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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第四章 避暑地は地下迷宮
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これのどこが避暑地なの? 17

 これのどこが避暑地なんだよ。

 避暑地の候補地、東の高台に上った僕たちは自然の猛威を前に呆然と立ち尽くしていた。

「ギルドの調査が難航してるってこういうことだったのか」

 目の前に見渡す限りの湿地帯が広がっていた。

 なんとか浅瀬に橋を架けてある場所もあったが、すぐに行き止まりになっていた。

 これでは湖に辿り着くのは不可能だ。

「水中にワニとかいそうなんですけど……」

「水源を調査したときの調査隊とか、ギルドの依頼を受けた冒険者たちはこの先にも行ってるんだよね?」

「はい。地図もありますよ」

 ロメオ君は地図を開いて見せた。

「たぶん、あれね」

 ロザリアは高台の先にそびえる雪を冠した山々を見上げた。

「この暑さで雪が溶けたんだわ。それでこの辺りは溢れてしまったのよ」

 ロザリアが新型の望遠鏡を覗きながら言った。

 新調した望遠鏡は像の反転が起こらないものに進化していた。

 先日、『ビアンコ商会』で大中小合わせて六つ調達した。なかなか高価な一品だったが、飛行船クルーズも相まって売り上げは好調らしい。ユニコーンズ・フォレスト騎士団でも大量購入したそうだ。森の警備に欠かせないものになりつつあった。

「どうしよう? このままじゃ依頼が果たせないよ?」

 ロメオ君のギルドランクがなかなか上がらない日々が続いていた。それもこれも僕たちが依頼にない行動ばかりしていたせいだが、さすがにそれではロメオ君が可愛そうなので、ポイントの高い依頼を受けたのだが。騙された。気候によって地形がまさかこんなことになっていようとは。

「凍らせれば進めなくもないけど、調査領域までは辿り着けないだろうな」

「飛行船でもないと、この先は無理ですね」

「避暑地にならないんだから調査は終了でいいんじゃないかしら?」

「どの道ギルドはテリトリーの周辺状況を調べておかないといけないんですよ」

「僕の船いつ頃完成するのかな? もうすぐだと思うんだけど」

「もう飛べるはずですよ。この間行ったときには最終仕上げと、内装工事やってましたから」

「依頼期限までにできるかな?」

「ここにいても仕方ないわ。戻って話しましょう」

 ロザリアは貰ったばかりの転移結晶を使ってゲートを出した。



「これが、僕の船か……」

 仕上げが入ったら、まるで印象の違うものになっていた。無骨な木の船のイメージから、強化塗装された結果、流線形の美しい芸術品に変わっていた。木の樽が白亜の壺になった感じだ。

『ビアンコ商会』の工房にはほぼ完成したプライベート・シップが三隻並んで、船台に横たわっていた。手前の一番艇が僕の船。二番艇が国王への献上品。三番艇がヴァレンティーナ様の船だ。色は三色、白地に金、黒地に金、赤地に金である。

「小さいのです。でも格好いいのです!」

 リオナが大きな溜め息を漏らした。

「これのどこが小さいんですの?」

 遠くから見上げるだけで、飛行船の大きさをまだ知らないロザリアが揚げ足を取った。

「飛行船と区別して飛空艇と名付けた」

 棟梁が胸を張った。

「もう乗れますかね?」

「ああ、ほぼ完成してるからな。後は専用ドックに移してからでも、うちの連中にやらせりゃええ」

「専用ドック?」

「東の門を出た先に滝があるじゃろ? あそこに地下ドックを作ったんじゃ。かっこええぞ。滝のなかから発進じゃ。領主の館の裏手だから高度的にも、位置的にも丁度いいしな。あんたの姉さんといっしょに考えたんじゃ。見たら感動するぞ」

 姉さん、いつの間に……

「あそこには領主の船と、うちらの船もおかせて貰うことになっとる。移動は転移ゲートのみで行う。ゲートは三箇所。領主館と、若さんが今建てている屋敷の母屋と、この工房だ。戦時中は転移結界が強化されるので領主館の地下通路を使うことになる」

「この船、乗っていってもいいですかね?」

「そうしてもらえるとこちらも助かる。先日また『第二の肺』が手に入ったからの。次の建造を始めたかったんじゃ。見ての通り船台が埋まっておるからの」

 次の船こそ、『ビアンコ商会』専用の看板船だ。気合いの入りも違うだろう。

「では、乗っていきますね。専用ドックへの案内を頼みたいんですが」

 棟梁が職員の一人を大声で呼んだ。

 子供たちを運んだときの女添乗員さんがやって来た。

「よろしく若様」

 僕たちは手を取り合った。


 工房の職人たちが天井の屋根を開ける作業を始めた。飛行船や試験艇は天井のない場所で組み立てられていたので、この仕組みを見るのは僕も初めてだった。

 目の前にある三隻の船は、僕たちがこしらえた自前の実験船ではなく、商会が扱う商品だった。それも献上するほど高価なものである。塗装に埃が紛れ込むことすら気を遣う一品だ。

 僕の船は観賞用ではなく、あくまで実践が目的の船なのでその辺の気遣いはあまりいらない。今後とも修理、改造を繰り返す予定なので、ある意味、職人たちが好き勝手できる船になっている。船のあちこちにパイルが仕込んであるのがその証拠だ。バリスタでは重いので、ライフル銃と同じ原理で杭を撃ち出すシステムを実装している。ワイバーン程度なら空中戦をやってのける用意がある。ロメオ君の落雷攻撃に依存することになるが、やってやれないことはない、たぶん。

