これのどこが避暑地なの? 11
「リオナちゃん! 聞いてるの!」
「ごめんなさいなのです」
なぜか反省会が始まっていた。
「ひとりで突き進んでもしものことがあったらどうするの! エルリンさんやロメオ君を悲しませるつもりなの?」
「そんなことしないのです!」
「してるじゃないの! 見なさいあのふたりを」
いや、僕たちはリオナが気の毒だなぁ、と思い始めてるだけだよ。
ロザリア、説教はそれくらいにしてそろそろ移動しないかい?
「いいですか、何度も言いますが、あなたにもしものことがあったら大勢の人が悲しむのですよ。仮にあなたが無事でも、あなたを追いかける間に隊が分裂して、エルリンさんやロメオ君に何かあるかも知れないじゃないですか。罠に嵌まるとか、敵と鉢合わせになるとか」
「だって……」
「だってじゃありません! なんのために集団行動していると思ってるんです! 己に自信を持つことは良いことですが、過信しては駄目です」
リオナはうつむいてしまった。
「ごめんなさい」
「よろしい。今度やったらお食事抜きですからね」
ロザリアは踵を返して、僕たちと合流する。
さすが神学生、説教はお手の物か。リオナの急所も既に押えているとは、可愛い顔して侮れん。
リオナは走ってきて僕と手をつないだ。
「お肉抜きは生命の危機なのです」
今度は肉だけじゃないからな。
「ちゃんと反省したのか?」
「したのです」
そう言って黙々と歩いた。
「リオナはチビなのです。がんばらないといらない子になるのです」
独り言が聞こえた。
「ただがんばるのでは駄目です」
ロザリアがリオナの頭をポンと叩いた。
「迷惑を掛けないようにがんばるのです。誰からも信頼されるようにがんばるのです。そうすれば誰も置いていったりしませんよ」
そう言いながら優しく頭を撫でた。
「あなたはもう十分がんばっていますよ」
飴と鞭か…… 反則だぞ、その笑顔は。
「ときにエルリンさん」
エルリンに「さん」を付けるなよ。
「そもそもあなたの戦い方がいけません。あなたの優柔不断な戦い方が周りを不安にさせるのですよ」
え? 今度は僕?
「指揮官たる者、常に周囲に目を配らなければなりません。自由にやらせるというのは聞こえはいいですが、未熟なものに指揮を与えないというのは見殺しにするのと変わりません。それと臨機応変というのは最悪のシナリオです。勝利の方程式というものを常に意識しなければなりません」
ロザリア・ビアンケッティの説教にゾンビ共も恐れをなしたのか、その後の遭遇戦はメイン広場までお預けになった。
最終的にはロメオ君にまで被害が及び、回り回ってロザリア本人の反省で終った。
「わたしの悪い癖です」
説教癖があると今更反省されても、凹まされた僕たちには返す言葉がなかった。
ようやく辿り着いたメイン会場にはゾンビが芋洗い状態で溢れていた。
部屋の構造はいつぞやのスケルトン無限沸きの広間とほぼ同じ構造だった。
「では、僕たちの本気を見せようかね」
僕はそう言って全員に万能薬を配った。
渡された薬が万能薬と知って、ロザリアは目を丸くした。
これで少しは僕たちの株が上がればいいが。
「じゃあ、始めようか」
先制はロメオ君だ。
桁外れの雷撃がゾンビ共の頭上に降り注ぐ。
姉さんの指導の賜か、説教で鬱憤が溜まったのか、また威力が上がっていた。
ゾンビが高電圧に耐えきれず、次々熱傷で炭化していく。バタバタと崩れていくゾンビの群れ。会場の列席者の半分が葬り去られた。
呆然とするロザリアを横目にロメオ君は万能薬をすする。
そのうちよろけたゾンビが罠に掛かり、火炎放射を浴びて燃え上がる。そして細い薪のように一気に燃え広がる。逃げ惑う群れ。わずかな火の粉で簡単に燃え上がる。油でも染み込んでるのか?
