これのどこが避暑地なの? 13
「お父さん?」
食堂に通された僕たちが最初に見たものは見たこともない恰幅のいい中年親父だった。よれよれのシャツにベスト、太めのベルトに、皺だらけのズボン姿。まさに逃亡生活を地で行く姿だった。
ロザリアは駆け出し、泣きながら父と呼ぶその男に抱きついた。
確か兄さんと幼なじみって言ってたよな……
どう見ても年齢が一回り違うんですけど? 兄が若作りなのか、カミール氏が老けているのか。
「おっさんなのです」
リオナも同じ意見らしく、小さな口をぽかんと開けている。
「よくやってくれたエルネスト、リオナ」
兄が出迎えた。
「ロメオ君は?」
兄さんはロメオ君の姿を探した。
「無事ですよ。ご両親に、ギルドに報告するために残りました」
「ありがとう、エルネスト君。リオナ君」
振り返るとそこにカミール氏がいた。
カミール氏の大きな手と僕たちは握手を交わした。威厳と安心感が伝わってくる聖職者の手だった。
ロザリアは目を真っ赤にして照れくさそうにこちらをうかがっていた。
僕は鞄のなかから弁当箱を取り出すと、卓の上にリオナの一番大きな弁当箱を置いた。
なかに化粧箱が入っているがそれは後回しだ。
僕は自分用の弁当箱を取り出すと、卓に置いて蓋を開ける。
なかから折りたたまれた冊子と封筒が何通も出てきた。
兄さんたちは書類に群がり目的の物を探し始めた。
「おやつにしましょうね」
菓子を山ほど載せたトレーとティーセットを使用人に運ばせながら、母さんが食堂に入ってきた。僕たちをテーブルに着かせると、目の前に山盛りのトレーをこれ見よがしに置いた。
リオナとロザリアはすぐに飛びついた。
僕も兄さんたちの作業を横目に、ティータイムを楽しむことにした。
もうやれることはないからね。
やがてふたりは一つの冊子を緊張の面持ちで手に取った。
それは薄いメモ書きのような手帳だった。
頁をめくり、目的の記述を見つけるとカミール氏は僕たちを見て言った。
「これでようやく事件が終る。ありがとう」
その目には涙が浮かんでいた。
具体的に何が書かれていたのか、それは与り知らぬことである。でも、カミール氏のほっとした笑顔は重い荷物をようやく下ろせたという安堵感に満ちていた。
母はすぐにカップを追加し、ふたり分のお茶を注ぐ。
同封されていた手紙の束は、毒の売買に関する証拠書類で、目的の書類と共に重要な証拠となる物らしかった。
兄さんたちは休憩を早々に切り上げると、奥の間に引っ込み、すべきことに着手した。
ロザリアとリオナは父親たちが残したお菓子で二杯目のお茶を楽しみ始めた。
ロメオ君、今からでも来ないかな? そうだ、お土産にお菓子を持って行ってあげよう。
僕はすぐさま使用人にお菓子の折り詰めをひとり分用意するよう頼んだ。
従兄弟の守備隊長がドアを叩き、賊の正体を報告しに来た。
僕たちが相手にしたのは北に拠点を置く、中堅どころの犯罪集団らしかった。
さらに教皇の使いという人物が現れた。
「アルガスが塞がれたおかげで、随分遠回りしましたよ」と廊下でカミール氏と第一声を交わしているのが聞こえた。
さらに姉さんと初老の身なりのいい男性が訪れた。この国の宰相で、ロッジ卿と呼ばれる人物だった。
親父が外出先から慌てて帰ってきて、家中大騒ぎになった。中央の重鎮がこの家を訪れることなどめったにないものだから、親父はロッジ卿をもてなそうと張り切った。
でもロッジ卿は今後の段取りだけ決めると、「国王に報告しなければなりませんので」と、招待を辞退してそそくさと帰ってしまった。たまたま、スプレコーンに観光に来ていて、巻き込まれたらしい。リオナとも知り合いらしく言葉を二言三言交わしていった。
姉さんはロッジ卿を玄関先まで送った後、リオナとロザリアと何やら話し込んでいた。
「あんた何かあいつに余計なこと言わなかった?」と姉さんがリオナに問い詰めていた。
リオナはきょとんとしながら「昨日ちょっと会っただけなのです。何も話してないのです。逃避行で忙しかったのです」と答えていた。
何のことかわからないが姉さんは「やっぱりね」とひとり納得して頷いていた。
ぼっちの僕は飲み過ぎたお茶でお腹がだぼだぼになっていた。
カミール氏と姉さん、それと教皇の使いの人がその日のうちに教皇のいる聖都エントリアに飛んだ。『災害認定』がなければ兄さんが同行したはずだが、そうもいかず、姉さんに護衛役が託された。
代わりに兄さんは僕たちをスプレコーンに送り届け、ヴァレンティーナ様に一連の事件の報告に向かった。
僕とリオナはなぜかロザリアと一緒にロメオ君の家に向かった。
「これ、お土産」
ギルドの喫茶スペースで持ち込んだお菓子の折り詰めを渡した。
「うわぁあ、おいしそうだ」
ロメオ君はあれから両親と話し合いをして、その後ずっとギルドの裏方仕事をしていたらしい。そんなわけで遅いティータイムを取った。
「宰相とか、教皇とか、もうわけわかんないよね」
ロメオ君は正直な感想を述べた。
正直僕もそう思う。
「ロザリアは教皇の孫に当たるらしいよ」
「そうなの?」
「ほんとは甥の娘なんだけどね」
ロザリアは他人事のように答えた。
「帰らなくていいの?」
ロメオ君が心配そうに尋ねた。
「帰っても誰もいないし」
生みの両親は既になく、育ての父は今まさに事件の収拾のために飛び回っている。母はまだ教皇一派の手によって軟禁中だ。
「二、三日で帰れるようになるさ」
「それまでうちの居候なのです」
「へ?」
「そうなの?」
僕とロメオ君はリオナの言葉に疑問を投げかけた。
「お姉ちゃんがそうしろって」
姉さんが?
「だったら早く帰らないと。アンジェラさん、そろそろ夕飯の準備始めるんじゃないのか?」
「大変なのです!」
リオナはロザリアを連れて自宅に飛んでいった。
「相変わらずだね」
「まあね」
僕たちは笑った。
明日どうするかという話になったが、事態がどう進展するか分からないので大人しくしていることに決めた。