「天井が開いていくです」

 リオナもロメオ君もロザリアも上を見上げている。

 僕だけは添乗員さんにレクチャーを受けていて、それどころではなかった。主に発艦の手順と、専用ドックに入るための段取りの説明だった。

 操縦は試験飛行を開発段階で何度もしてるので問題はない。リオナも操縦している。


 天井が開くと、職人が続々と船の周りに集まってくる。自分たちの造った新型一番艇が飛び立つ姿を一目見ておきたいのだろう。

 僕は全員にエールを酔わない程度に振る舞うように棟梁に言った。すぐに全員にグラスが渡され酒がつがれた。音頭は棟梁に任せて僕たちは船に乗り込む。

 内装のチェックもそこそこに全員ベルトを装着する。

 勝手知ったるリオナとロメオ君は自分たちの指定席でベルトを締めた。ロザリアは悩んだ末にリオナと対称側の席に座ってリオナに教わりながらベルトを締めた。

 僕は操縦席に座って窓の外を眺めた。棟梁がいつでもいいぞと僕に合図する。

 女添乗員さんは僕から一番近い席に座った。

「準備オッケーなのです」

 リオナが合図する。

 僕は操縦桿を手前に引きながら、操縦桿に魔力を注いだ。

『浮遊魔法陣』が光り出し、船体がゴトンと持ち上がった。

 よし、いい感じだ。

 僕は棟梁に合図する。

 棟梁はなみなみ入ったジョッキーを掲げて船から離れる。

「棟梁、酔わない程度にって言ったのに」

 僕の声が聞こえたらしく、添乗員さんがクスクスと笑った。

 船は段々高度を上げていき、船底が軒の高さを超えた。

「浮いてる……」

 ロザリアが窓の外を眺めながら言った。

 工房の屋根が段々小さくなっていく。

「専用ドックは?」

「左旋回九十度。領主館の向こうになります」

 僕は操縦桿を左に切った。

 船はゆっくり回頭し始める。町中なので安全運転を心がける。

 これ以上高度を上げると『浮遊魔法陣』の効果が減衰するので浮上はこの辺までにしておく。

 僕は操縦桿を平行に戻すと右足のペダルを踏んだ。

 船が推進力を得て前に加速する。

 あっという間に北の街道から領主館まで来てしまった。

「早い……」

 ロメオ君が驚いていた。


 だが、そこで障害にぶち当たった。町の魔法防壁が行く手を阻んだのである。

 船の高度を落とし、領主館の庭に降り立った。館の衛兵たちが集まること集まること。

 僕は急いで船の外に出て、謝罪した。

 警備責任者にヴァレンティーナ様か姉さんに船を町の外に出すため、結界を一部解除してほしい旨を伝えて貰った。

 するとすぐに館からふたり揃ってやって来て「わたしたちも乗せろ」と有無を言わさず乗り込んできた。

「ほお、今度の船はこうなっているのか。小さいくせに充実してるわね。こうなるとわたしたちの船の完成も待ち遠しくなるわね」

 ヴァレンティーナ様はソファーの上にどっかと腰を下ろした。調度品のチェックに余念がない。

 揺れて転がっても知りませんからね。

 姉さんは僕の後ろで僕の操縦を眺めている。

「随分簡単なものだな」

「簡単にしたんだよ、工房の人たちが。それより危ないから座席に座ってよ」

「それじゃ、操縦しているところが見えんだろ?」

 そう言って僕の座席に手を掛ける。


 魔法防壁はすぐに解かれて飛空艇は町の外に出ることができた。

 船はそのまま専用ドックの扉があるはずの滝が落ちる絶壁に向かった。

「あれに魔法を打ち込め」

 それは丸い石の台座だった。滝の流れの狭間に見える岩棚にあった。

 この船に甲板はない。上階がパイルを撃ち出すための戦闘ルームになっていた。魔法を撃ち出すための狭間もそこにあった。

 ロメオ君に頼んで螺旋階段で上階に上がって貰い、魔法を撃ち込んで貰った。


 巨大な石の扉が滝の流れに逆らってせり上がっていく。

「落下する水の力を利用して水車を回しているんだ」と姉さんが解説する。

 やがて、扉が庇になって落下する流れを遮った。船の通り道ができた。

 僕は慎重にドックに侵入した。

 ご丁寧に船の侵入高度の目安を、運転席の視線の高さに合わせた壁のラインで教えてくれた。

 停止位置まで丁寧に指定してくれている。

 僕は苦労することなく入港することができた。

 ドックのなかは思いの外巨大だった。整備もある程度このなかでできそうだった。

 回転テーブルを使って向きを変えると発進位置に停泊させ、船を固定した。

 転移ゲートで先回りしていた『ビアンコ商会』の職人が待ち構えていて、残りの仕事を済ませる準備を始めた。

 東の高台の探索依頼は明日消化することにして、今日のところは帰宅することにした。ただし我が家のゲートはまだ使えないので、姉さんたちと一緒のゲートを使った。

『ビアンコ商会』側に出ていたら、朝まで飲み会が待っていたらしい。くわばら、くわばらである。

 

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