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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第五章 開かない扉と迷宮の鍵
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ロメオ君育成計画(フェデリコ君と火鼠狩り)3

「お前ら悪魔か!」

 解体屋に顔を出したら職員に愚痴られた。

「生まれてこの方、こんなに空しい思いをしたことはなかったぜ」

 一枚一枚は価値のない火鼠の皮を延々と、職員総出で百五十枚も剥ぐ作業をさせられていたんだ。愚痴りたくなるのはよくわかる。

「肉の代金は迷惑料と言うことで」と頭を下げて、書類を受け取り、商業ギルドに向かった。

「お肉全部なんて気前よすぎませんか?」

 ロザリアが納得できなさそうだった。確かに鼠の肉は一つ小銀貨一枚の価値がある。十個で銀貨一枚。百五十個で十五枚、一万五千ルプリの価値がある。確かに場所代を含む基本契約料は払っている。文句を言われる筋合いはない。だが、働いているのが人である以上モチベーションは存在する。

「あの客の仕事は手間だけかかって、儲からない」などと思われたら、たとえ公平を期していたとしても査定額に響いてくるものである。そうなったらどちらが損か。考えるまでもない。

「百五十個の鼠の肉貰ったって依頼がなきゃ、捌けないでしょ? 第一そんな依頼あったって二束三文でしょ」

「そりゃそうですけど……」

「捨てるくらいなら、正規のルートでワニの餌にして貰った方がいいよ」

 僕たちは後受けで依頼を五つ消化した。

 本日の収入。金貨百五十枚。四等分でひとり金貨三十七枚と銀貨五十枚ある。

「あなたたち、火鼠のフロアーにいたのよね?」

 マリアさんが小切手四枚と端数を差し出して言った。

「おかしな連中見なかった?」

「団体さんがいたのです」

「何かあったんですか?」

「あれよ」

 窓の外にいたのはどこかで見たことのある兵隊たちであった。

「アルガスの守備隊よ。新しい領主様のためにってね。火鼠の皮集めしてるのよ」

 物々しい装備だが、明らかに対人戦用の装備のままだ。火鼠相手には問題ないが。

「新しい領主って、お孫さんの?」

「そうよ。なんでも就任に反対する親族がいてね。売り言葉に買い言葉ってやつ。『火鼠の皮衣』を目の前に用意できたら認めてやるとかなんとか」

「あの歳でもういじめられてるのか。可愛そうになぁ」

 窓の外にかつてユニコーンに目を輝かせていた純真な少年の姿があった。

「それでうまくいったんですか?」

「一五枚だそうよ。依頼書一枚にもならなかったわ」

「なら午後にあと一回やれば、依頼書分ぐらいは獲れるんじゃないですか。それだけあればその衣とかできるぐらいにはなるんでしょ?」

「それがね、いちゃもん付けた親族が雇った連中が妨害工作で鼠男を捜してるって噂があってね。見ての通り動揺してるわけ」

 マリアさんの言葉に僕たちは顔を見合わせた。

 たぶん今も落とし穴のなかにいるはずだ。

「動揺してる暇があったら狩っちゃえばいいのに」

「暗殺を警戒してんのよ」

「彼ら以外いませんでしたよ。でも、確かに少人数で探索してるならアサシン系のスキル持ちという可能性も……」

「駄目だ。譲れないとさ」

「なんでよ」

 職員用の裏口から職員が汗を拭きながら入ってきてマリアさんと話し始めた。

 どうやら僕たちが売った火鼠の皮を商業ギルドから取り戻す算段をしていたらしい。ところが商業ギルドも期日が迫っているせいもあり、今更譲れないという話だった。

 マリアさんが振り向いた。その瞳には確固とした意思が含まれていた。

「やっぱそうなるのか……」

 特別報酬、金貨四十五枚で同依頼を僕たちは引き受けた。チキンレースの始まりである。

「子供をいじめる輩は許しません」

「許さないのです」

 今度は女性陣もやる気らしい。

 僕たちは大急ぎで出来合いの食事を済ませると、新領主と顔合わせを行った。新領主の名前はフェデリコ・アルガス伯爵。今年十歳になるらしい。

「エルネスト・ヴィオネッティーと申します。このたびは領主ご就任――」

「めでたくない」

「そうですね。もうちょっと遊んでいたかったですよね」

 周りの家臣たちが動揺する。

「でも今はがんばってください」

「僕はいつもがんばってる!」

「ちょうどよかった。じゃ、行きましょ」

「おい、こら!」

 僕はゲートを開いた。

「動ける者だけで構いません。負傷された方は無理をなさらないように」

 第一次攻略で火傷を負った者が少なからず出ていた。

 彼らにだって備品はあるはずなのに、なぜか回復薬を使わない。どうやら薬代をケチって、詰め所のメアリーさん待ちをしているようだった。備品の薬は軽度の火傷に使うには勿体ない代物なのかも知れないな。メアリーさんは運悪く、修道院に戻って食事中であった。詰め所にも非常用の薬のストックがあるのだが、それすら使う気はないらしい。

