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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第五章 開かない扉と迷宮の鍵
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ロメオ君育成計画9

 暇だった。

 アムールが優秀すぎて、ルビーの回収以外やることがなくなっていた。

「真っ赤だな、ルビーを含むスライムも、魔石になればただのクズ石。一句詠みました」

「幻獣が、ひとり楽しく狩りをする。はずれくじ引く我は悲しき」

「幻獣はお腹空いたと言わないの? リオナは減った。お肉食べたい」

「…… リオナの歌は切実ね。エルリンさんの作品は凝り過ぎね。『真っ赤だな』を『ああまたか』とか『溜め息が』とかにしてはどうでしょう? 感情がはっきり出ると思います。ロメオ君は『楽し』と『悲し』をかけてるいるところは上手ですね」

 歌の品評会になっていた。ロザリアがいつの間にか仕切ってるし。

「では一句。コホン。役立つわたしが今日もいる。これからわたしがリーダーよ」

「ふ、ふん」とロザリアが胸を張る。

 わざとやってんのか? それとも地か?

「それのどこが歌なんですか!」

「一番へたくそなのです。『わたし』が重なってるし」

「わ、わざとに決まってるでしょ! ちょっとリオナまで何言ってるのよ!」

 おどけた方が動揺してどうする。

 ガルルルルゥ……

「お、終ったか。さすがだ、アムール。主人より優秀だぞ」

「!」

 幻獣が突然目の前で消えた。

「え?」

「みんな遊んでたから怒ったですか?」

「ちょ! 何があったの?」

 ロザリアも使い魔が消えて驚いている。

 ザザーと潮騒の音がした。

 リオナが僕の袖を引っ張った。

 誘導されて向けた視線の先、僕たちが入ってきた通路から真っ赤な波がわらわらと押し寄せて来た。

「スライム?」

 通路一面が真っ赤になっている。

 僕たちは振り返り周囲を見渡す。

 部屋に続くすべての通路からレッドスライムの群れが流れ込んで来る。

「やばい! スライムの洪水だ」

 あっという間に逃げ場を失い囲まれてしまった。

 放火ゴブリンがスライムの沼の上をたいまつを掲げてヨロヨロ歩いている。それもひとりやふたりではない。よたよた、フラフラと足下がおぼつかない。

 ゴブリンの三倍のスライムが合流しているとすると…… 一通路に付き、火蟻戦に匹敵する数が既に合流していることになる。塞がれた通路は三つだ。

 なんでこうなった?

「思ったより動きが速かったのです」

「何? 気付いてたの?」

「アムールが殲滅すると思ってたです。職場放棄なのです」

「僕もアムールがやるだろうと思って見逃してたんだよね…… まさか逃げ帰ってくるとは。想定外だったな」

「実は僕も…… 結構いい調子だったから。いけるかなって。こんなに引っ張ってくるとは思わなかったけど。やっぱり油断大敵だね」

「何を暢気なことを!」

「確かにまずいね、こりゃ」 

「やば過ぎるのです!」

 既に結界を張って侵入は防いでいる。

 でも、目の前の真っ赤なスライムが一斉に燃え上がり僕たちを取り囲んだら……

 視界の奥でゴブリンが一匹、バランスを崩してスライムの海に倒れ込んだ。

「ああっ!」

 持っていたたいまつが宙に投げ出され、回転しながら赤い沼のなかに落ちた。

 ボワッ! 

 火炎が一気に広がった。

 スライムにはまっていたゴブリンたちは慌てふためき、結果的に発火点を増やしながら、次々炎に飲み込まれていった。

 阿鼻叫喚の景色が広がった。

 うねうねとレッドスライムが動き始めた!

 今回ばかりは逃げ場がない。マップのほぼ中間地点、部屋のなかは床一面、廊下まで火の付いた赤い粘液で溢れている。

 一度燃え上がったものを凍らせるのは難しい。

 油断した。火が付く前に凍らせるべきだった。

 ロメオ君が雷撃をぶちかますが、効果は薄かった。否、波に飲み込まれて倒せたのかすら分からなかった。

 スライムが結界に押し寄せ、僕たちを覆い尽くそうとする。

 心なしか息苦しくなってきた。これが酸欠という奴なのか?

