これのどこが避暑地なの? 12
ポータルの先では戦闘が繰り広げられていた。
「あら、お帰り。早かったわね」
「姉さん?」
石橋の欄干の上に立ちながら、橋の向こうを警戒していた。
ライフルの発砲音が空に響いた。
見ると石橋を守備隊が固めている。
「戦争?」
「教会のコンサバ派が攻めてきてね。王家は古参と決まっていると突っぱねたらこの通りよ」
森の手前で教会の旗を掲げた敵の一団が孤立していた。
「ユニコーンを異端だとか、獣人排斥だとか抜かしてる段階で殲滅決定でしょう。うちは古参のなかでも、リベラルなんだから」
いささか自由すぎるけどね。
古参というのは現実志向の王家、教皇派のことで、古参修道会の流れをくむためそう呼ばれている。聖エントリオ教会の屋台骨であり、この国最大の宗派でもある。
一方、保守派は殺生を禁じ、命の平等を説いておいて、武器を振りかざし、奴隷制度を容認する、選民思想に毒された一派のことである。奴隷を容認している国々ではまだまだ強い力を持っていた。
「手伝う?」
「ポータルで運べる程度の武装でこの町が落せるわけないでしょ? せっかく作った外壁を傷つけられたくないからここで応戦してるのよ。あんたたちが逃げおおせたと知れば、奴らもそのうち手を引くわ。殲滅の方が早いかも知れないけどね」
姉さんがいやらしく笑った。
城壁からはライフル弾が雨のように降り注ぎ、森からは別働隊による波状攻撃が行われている。
敵に逃げ場はなく、既に終局を迎えていた。白旗が揚がるのも時間の問題だろう。
「町中は?」
「獣人の鼻を騙せるとでも? 辛気臭い連中なんて、ことを起こす前に一網打尽よ」
「納得。じゃあ、僕たちは行くよ」
「ああ、そのままポータルを使いなさい」
僕たちが町に入ろうとしたら姉さんが引き留めた。
「今朝、リバタリアと直通で繋がったから」
中継所が完成したのか!
「ロメオ君は家に帰りなさい」
「ええ? そんな!」
「ギルドが詳しい事情を知りたいそうよ。ご両親が待ってるわ」
僕たちは残念がるロメオ君を残して転移した。
ウェルカムゲートが僕たちを出迎えた。
隙間一つない石畳が、見慣れた城門までまっすぐ伸びていた。無骨で堅剛な城壁。側溝には雨に流された落ち葉が詰まっていた。
街道に沿って果樹園を囲う木の柵が外堀まで続いている。振り返れば堀の向こうに石垣に囲まれた畑が広がっていた。
「こっちは戦闘になってないな」
でも様子がおかしい。働く人の姿が見えない。通行人もいない。
僕たちは急いで町の門を目指して歩き出した。そのときだ。リオナが咄嗟に動いた。
リオナの剣が何かに当たって火花を散らした。
目の前に武装した男が現れた。
『隠遁』スキルか!
僕は氷結魔法を放射状に展開した。
レベルの低い『隠遁』なら魔法との接触で容易く見破れる。
さらに薄氷を踏めば滑るし音も出る。もはや不意打ちは叶わない。
リオナの独壇場の完成だ。
人間である以上、氷を踏まずに近接戦闘はできない。
遠距離攻撃ならすべて僕が防ぐ。
僕の『魔力探知』にボロボロ敵が引っかかってくる。敵は最低でも十人。
「まさか、ここまで辿り着くとはな。所詮教会の連中ではこの程度か。あいつらじゃ、お前の正体にも気付いていまい」
ロザリアじゃなく、僕をマークしていたと言うことか!
ロザリアは獄中にいる設定だからな…… 然もありなん。
雇われ傭兵か、それとも暗殺者か?
「何者だ?」
「言うわけないだろ」
僕は結界を強固にし、魔弾をばらまいた。
「小癪なッ!」
話しかけてる隙に、襲う魂胆だったろ?
