これのどこが避暑地なの? 10
エルーダに到着するとマリアさんに電信を打って貰った。
『無事到着。行動を開始する』
マリアさんはきのうの修道院の一件を僕に尋ねてきた。
「昨日匿われた子が悪い奴らに追われてたんですよ。それより修道院の人たちは無事でしたか?」
僕はゆっくり周囲を見渡した。誰が常連で、新参者か分かるべくもない。
「ええ、おかげさまでね。応援を向かわせたけど怪しい奴らは逃げた後だったわ」
「戻ってきますよ」
「それは困るわね? 今日もゴーレムを狩るのかしら?」
一瞬返答に困ったが、ブラフをかましてくれているんだとすぐに分かった。ということは、このなかに不審なやつがいるのかもしれない。
ギルドのなかは遅出の冒険者たちでそれなりに混んでいた。
朝のピークを避けただけと言い張る怠け者、アルガスから辻馬車を飛ばしてきてついさっき到着した団体さん、朝まで飲んでいて未だ意識がはっきりしない連中などなど、冒険者という名でひとくくりにされた有象無象が動き出す時間帯であった。窓口業務にとって第二のピークといったところだ。
「ゴーレム面倒くさいですよね」
僕はいつぞや落とされた三十一階層のことを言っているのだとすぐに分かった。
「気を付けるのよ」
「はい。昨日の続き、行って来ます」
僕は割り符をテーブルに置いて行った。
マリアさんは笑った。
割り符から逆算すれば僕たちの昨日の足取りを追うことは容易い。商業ギルドに持ち込んだ獲物から、すぐにきのうの狩り場を特定するだろう。元々深く潜っていないことを知っている彼女ならすぐに探し出すだろう。
カミール氏がギルドからうちの兄に宛てて出した電信と、僕がさっき出した電信、合わせて考えれば、ある程度の状況を察することができよう。
僕たちはいつぞやの飛び込み事件のようなことにならないよう周囲を警戒しながら迷宮入り口のゲートを潜った。
「げっ! 今、こいつスキル使った!」
僕は『シールドバッシュ』をかましてきたスケルトンナイトを剣でかろうじて防いだ。
「さすがスケルトン先生」
ロメオ君が火の玉を放った。
スケルトンナイトは盾を使って火の玉も弾いた。
「うはっ」
ロメオ君があまりの手練れっぷりにのけぞった。
「やるな、先生」
「いきます!」
ロザリアが発砲する。
初めて見る武器に対処できず、先生の頭は吹き飛んだ。
先生は重装備を残して崩れ去った。この辺が脳みそのない先生の限界だったようだ。
にもかかわらずスケルトンのコアはなぜか空っぽの頭蓋だったりする。心臓がないんだからしょうがないか?
ゾンビに至っては胸部のあるなしで位置が変わるので燃やすに限る。いや、あれは燃やすべきだ。灰になるまで。
「次が来るのです」
『スケルトンナイト、レベル二十四、オス』
地下四階は数こそ少ないが皆精鋭揃いである。そしてこのフロアの罠はなぜか落とし穴である。暗に精鋭部隊を嵌めろと言っている気がするのは気のせいだろうか?
このフロアーの主力、通称『スケルトン先生』。頑丈な彼は剣の相手に最適で、冒険者の間では親しみを込めてそう呼ばれている。マップ情報の受け売りであるが、特に人間くさいスキルを繰り出してくるあたり、練習相手として重宝するらしいのである。武器の剣も大概錆びていて、切れがなく、刃を間引いた剣と変わらない。
僕のような剣の腕に自信のない冒険者には、まさに教官なのである。
さらに教官たらしめているのが装備の性能である。装備の性能を加味すると当然レベル通りにいかない相手ということになる。特に付与が着いた装備をしていたりすると、動きが豹変するので、注意が必要らしい。まさに気の抜けない相手、最適な練習相手になるのである。
たまに仲間のソーサラーを連れて現れるが、心配無用。
このソーサラー、範囲魔法を使ってくる癖があって、おまけに仲間を巻き込むことを生きがいにしている。死んでるけどね。
何もしなければ仲間割れが始まって、先生のお仕置きタイムが始まるのである。
僕たちは順調に通路を進んでいく。
先生の指導は受けたいのだが、今は急いでいるので、兜ごと一刀両断である。
うまく盾でガードしてくる辺り手練れであるが、手数の多いこちらに抗う術はなかった
「ほえぇー」
あまりのざっくり加減にロザリアが奇声を上げる。
先生が通路の果てから頭を出すだけでリオナの弾丸の餌食になって消えていく。
アイテムの回収もそこそこに、僕たちは先を急ぐ。
リオナの足が止まった。そして耳をそばだてる。
「誰かこのフロアーに来たです……」
僕たちの『魔力探知』で入り口を確認する。五人組のパーティーのようだった。
「問題ないのです。冒険者なのです。獲物が狩られていると知ったら引き返すのです」
「これ幸いにと、ゲート資格を取りに来ることもあるよ」
「近づくようなら、考えよう。ただの狩りなら出口を探す必要はないからね。むしろ敵のいる分岐を選ぶだろ」
