闇の信徒1
昼食は修道院で食べることになった。
てっきり食堂で奢るものと思っていたので面食らった。
確かにシスターひとりだけが外食というのはよろしくない。孤児院には腹を空かせた子供たちが待っているのだ。
僕は食材の代金を払う役を仰せつかり、更に荷物持ちに任じられた。奮発して買い込んだ分、自分の首を絞めた。
「あなたは大金を持つと調子に乗る人のようですね」とメアリーさんに諭されているようだった。
修道院まで運んだ代償に、手料理をごちそうしてくれるそうなので、その謗りは甘んじて受け入れることにする。
修道院に付くと、子供たちが出迎えた。
「変なものが出てきたの」
僕が迷宮から送った付与装備を抱えて幼い少女が言った。
中庭に付いて行くと、シスターたちが僕が送りつけた物をどうすべきなのか考えあぐねていた。とりあえず布の上に並べてくれているようだ。
僕は食材を子供たちに渡し、銀の武器から銀を抽出し塊にした。
「一箇所にまとめておいてくださればいいですから」
僕はシスターに後で持ち込んだものを商業ギルドでお金に換えて貰うことにした。
「それで、お客様のお名前は?」
おおっ、そうだった! そう言えばまだ名乗ってなかった……
「大変失礼いたしました。メアリーさんにはいつも親しくさせて頂いておりましたもので、名乗るのが遅れてしまいました。この度はいろいろと厄介ごとを持ち込んでしまい、誠に申し訳ございませんでした。わたくし、エルネスト・ヴィオネッティーと申します。東のスプレコーンにて居を構える、しがない冒険者でございます。今後ともよろしくお願いします」
うまく言えた? 僕はメアリーさんを見た。
あれ?
何か言い間違ったかな…… あ、そうだ。
「歳は十四です」
子供たちも大人たちの様子がおかしいことに気付いたらしく、不安そうに見上げる。
「あの…… 何か? 失礼なことを言いましたか?」
これはやっぱり…… いつもの反応だよね。
修道女というのは世事に疎いものと思っていたが、違ったようだ。僕の名は彼女たちの間でも知れ渡っていたようだ。家名は元より、僕の名までもだ。
そんな僕が荷物持ちをしていたのだ。
みんな恐縮して怯えてしまった。
「偽名でも名乗っておいた方がよかった?」
僕は小声でメアリーさんに尋ねた。すると嘘はいけませんと一喝された。
メアリーさんの取りなしで物騒な人物ではないと証明され、誤解は解消したが、子供たちは別の意味で僕の名を捕らえたようだった。
「お兄さん、悪い将軍をやっつけたんだよね?」
「おっきい魔物もやっつけたんだよね。ミント?」
「バジル、バジルルル?」
「バジリスク!」
「そう! その魔物もやっつけたんだろ? 森を砂漠に変えるすっげーやつなんだろ?」
「すげーなぁ、かっけーなぁ」
「やったのは領主様と町のみんなだよ。僕じゃないから」
「今度は教皇様のお姫様を助けたんだろ?」
「こないだのお姉ちゃんだよね?」
いや、だからね……
「お姫様じゃなくて、孫だ」
「あの獣人の姉ちゃんは一緒じゃないの?」
「魔法使いの兄ちゃんは?」
「すげーなー」
「すごいねー」
何が凄いのか分からなかったが、褒め殺しにあった。
食事はオートミールとマッシュポテト主体の料理だった。どれも塩味だが、妙に口当たりがいい優しい味だった。野菜のスープには大きな肉がゴロンとひとり一個ずつ入っていた。シスターたちは肉の代わりに魚のすり身の団子だった。
「お肉だーっ」
「すっげー、おっきい」
子供たちが大はしゃぎして椅子の上で跳ねた。
リオナの食事を見たら泣くな、こいつら。
でもおいしい。
素朴な味だが、愛情を感じる。
次からはお金ではなく、食材を寄付しよう。そうだな、毎回蟹脚一本。まだ食える肉が獲れる魔物に会ってないからな。
「ちょっと失礼」
僕は自分の鞄のなかから『エルーダ迷宮洞窟マップ・前巻』を取り出した。
「うわぁあ、きれいな地図の絵だ。これエルーダの迷宮?」
「そうだよ」
「見ていい?」
「食事が終ったらな」
子供たちが我先にと食事をがっつき始めた。
「肉が獲れる魔物がいる階?」
「みんなが嬉しそうにしてたからね。お布施の代わりにお肉はどうかと思って」
「一番浅いところにいるのは十一階の眠り羊だよ」
荷物持ちのバイトをしている少年が言った。
僕は十一頁をめくった。眠り羊……
「すっげーでかいんだ。でかすぎて荷台にも積めないんだ。しかも山岳エリアだから荷車で運ぶのちょー大変なんだぜ。あのエリアだけは牛を連れて行かないと絶対無理だから。肉目的なら解体屋と契約しないと絶対無理だからな」
さすがに詳しいな。
「僕はまだ六階までしか行ってないからまだ大分先の話だな」
「えーっ? そうなの」
子供たちが一斉に退いた。
「期待させて悪かった。お詫びに」
僕は空いてる大皿に口にほおばれるサイズの氷を山盛りいっぱいにした。
「暑いからな」
僕が口に一つ頬張ると、子供たちも真似をして頬張った。皆嬉しそうにほっぺたを膨らませた。
「じゃ、戻らないといけないから行くよ。また後でな」
僕は子供たちに見送られながら再び迷宮に戻った。
さあ午後の教練の開始である。
ゲートのある部屋を出るといきなりソーサラーと遭遇した。
ライフルを持ってきていなかったので咄嗟に『魔弾』投擲で応戦した。
「あっ!」
投げてから気付いた。魔法を使えばよかったと。
爆風でソーサラーが四散した。
装備品の回収がぁああ。
失敗した…… 骨があっちこっちに散らばってしまった。
僕はアイテムをせっせと拾い集める。
「こういうときに限っていいもの落とすんだよな」
ジンクス通り、ほんとにいいものが落ちていて驚いた。
魔法関係の付与の付いた指輪が三つも出てきた。持っていた杖もレアっぽい物だった。どちらも売らずにロメオ君へのプレゼントにする。いらなきゃそのとき売ればいいだろう。
余計な面倒を処理した後、僕はスケルトンを探した。どうやら、食事中に別のパーティーが狩りをしたようだ。
僕はまだ手付かずの脇道のルートに入って、スケルトンを探した。
だが奥に行けども、行けどもいるのは雑魚ばかりだった。銀のメイスが何本か出たので送っておく。
このフロアーに魔力吸収のおかしな仕掛けがなければもっとはっきり区別できるのだが。
諦めて引き返すルートを探していたら、今まで見たこともない黒いフードをかぶったソーサラーに出くわした。
巡回モンスター? このフロアーにはいないはずだ。
振り子列車のなかでも、食堂でも、何度もみんなでマップ集を見返して、このフロアーのことを調べた。
こんなやつは断じて資料には載っていなかった。
『認識』スキルを働かせた。
すると、いきなり炎の玉が飛んできた。
げっ! 察知された?
『闇の信徒、レベル三十、オス』