そこに僕は竜巻を放り込む。
風に煽られた火種がさらに広範囲を襲う。火に弱いにも程がある。火は瞬く間に伝染していく。僕とロメオ君は火種をポイポイ継ぎ足していく。
竜巻が炎を吸い込み、火柱を上げる。あっという間に広間が炎上する。
「なんかやり過ぎてません?」
ロメオ君が言った。
「よく燃えるねぇ。意外(遺骸)だねぇ」
すっかり他人事である。
下手な洒落にロザリアが溜め息を付いた。
炎が治まると僕たちは広間に入場する。
残党狩りをしながら、目的の場所を探す。当然アイテムの回収も忘れない。ほとんど装飾品だからかさばらなくていい。
目的のポイントは広間の突き当たりにある変哲のない煉瓦造りの壁だった。
僕は『認識』スキルを使って周囲を見渡す。
さすがに引っかかるものはないようだ。
リオナも見つけられない。
地図上ではこの壁の先に何もない空きスペースがあるはずなのだが……。
ロザリアが祝詞を捧げると壁の一部が光り出した。
僕たちはその場所に手を掛けて押したり引いたりした。
「びくともしないよ」
強力なプロテクトが掛かっているようだ。
「替わって」
ロザリアが光に触れると、ガチャリと音がして壁が開いた。
リオナが踏み込もうとしてロザリアが制した。
「なかに入ると出てこられなくなるわよ」
リオナは僕の後ろに隠れた。
「まるで闇の空間だ」
ロメオ君が覗き込む。
「なかに入ると前後左右の感覚がなくなって、身動きひとつできなくなるらしいわ」
ん? 似たようなことが前にあったような……
あっ、『牢獄』か? まさか同質の異空間とか?
さすがに試すわけにはいかない。
「じゃ、やるわよ。少し離れていて」
召還術式が展開されて、いつぞやの幻獣が現れた。
「白虎だ……」
ロメオ君が呟いた。
幻獣がのっしのっしと闇の空間に入って行く。
「なるほど魔法でできたあいつなら、外部からコントロールすれば動けるんだな」
僕は感心したが、みんなは何を感心しているのか分かっていないようだった。
『楽園』への新たなるアプローチ手段だ。
幻獣は異空間から書類の入った化粧箱をくわえてすぐに戻って来た。
懸念していた、敵の襲撃もなく、僕たちの用件はあっさり終了した。
ロザリアが壁を元に戻す間に、僕たちは万一に備えて、書類を空の弁当箱に隠して、偽の書類と差し替えた。化粧箱にはそれらしく念入りにプロテクトを掛けておく。
すぐ近くにある階段から地下六階に降りた僕たちは、脱出ゲートのある部屋にいた。
「じゃ、行ってくる」
緊張の面持ちのロメオ君とリオナが脱出ゲートを展開する。
何事もなければすぐ戻ってくる手はずになっていた。戻ってこないときは歩いて一階出入口から脱出する手はずになっていた。
敵の待ち伏せがあるとしたら、もうこの先のゲート出口しかない。
行き先がわからないなら、帰りを待ち伏せるのが常道だが、そこには当然、第三者の視線が存在する。ギルドも動いているし、そうそう好きに行動できまい。
迷宮内で襲ってくると思ったんだが…… さて、敵はどう動くか?
外で一戦交えることになるのか……
「ふたりが戻ってこなければ――」
「大変だ! 外に教会の騎士団が来てるよ。早く出ないとやばいよ!」
ふたりが戻ってきた。
僕たちは急いでゲートから脱出する。脱出すると詰め所の後ろに隠れた。
「何あれ?」
「改革派の連中よ。迷宮ごと塞ぐつもりよ。あなたたちこんなところにいていいの?」
振り返るとメアリーさんがいた。
「メアリーさん!」
「メアリーさんはいいんですか?」
「わたしは古参修道院の所属だから関係ないわ」
「修道院の方は大丈夫でした?」
「ええ、問題ないわ。そっちの子も元気になったようね」
「え?」
バレた?
「わたしも幼い頃それで遊んだ口なのよ」
そう言ってロザリアの首元を見つめた。
「その節はお世話になりました」
「いいのよ、これもお役目だしね。方が付いたらまた遊びにいらっしゃい」
「じゃあ、また来ます」
僕たちはそう言って、山の裏手に向かった。そして転移結晶を使い、スプレコーンに戻った。