 ちゃんとお布施するんだろうな、こいつら……

「湯水の如く使っているエルリンさんたちの方が異常なんです」

 ロザリアが僕に耳打ちした。

 僕たちが先行し、異常がないことを確認すると隊を潜入させた。

 長話をしている時間はない。鼠男を狩られてしまったら、今日中に火鼠を集めることはできない。皮をなめすだけでも通常一月は優にかかる。『革細工』スキルの高い職人なら時間を相当短縮できるだろうが、それでも満足のいく火鼠の皮衣を完成させようと思えばさらに数週間はかかるだろう。領主がこんなことにかまけている時間もそうそうないだろうし、さっさと終らせるに限る。こんなところで無駄な時間を過ごしていては、却ってその親族たちに突っ込まれる隙を作ることになる。

「スプレコーンの式典以来なのです。伯爵になったですか?」

 リオナがフェデリコに話しかけた。

「あっ、そなたはユニコーンと一緒にいた――」

「リオナなのです。エルリンは最高なのです。任せておくのです」

「リオナ、不審な奴らを警戒してくれ。それ以外はこっちでやる」

「分かったのです」

「ロザリアは伯爵を守りながら、付いてくるなと言ったのに付いてきた馬鹿どもの世話を頼む」

「仕方ないですわね。メアリーさんの仕事を取ってしまうのは心苦しいのですが」

「エルネスト殿!」

 領主の側近が焦って僕の行動を静止しようとする。

「ロメオ君と僕は片っ端から狩っていくのであなたは全体の指揮を頼みます。手の空いているものは全員で獲物の解体を手伝ってください」

 言い終わる間もなく、ロメオ君が壁のなかに魔法をぶち込んだ。

 ポンポンポンポン!

 火鼠が玉のように通路に飛び出してくる。

「気絶しているだけかも知れないので気を付けて」

 後続に告げると僕も仕事をする。

 床に水を流し込んでいくと火鼠たちが床からワラワラと這い出してくる。ロメオ君の雷攻撃でパタパタと倒れていく。

 ポンポンポンポン!

 バリバリバリバリ!

 解体する人数がいるのであっという間に数が揃う。

「なんということだ……」

 側近や兵士たちがぽかんと口を開けている。

「火を吹く暇も与えぬとは……」

「三十匹獲れたのです」

 リオナが言った。

「依頼終了」

 僕は撤収を促した。さて、無駄な努力をしているはずの工作員は……

「いたか?」

 僕はリオナに確認する。

「そっちの角の落とし穴で誰か寝てるです」

 兵士たちがガチャガチャと鎧を鳴らしながら駆け寄る。

「お前は!」

 落とし穴を確認した兵たちは驚きの声を上げた。

 嫌がらせをしていた親族の息子本人が穴に落ちて伸びているのを見つけたのだ。

「おやまあ、とんだものが落ちておりましたな」

「落とし穴だけに」

 ハハハハッと側近と釣られたリオナがおやじギャクで大笑いしている。それを伯爵が見て笑っている。

 ほんとリオナには救われるよ。

 馬鹿息子の仲間は息子を置いて既に逃げ出していた。仲間だけでは戦況は維持できないと判断したのだろう。

 後で知ったことだが、この落とし穴、実は安全地帯になっているのだそうだ。炎を下に吐けば自分の顔が燃える。落ちれば痛い。火鼠もその辺の道理は心得ているらしく、深追いはしてこないのだそうだ。野生ではないから飢えることもない。だからがっついてはいないのだそうだ。単に迷宮の設定だろうが、彼はそのおかげで助かった。

 穴から抜け出すためにいろいろ告白することがあったようだが、僕たちには与り知らぬことであった。

 肉親としては死んでくれた方がよかっただろうけどね。

 伯爵側にとっては朗報だ。『火鼠の皮衣』どころの話ではない。経理の不正が暴かれ、重要なポストが一つ空く話である。



 アルガス一行は早々にエルーダを発った。

 この時間ならまだ日没までに帰れるだろう。

 伯爵は僕たちを一緒に連れて行きたそうだったが、僕たちは丁重に断った。

 リオナは「スプレコーンに来たときにはユニコーンを紹介する」と約束し、固く握手を交わしていた。彼には同世代の友人が必要なのだと痛切に感じざるを得なかった。

 マリアさんは余りに早い事件終結に驚きながら、僕たちに報酬を払った。

 ロメオ君のランクがEランクになった。並ばれてしまった……

「あっ!」

「どうしました?」

 僕はロザリアに視線を向けた。

「治療代、踏み倒された……」


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