ロメオ君育成計画11
「誰もやらないなら、僕たちがやりますけど」
僕の声に大人たちが振り向いた。
「何よ、あんたたちまだ子供じゃないの」
言い合いをしていた女性が振り返って言った。
彼女のパーティーは女性だけのようだった。盾持ちがふたり、魔法使いはいないようだった。盾以外四人が全員、槍と弓を背負っている。
何か秘策があるのだろうか? 火力不足のような気がしてならない。エンリエッタさんやサリーさんのような手練れがいるのか?
「何しに来やがった。さっさと帰れ。ここは子供の来る場所じゃねぇぞ」
最前列のパーティーの男は見るからに脳筋だった。
パーティーも夜盗との区別が付かないくらい、粗野な感じである。こちらは大男が五人だ。全員が盾持ち、武器は斧と鈍器だ。女性のパーティーよりは火力も防御もありそうだけど。九本の頭を相手にするには手数が足りなさそうだ。擦り切れた衣装に色褪せた防具、ちゃんと毒対策してるんだろうか?
「ここまで来てるんだから、それなりの実力はあるだろう?」
三番目のパーティーは理想的なバランス型だ。盾役がふたり、火力がふたり、魔法と回復役がひとりずつだ。回復役は光ではなく、水の魔法を使うのだろう。冒険者にはそっちの方がスタンダードだ。武器は盾持ちが剣を、火力が長剣と槍だ。可能性があるとしたらこのパーティーだろう。初見であるが。
「できれば早くしてほしいのですが、見ての通り、うちのひとりが臭いにやられていますので」
大人たちは尚更呆れて僕たちを見下した。
「坊主、お前ら、相手がなんだか分かって言ってるのか? ヒドラだぞ」
「そうよ、子供四人で相手になるわけないでしょ! 大人しく帰りなさい!」
「一体どういう編成してるんだ? 盾役はどうした?」
「僕たちのことは構わないでいいですから、始めてください」
大人たちは全員顔を見合わせた。
そして再び額を合わせて討論を始めた。
ただ、話の内容には若干の変化が見られた。それは、僕たちに戦わせるわけには行かないという、大人として、冒険者の先駆者としての矜持が言葉の端端に感じられることだ。
ただ、彼らもヒドラ戦の準備で相当先行投資をしているのでお互い引くに引けなくなっているのである。
仕方がないので知恵を授けることにした。多分今の彼らなら聞く耳を持っているだろう。
「みんな一斉にやったら? 三組同時攻略。楽だし安全だと思いますけど?」
「それじゃ儲けがなくなる! 俺たちはそれなりにこの一戦にかけてんだ!」
「わたしたちだってそうよ!」
「俺たちもだ!」
「お互いのために、三度やればいいじゃないですか? 儲けは均等に折半すれば恨みっこなしでしょ?」
「じゃ、そういうことで。僕たちは見学させて貰いますね」
僕は見やすそうな場所に陣取ろうとした。
「四回だ!」
脳筋親父が言った。
「お前らも一緒だから四回だ。じゃなきゃ、この案は却下だ!」
「そうね、言い出しっぺが知らんぷりはないわね」
「そうだな、四日間付き合って貰おうか?」
がさつだけど根はいい人たちなんだよな、冒険者って。
「大物相手に他のパーティーと組むことはよくある話だ」
「どうだ、小僧?」
僕は仲間の顔を見た。呆れてはいるが異論はないようだ。
「参加させて頂きます」
「よし、決まりだ!」
かくして初めての集団戦を経験することになった。
「俺は『ハヴォルカ旅団』のリーダー、ボン・バーマンだ。うちの連中は見ての通りのでかぶつ揃いだ。近接戦闘なら任せてくれ」
「ハヴォルカというとあの巨人族の住む?」
「たまたまでかいのが揃ったんであやかっただけだ」
「わたしは『コートルーの疾風旅団』所属、ウルスラ・ハシュカよ。メンバーは全員コートルーの出身よ。弓の腕なら負けないわ」
コートルーはミコーレより更に南の国だ。随分遠くから来たものだ。
「『栄光の大樹』のロレンソ・バルリエントスだ」
「『栄光の大樹』ってよく聞くわね」
「この国で三番目にでかいギルドだ。本拠地はナスカだ」
ナスカってドラゴンフェイクを狩りに行ったとき、最後に寄った町の名だ。石造りの堅剛な町並みだった。ドラゴンフェイクがたまに遊びに来るという噂の町だ。巨大なバリスタが城壁に並んでたっけな。
あそこを本拠地にする人たちか…… すごいんだろうなぁ。
「おい、坊主。お前の番だ」
「え?」
あっ、そうだった。僕の番だった。
「ええと、『銀花の紋章団』のエルネスト・ヴィ…… ワトキンスです」
危ない、危ない、思わずヴィオネッティーと言ってしまいそうになった。面倒ごとは懲り懲りだからな、ここはアンジェラさんの姓を名乗らせて貰おう。
「『銀花の紋章団』ッ!」
大人たちの視線が集まる。
「あの『銀花の紋章団』か?」
「伝説の?」
「ドラゴン単独撃破の最強ギルド? 解散したんじゃなかったのか?」
え? そっち? しまった。そっちもあったんだ!
