これのどこが避暑地なの? 9
翌朝、僕たちはエルーダ迷宮に戻るため、弾丸列車のなかにいた。
当初ロザリアをひとり残して、僕たちが替わって探索するという兄さんの計画はロザリアの一言で頓挫した。
「隠されたものを回収するには一族の者が必要なんです」
それは彼女のユニークスキル『幻獣使い』でないと最後に仕掛けられたトラップを越えることができないという話だった。
彼女が僕たちと離れたくなくて嘘をついたとも考えられるが、そもそも彼女を回収役にした父親の意向を考えると、嘘とも思えなかった。
目標のものがある位置は既にマップの照会で確認済み、五階の最終エリアであることは分かっている。ただし、そこは閉鎖された隠し部屋らしかった。壁を開ける方法はただ一つ。迷宮改変である。
つまり、ロザリアにはそれができると言うことか? だが本人はそんなことはできないという。
兄さんはカミールがなんとかしたのではないかと踏んでいる。迷宮改変で何とかなると踏んでいたカミールは幻獣が使えないせいで、最後の最後で断念せざるを得なかったのではないか。
迷宮まで出向いておいて空手で戻ってくるやつじゃないというのが、古い友人への評価だった。
『幻獣使役』は一族の女にしか使えない変わったユニークスキルであるらしく、エルーダに秘密を隠したのも、当時の教皇の妹、カミールの大叔母だったらしい。
連れて行くのは危険すぎる選択肢であった。
自室に戻った母があるアイテムを携えて戻ってきた。
「ご禁制、変装セット、その名も『変身できるんです!』 じゃんじゃじゃーん!」
それは、女の子のあこがれ変身願望を叶えるための魔法グッズだった。だが、母がまだ若かりし頃、どこかの諜報機関が使い出したことから販売禁止になった物騒な代物だった。
「母さん、まだそんなもの持ってたの?」
兄さんも呆れ顔だった。
「お母さんの宝物だもの。お婆さまに昔買って頂いたものなのよ」
使い方は簡単だ。付属の専用カードをセットすればいいだけだ。カードには髪型や、肌の色、瞳の色などのファクターが含まれていて、それを自分好みにアレンジすればいいのだ。
女の子と言わず、誰もが一度は抱く願望を満たす究極のアイテムなのである。箱にはそう書いてある。
「効果時間は十分だけ。おもちゃだからね。でもそこは天才細工師のわたしに掛かればこの通り」
「いつから細工師になったの?」
誰も突っ込まないので僕が突っ込む。
「わたしがレジーナの母だということを忘れていないかしら? あの子の器用さはわたしの遺伝よ。不器用なお父さんの遺伝だとでも思っているのかしら?」
親父が聞いたら凹むぞ。まあ、言われてみれば納得だけど。
「新しい魔石に情報を書き換えればできあがり、九時間持つ必殺アイテムの完成よ」
さらっとプロテクトを解除したことを飛ばしたな。違法アイテムを違法改造か!
心配を余所に女たちの着せ替え遊びが始まった。
「おかしいですか?」
ロザリアが神妙に僕の顔を見つめる。
そこには十四歳のリオナがいた。まさか獣人にもなれるとはね。おみそれしました。
「実際触れるから不思議ですよね」
ロメオ君が尻尾に触れながら感想を述べた。獣人の女性の尻尾に触るのはセクハラらしいぞ。
リオナが「むう」と喉を唸らせた。
僕に尻尾を絡ませるな。冬ならともかく、夏は暑いんだから。
「それにしても瓜二つだな」
さすがにこれには呆れるしかない。
「スペシャルカードに分身モードがあったのです」
姉妹がお互いに変身できるという、夢のようなオプションだ。馬鹿などこかの大人たちのせいで、世の女の子たちのはかない夢が、変身願望が無に帰してしまったのだ。つくづく残念である。
そんなわけで、これ幸いとロザリアはリオナにトレースしているのである。
アイテムの送信機は少しかさばるので鞄のなかに、受信機はリボン止めのアクセサリーになっているので髪飾りや首飾りにしても大丈夫だ。開発者の愛情が見て取れる。
ちなみにロザリアは首飾りにしている。
「ほんとの姉妹に見えるぞ」
そういうとふたりが揃って笑った。
エドアルドが兄さんたちの前から消えたのは「犯人が分かった」と言い残した翌日のことであった。事件に使われた毒の経路から犯人を割り出したのである。エドアルドが保管していた証拠はすべて大叔母の手で当時改変中だったエルーダ迷宮に隠された。
エドアルドが最後に残した言葉の後にまだ続きがあった。「リストの三番目だ。やつが犯人だ」というものである。リストとは? 大叔母には犯人が特定できたのではなかったか? なぜ、何もせず封印して今日に至ったのか?
やがて列車はスプレコーンに着いた。僕たちはその足で領主の館に出向いて、ゲートを使わせて貰った。門番はリオナによく似たロザリアに一瞬驚いたが、何も言わずに通してくれた。
話は通っているらしかった。領主も姉さんも不在だった。こんなときにふたりともいないなんて。
僕たちはゲートを潜り、山腹のプラットホームに降り立った。
照明がやんわりと明るくなっていく。
「ここは?」
ロザリアは不思議そうに周囲を見渡した。
「元祖振り子列車なのです」
リオナの鞄のなかにはお菓子がいっぱいである。
僕たちは繭の車両に乗り込みその場を後にした。
「同じ列車とは思えません」
なかは至れり尽くせりの豪華仕様。
僕はポットに魔法で水を入れると火の魔石で湯を沸かした。
ソファーに埋もれながらお茶とお菓子を堪能する。
ロザリアはすっかり落ち着きを取り戻したようだった。
「ロザリアは光魔法以外は何が使えるの?」
「生活一般はできます。ですが攻撃は光魔法以外は幻獣任せなもので……」
姿を隠していても光魔法を乱発していては正体がバレてしまう。幻獣などもっての外だ。
僕は石を必中の魔石と取り替えてからライフルを彼女に渡した。
「これを使って」
彼女は不思議そうにライフルを手に取った。
「現場に着いたら使い方を教えるよ」
と言ってるそばから、リオナが自慢げに使い方を教え始めた。
ほんと姉妹みたいだ。リオナの顔も心なしか明るかった。