僕たちは足早に進んだ。
少なくとも、下の階のメインフロアーでかち合うのは避けたいのだ。敵であろうとなかろうと。
地下四階を簡単に走破した僕たちはいよいよ地下五階のフロアーに辿り着いた。だが、そこはどうにも嫌な雰囲気だった。
まず死肉の臭いでリオナの鼻が使えなくなった。そして肌に感じる悪寒。じわじわと魔力を吸われるような感覚。
実際このフロアーには魔素がほとんどない。光るコケか何か知らないが、フロアーが明るいことだけが救いだった。ここでは光の魔石も長持ちしないだろう。
「待てよ」
僕は変装キットの魔力残量を確認した。
「思った通り、外にいるときとは段違いの消費量だった」
あと半日持つはずが、一時間ほどの残量しかなかった。アンデットエリアは総じて魔素が少ないため持ち出しになる魔力量が多いのだ。
僕は魔力を満タンまで注入した。
「このフロアーには長期滞在はできないですね」
ロメオ君も感じているようだった。
「魔法使いにはつらいフロアーになるな」
こういうとき物理主体のオズローのようなやつがいると安心できるのだが。うちの物理担当は鼻塞いでるしな。
僕は万能薬のチェックをする。大丈夫数は十分にある。中毒を気にしなければ一日中だって潜っていられる。
「行こう」
このフロアーの主力は生理的に会いたくない敵ナンバーワン、ゾンビだ。よく燃えるという噂なので焼却重視で行くことにする。魔力を節約したいところだが、相手がゾンビではそうも言ってはいられない。
ちなみにこのフロアーの罠は火炎放射である。上の階同様、嵌め殺せと言うことだろう。
そうこうしていると敵が現れた。
『魔力探知』の魔力消費も大きく、こちらもショートレンジでの運用になる。
『ゾンビ、レベル二三、オス』
それでも距離は十分だ。リオナとロベリアの銃撃で始末できた。
「前に七匹もいるよ」
「近くにある罠は……」
残念ながらなかった。
「じゃあ、燃やすしかないな」
リオナたちが適当に見繕った数匹を狙撃する。敵はこちらに気が付き、ゆらゆら、ふらふらこちらに向かってくる。奴らを挟むように手前と後ろに僕とロメオ君が炎の壁を作ってやる。ゾンビ共は永眠するチャンスを得たりと炎のなかに次々飛び込んで行く。
突然、白いものが障壁にガンと当たった。炎のなかを突き進んできた何かだった。
ゾンビの死に損ないかと一瞬思ったが、そいつは全身包帯にくるまれたミイラだった。
「マミー!」
ロザリアが驚愕した。
それもそのはず。
『マミー、レベル三十、オス』
フェンリル、千年大蛇クラスの相手だった。僕たちにとっては見慣れた感のあるレベル帯だが、都会育ちのロザリアには刺激が強すぎた。
ロメオ君が急いでマップ情報と、『魔獣図鑑』を開く。
「なんでこんなところに?」
僕は結界でやつを押さえつけながら、剣を振るうが、素早い動きで避けられて、反撃を受ける。
マミーは鬼気迫る勢いで結界を叩いてくる。叩く手首がバキッ、バキッと折れても、お構いなしだ。手首から先がどこかに飛び散ると腕を使って同じ事を繰り返す。
「巡回モンスターだ! フロアーを希に巡回しているレアモンスターだよ」
リオナも赤い糸柄の方の弾丸をぶち込んだ。
土手っ腹に穴が開いたまま吹っ飛んでいった。
「カノプス壺を探して! 瓶を破壊するまであいつ不死身だよ」
「カノプス壺って?」
みるみるうちに手首と腹に空いた欠損が再生していく。僕は動けないうちに両手と首を斬り飛ばす。
「マミーの臓物を保管しておく壺らしいよ」
「どこにある?」
「わからないよ。このフロアーのどこかだとは思うけど」
「こっち!」
リオナが走り出した。
「こら駄目だ、ひとりで行くな!」
僕の目は捕らえた。マミーから伸びる細い糸のような魔力の束がリオナが向かう先に続いてるのを。
マミーは起き上がり、刎ねた腕を探していたと思ったら、突然駆け出し、リオナに迫った。
ロメオ君が火の玉でマミーを吹き飛ばした。
僕は魔力の帯目掛けて剣を突き立てた。弾力のあるそれはちぎれなかった。僕は強引に力を込めた。無理か……
そのとき、パリンと壺が割れる音がした。
吹き飛ばされたマミーが狂ったように暴れ、壁や床に自らの身体をぶつけまくってちぎれていく。僕は何度か剣を振って、自壊の速度を加速してやった。やがてマミーは脚がへし折れ地面に転がると灰になって息絶えた。
リオナが猛烈な勢いで戻ってくる。
「やったのです! 壊したのです!」
ロメオ君は嫌々、マミーの包帯を回収している。これは高値の付く錬金用のアイテムなのだ。
「でも、お客さん連れてきちゃったのです」
リオナの後方でゆらゆらと揺らめく見たくもないアレの団体がやって来るのが見えた。
「ちょっと貸して貰えます?」
僕はロザリアからライフルを借り受け、弾丸を『魔弾』に換装する。
そして、集団のなかにぶっ放した。