「ほんとか? 嘘言ってんじゃないだろうな?」
「嘘じゃないのです! こないだだってフェイクドラゴン倒して来たのです!」
「こら、余計なこと言わない!」
ロザリアが口を塞いだがもう手遅れだった。
きゅるるるる。
「思い出したら、お腹すいてきたです」
何を思いだした?
「ドラゴンステーキ食べたくなったです」
店員が呆れるほど肉食ってきたばかりだろうに……
「ええと、先輩たちの狩りに付いていっただけで……」
ロザリアもロメオ君も頷く。
「そうなんです」
「僕たちは何も」
否定すればするほど深みに嵌まって行く。
「ヒドラの肉っておいしい?」
リオナがロメオ君に聞いている。
そう言えば全部売り払う気でいたから、食べることまで考えてなかったな。
「毒を使う魔物の肉は食べない方がいいよ」
ロメオ君が優しく諭す。
「バジリスクの肉も食べられなかったです」
「あれはユニコーンが丸焦げにしちゃったからね」
「ちょっとふたりとも!」
「バジリスク?」
「ユニコーン?」
大人たちが目を白黒させている。
だめだ、こりゃ。重要ポストを振り分けられそうだ。
結局、自己申告でとりあえずフォーメーションを組むことになった。
僕たちは全員後衛を選んだ。
ちなみに『魔弾』装填のライフルで心臓を一撃で吹き飛ばすことはできなかった。頭は可能だが、どうしたものか?
『ヒドラの心臓』は太いとぐろに守られていたので狙えなかったし。
手の内を晒すべきか、晒さずにおくべきか。
「わたしは回復役で行きます。ユニークスキルは封印で」
幻獣は封印か。
「どうしようかな。『魔弾』は封印するとして『完全なる断絶』はどうしたものか?」
「通常結界の振りをして、後衛にだけ掛けとけばいいんじゃない? 余程危なくなれば別だけど」
「じゃ、そういうことで」
身内同士の作戦会議が終ったら、今度は各部署で集まって作戦会議だ。
後衛は僕たち四人と『栄光の大樹』の魔法使いと回復さんだ。『コートルーの疾風旅団』の弓持ち四人が中衛、残りが前衛だ。どうやら疾風団の人たちの弓は射程がないらしい。特殊な鏃を使っているからだそうだ。
作戦は後衛が攻撃している間に、前衛と中衛が突入。盾が引きつけている間に火力が首と『ヒドラの心臓』を狙うという寸法だ。大所帯でやるときは、奇策を弄するよりシンプルにやるのがいいらしい。
ちなみに僕たちは最初の一撃で身動きを封じて、その間にできるだけ首を落とす計画だ。後は魔力不足を理由にお役御免になる予定である。
「では、みんながんばっていこう!」
ロレンソ・バルリエントスが号令を掛けた。ギルドの序列で『栄光の大樹』のリーダーが責任者になったのだ。
みんながそれぞれの分担位置に付いた。
そして最初の合図を待った。