってくれることを願いつつ、彼らの戦いを見せてもらうことにする。