「水流だよ」

 ロメオ君が叫んだ。

「僕が凍らせるから、床を水浸しにして!」

『魔弾』でやってもいいのだが、事後処理を考えるとロメオ君に任せた方がよさそうだ。


 僕は水を沸き立たせ、燃え盛るスライム目掛けて流し込んだ。

 ジューッという音と共に白い煙があちこちで上がる。

 僕はどんどん水量を増していく。そして水が部屋の隅々まで浸透したとき、ロメオ君は床に手を突き、一面を一気に凍らせた。魔力切れの症状が出たのだろう、すぐさま万能薬を口に含んだ。

「凍らせるだけなら僕も得意だからね」と言って含み笑いをした。

 ふたり野牛に追いかけられたことを思い出して僕も笑った。


 バキバキバキと氷を割る音がする。

 スライムは慌てふためき動き回る。お互いがお互いの上に乗り上げようと、もがいているようだ。

 どうやら反対属性は思いの外効いているらしい。

 うねうねと身体をくねらせ、凍った床から身体をもたげようと必死に膨らむが、上に乗った奴らがそれを押し返す。下敷きになったスライムは薄氷に触れた瞬間、床に貼り付き動けなくなる。

 そしてじわじわ内側から凍っていく。炎で対抗しようにも炎は上へ上へと伸びるのみである。

 やがて核が凍り付くと活動を止めて動かなくなる。

 炎はチロチロと細くなり消えていく。骸のすべてが凍り、更に上のものに冷気が襲いかかる。

 いつの間にか上に上に逃れようとするスライムたちによって、炎に包まれた山がいくつも形成された。

 そして上り詰め、行き場を失ったものから、順に転がり落ちて氷の床にダイブする。

 氷は一瞬溶けるが、すぐさま勢力を回復して接地面を凍らせる。登るも地獄、止まるも地獄である。

 僕は万能薬を口に含みながら、その山頂目掛けて放水する。

 水蒸気が充満して空気が熱い。

 ロメオ君も万能薬を飲みながら、濡れている奴から凍らせていく。

 レッドスライムたちもいつまでも燃えていられるわけもなく、やがて炎は下火になる。

 勢力が逆転して、空気も涼しくなってきた頃、バキバキバキと氷を踏みしめる音がした。

「ふたりとも規格外もいいところですわね。やり過ぎもいいところですわ」

 ロザリアが幻獣を再召喚したのだ。もう一匹の名はベンガルというらしい。

 ベンガルはスライムの核を順番に踏み砕いていく。

 リオナも近場から順にとどめを刺していく。弾力を失ったスライムを砕くのは簡単だ。

 生き残っていたスライムの動きが変化したのはそのときだった。

 スライムは一斉にベンガルに襲いかかろうと足掻き始めたのだ。

「これは?」

 幻獣の魔力に惹かれているようだった。

 ベンガルはそれが分かっているのか、氷の上しか歩かないようにしているようだ。

 どうやらアムールが消えたのはこいつらに魔力を吸収され、顕現を維持できなくなってしまったかららしい。

 僕たちがあの赤い泥池に脚を突っ込んだとしても魔力を吸い尽くされることはないはずだ。

 少なくともスライムが魔力を吸収した記録はない。

 魔力の塊である幻獣に対してだけ起こす行動のようだ。

 肉体を持たない分、スライムにとって吸収しやすい相手、魔力溜まりのような存在なのかも知れない。

 この状況を作り出した原因がなんとなく分かった。

 やはり、猛獣の放し飼いはいけないらしい。


 赤い沼はもう炎を上げていなかった。凍り付いて静寂が訪れていた。

 氷を踏みしめる音と砕く音だけが周囲にこだまする。

 氷が溶けた頃を見計らって、回収できたルビーの数はわずかに六つだけだった。すべて合わせても依頼一回分にしかならなかった。

「割に合わなかったわね」

 ロザリアもがっかりしている。

 多分、大金稼いで「どうだ!」と自慢したかったのだろう。 

 金がほしけりゃ、またブヨブヨの火蟻女王でもやればいいさ。でも今はギルドポイントが最優先だ。とは言え、効率のいい依頼もなかなかないもんだ。ポイントがほしけりゃ、もっと深く潜れと言うことだろう。


 ロザリアのおかげで戦術の幅も増え、大きく戦力も上がった。それは間違いのない事実だ。

 あのロメオ君に「自分も装備を新調しようかな」と言わせるだけの影響力はあったのだ。

 でも、ロメオ君が杖を買うなら、もう少し待った方がいいだろう。今持っているお金では実力に見合ったものは買えないだろう。氷の魔法のイメージ矯正の話もあるし、一度姉さんと話をした方がいいだろう。


 僕たちは幻獣を余り遠出させないようにしながら、のんびり出口を目指す。

 昼までは若干時間が残っていた。


 それにしても、もう少し型にはまったパーティーにならないものか…… すっかり色物パーティーだよな。


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