これのどこが避暑地なの? 18
投稿予約したつもりがしてませんでした。申し訳ありませんm(_ _)m
「若様、あれは若様の船なの?」
チコがスープをすくいながら僕に尋ねた。
「外で見かけたから急いで来たんだ」
テトが高揚して頬を染めながら言った。
「このパンもちもちだ」
ピオトがドワーフのパンを幸せそうな顔をしながら噛みしめる。
なんで子供たちがうちで昼飯食ってんだ?
帰宅すると五人の子供たちが食堂のテーブルで昼食を取っていた。
椅子に座って足をプラプラさせながら僕たちを迎えた。
本日の昼食メニューはマメと野菜のスープと、特大ハンバーグだ。ただでさえ余っている肉をかさ増しして作ってあるので容赦なくでかい。一皿に一つ載せたら他に何も載らない大きさだ。ピザサイズのハンバーグである。
「午後から試合なんだ。あと二回勝ったら優勝なんだ」
ピノがハンバーグを頬張って言った。
『キックベースボール』か? 優勝ってなんだ? いつから大会なんかしてる?
っていうか、話題絞れよ!
「すいません。押しかけてしまって。テトがまた飛行船で飛びたいなんて言い出すから。長老もちょうどいいからお昼食べてこいって言うし…… 本当に申し訳ありません」
チッタはひとり気苦労するタイプだな。
「いいのよ、チッタ。長老から食費は貰ってるんだから。遠慮なんかしなくても。こんな料理でよければ、いつでもいらっしゃい」
アンジェラさんが鍋からスープをよそいながら言った。
「そうなの?」
僕はエミリーにこっそり聞いた。
「長老たちはお歳だから。子供たちと食の好みが合わなかったらしくて。きのう、好きなものを食べさせてやってほしいとお金を置いて行かれました」
「ねえ、若様、優勝したら、いいでしょ? 飛行船に乗せてよ」
テトがストレートに申し出をしてきた。
「負けたら諦めるのか?」
僕の返答に慌ててテトは首を振った。
「僕たち勝つよ」
ピノがテトの援護をする。
「飛行船のチケット、いくらか知ってるか?」
ふたりは押し黙った。
「自分たちが理不尽なことを言っていることは分かっているな?」
ふたりはしゅんとなった。
僕は構わず言った。
「お前たちがやるべきことは優勝することか? チケット代を稼ぐことか?」
「それは……」
僕があっさり了承すると思ったのか?
それじゃもう優しいお兄さんじゃなくて、ただの無責任な駄目兄貴じゃないか。
子供たちは食べることも忘れてうつむいた。
どんどん料理が冷めていく。
「全員でがんばればテトひとりぐらいなら乗せられるよ」
そう言ったのはチッタだった。
「朝の散歩でひとり小銀貨五枚貰えるんだから五人でやれば二日で銀貨五枚になるよ。二十日で銀貨五十枚だから…… 一月半で金貨一枚になるよ! チケット買えるよ。もっとがんばればもっと早くなるよ」
計算もできる子だ。
「あたしもがんばるよ!」
最年少のチコも賛同したようだ。
「俺一日二回やる」
「おやつ我慢する」
男の子たちも了承した。
残るはテト本人だ。
「みんなごめん、でも、僕はもう一度見たいんだ。あの景色を…… でないと」
人が何に価値を見出すかはその人次第である。他人にとってどうでもいいことに命をかけることができるのも人という生き物だ。仲間はひとりのために一ヶ月の稼ぎを投げ出すことに価値を見出し、ひとりはそれでも景色を見たいという。
テトにとってあの日見た景色は価値のあるものだったのだろう。僕があのとき願ったように彼は何かをそこで手に入れた。そして、もう一度見たいと言う。
「でないと、潰されそうで……」
テトの両親は亡くなった。他の四人と違い二親とも亡くしていた。この町に保護者たちが越してきてもそのなかに彼の両親はいない。
「とりあえず、優勝してこい」
僕は言った。
子供たちが僕を睨み付けるような視線で見上げる。
「勝ったらチケット代半分持ってやろう。残りの半分は当日働いて返してもらう」
「当日?」
「空を飛んでるときに、仕事をしてもらう。それでチャラだ」
「やったーっ」
子供たちが飛び跳ねて喜んだ。
「まさかひとりだけってことはないわよね?」
ロザリアがこれ見よがしにリオナに話しかける。
子供たちが聞き耳を立てて静止する。
「エルリンは仲間はずれなんか作らないのです」と、リオナも牽制してくる。
「さあどうする?」とアンジェラさんまで僕を見る。
「もちろん働くのは全員だ。一緒に船に乗ってもらう。でもその前に――」
僕は子供たちを見つめた。
やっぱ獣人の子は可愛いわ。
「優勝しないとな」
子供たちは準決勝に勝利し、決勝に駒を進めた。
獣人の子供たちの身体能力の高さには今更ながら驚かされる。ボールを蹴れば子供とは思えない飛距離を叩き出すし、守りは俊敏で隙はなく、人族ならファインプレーと言われるようなきわどいプレーが当たり前のように行われている。それでも走者は獣人で俊足を生かして塁に出る。
まさにハイレベルなシーソーゲームを演じていた。
テトやピノはそのなかでも奮戦していた。服を泥だらけにして。そういや、着ている物がばらばらだ。今度ユニフォームというやつを揃えてやろうかな。
ピノによって決勝点が叩き出されたのは最終回裏の攻撃であった。見事な逆転サヨナラ勝ちであった。
そんなわけで現在、東の高台、湿地帯を越えた先の未開領域を航行中である。
「チッタ、チコ。現在位置は?」
「探索エリアのほぼ中央です」
獣人特有の探知能力をフル活用して今いる場所を瞬時に掴む。
ふたりは板に貼り付けた地図に画鋲を刺しながら答えた。
飛空艇は山の裾野に広がる青々とした草原地帯に到達していた。
そこは獣たちの宝庫であった。絶好の狩猟ポイントだ。
「若様、ロメオさんが進行方向に雲が見えるって」
テトが操縦席からロメオ君の伝言を届けに来る。
「リオナ、雲の具合を見てきてくれ。荒れそうなら進路を変える」
「分かったのです」
リオナは操縦室に消えた。
「ピノ、ピオト。地図ちゃんと書けてるか?」
「獣の種類も書くの? 多すぎるんだけど」
「わからないのは『魔獣図鑑』を見て調べろよ。どうしても分からないときは特徴だけでも書いておくんだぞ。まだ発見されていない新種ってこともあり得るからな。ギルドが使うんだ。危なそうなやつから書いていくんだぞ。それが終らないと船の移動はできないからな」
「これって子供がやる仕事なの?」
「お前たちならできる仕事だ」
「雲はただの雨雲なのです。やり過ごすです」
リオナが戻ってきた。
「それじゃ、お昼の用意しようかしらね。エルリンさん、タンクに水の補充お願い」
ロザリアが小さなキッチンに向かうとチコが一緒に付いていく。
「ピオト、地図に集中!」
「わ、わかってるよ」
窓の外に白い頂を冠した山脈がそびえる。
テトはじっと天と地の狭間に視線を注ぐ。既にその視線は大人びている。
僕はテトの頭を撫でる。
テトは嬉しそうに笑った。
そこは人跡未踏の大地である。歩いたら何日かかることか。
「我らの進む先に希望はある。だが、避暑地は遠い」
湿地帯を回避する新たな登頂ルートが見つかるまで、高地の夏の利用はお預けだ。
これにて第四章は終了です。