五人ほどが結界に引っかかった。
結界に阻まれた奴らは引き下がるしかなかった。結界を破っている暇はないのだ。
逃げ遅れた数人が爆風に飲み込まれて地面に転がった。
思ったより逃げ足が速い。もっと巻き込めると思ったのに。
引き下がろうにもポータルは塞がれているしな。
なんとしても城門を潜らなければ。
今の爆発で守備隊が気付いてくれればいいのだが。
歪んだ石畳を見るに付け、己の馬鹿さ加減に溜め息が出る。自ら敷き詰めた氷を自ら吹き飛ばすとは…… 計画性のなさに我ながら呆れる。
リオナが銃で接近する敵の腕を二つ吹き飛ばした。ひとりは内臓まで破裂している。
「なんだ!」
リーダーの男が唖然としている。リオナのニッチな武器が功を奏した。
「うおおおおっ!」
別の男が『結界破り』を発動しつつ、こちらに突っ込んでくる。さらにその後ろにふたり。
僕はタイミングを合わせて結界を退いた。
男は空を切っただけで、情けない姿をさらした。僕は剣を薙いだ。
男の剣を易々と切断し、返す剣で両腕を刎ねた。
続く男が剣を振り上げ襲いかかる。
僕は結界で剣を受け止め、男の胸を刺す。
後ろにいた男があと一歩というところでリオナの一撃を浴びて吹き飛んだ。
逆上した連中が魔法を闇雲に放つ。
だが僕の結界がすべてを弾く。
「馬鹿な…… これだけの中級魔法だぞ」
男たちが唇を噛む。
「うわぁああ!」
突然現れた二匹の幻獣が魔力を使い切った男たちを横から食い破る。
「助けてくれぇ!」
普通に虎を相手にしていると思えば、やりようはあるものを。冷静さを欠き、逃げ惑いながら、抗うこともできずに死んでいく。
リオナが『隠遁』している相手をピンポイントで狙撃する。ほんとに聴覚と嗅覚だけで狙撃している。
「馬鹿な…… こんなことが…… 」
獣人を見下してるからそうなる。
僕は行く手を遮るリーダーを含めた一団に氷槍を放った。
当然、敵も魔法結界を張って対抗したが、僕の一撃には耐えられなかったようだ。
「暗殺者のにわか結界など通じるものか」
どうやらロメオ君と張り合ううちに大盤振る舞いする癖が付いていたらしい。僕の目の前には氷の彫像ができあがっていた。
その彫像が飛んできた槍に貫かれて砕けた。
え?
周囲にいた賊たちが次々地面に伏していく。
「すまん、遅くなった。まさかこっちから戻ってくると思わなかったもんでな」
守備隊のお出ましだ。
「直通が開通したんだ」
「本当か! それは朗報だ」
どうやら振り子列車の駅の方に詰めていたようだ。何も知らない賊の方がたまたま正解を引き当てたらしい。
「こんな子供に負けて情けないと思わんのか」
守備隊の兵たちに馬鹿にされながら賊は拘束されていく。
「ヴィオネッティーと一緒にするな」と心の声が聞こえてきそうだった。
僕は完全回復薬を提示する。
まだ助かる命もあるだろう。
「済まんな」
従兄弟の隊長に後を任せると、僕たちは迎えに来ている馬車に乗り込んだ。
「いつの間にかポータル一帯を工事する話になってましてね。ご丁寧に街道の先にも迂回用の看板を設置する念の入れようで。スプレコーンとの直通工事か何かだと、みんなすっかり信じ込んでたんでさ。今の今まで誰も疑ってなかったんですぜ。農夫が『まだ工事は始まらないのか』という知らせでようやく気付いた次第で」
わざと襲撃ポイントを用意したとしか思えないんだが。
御者のバンドゥーサが小窓から顔を覗かせた。
「おかえりなさいやし。坊ちゃん」
「ただいま、バンドゥーサ。今の話、人払いをしたのは兄さんだと思うんだけど、違うかい?」
バンドゥーサはにやりと笑った。
「坊ちゃんを襲わせるためじゃねぇですよ。むしろ駅前から遠ざけようと、警備を甘くしてあの場所に奴らを誘導したんでさ」
「僕たちを回収次第、殲滅する手はずだった?」
「まさかあっちからいらっしゃるとは思いませんでした。教会のせいで余所の町のポータルは封鎖されていると聞かされておりやしたからね」
馬車は一路、我が家を目指した。