これのどこが避暑地なの? 7
「自己紹介しませんか?」とロザリアが言い出したので、僕たちはその提案にのることにした。
「リオナなのです。冒険者見習いなのです。さっきの家に住んでるです。エルリンのお嫁さんなのです」
じゃんけんで年下からということになった。
「エルリン? お嫁さん?」
「お肉とお菓子が好きなのです」
リオナは弁当のことを思い出したようだ。
リオナは僕の鞄を漁って、自分専用の一番大きな弁当箱を取り出した。そして残りの弁当箱を配り始めた。自分が早く食べたいものだから、甲斐甲斐しくしている。
「ロメオです。もう知ってるだろうけど、冒険者ギルドの息子です。同じく見習いをしています。ギルド職員になるための条件なので、B級冒険者を目指してます」
「まだ、見習いで?」
「あんなに稼いでるんですか?」と言いたげだった。
リオナが僕のズボンを引っ張って催促するので僕はゴーサインを出してやった。
リオナはお弁当の蓋を開けると大きめの肉の塊にがぶりと噛みついた。
それを合図に僕たちも弁当に手を付け始めた。中身は皆一緒、量だけが違っていた。バスケットには野菜とチーズ、ベーコンたっぷりのサンドイッチ、弁当箱には甘辛く炒めた肉野菜炒めと芋サラダ、おっちゃんのお店の腸詰めをカットしたものが二本ずつ。デザートはポポラの実が二つ。
「エルネスト・ヴィオネッティーです。冒険者をしています。んー、後は特にないな」
「ヴィオネッティー!」
青い瞳が大きく見開かれる。
その反応には慣れました。
僕は水筒の水をみんなのコップに注いでやった。水は魔法で作るので、いつでも水筒のなかは満タンである。それに今回は氷を入れてあるので冷えているはずだ。
「ロザリア・ビアンケッティです。聖エントリオ大教会付属神学校の四回生です。訳あって、捜し物をしています」
「エルーダ迷宮で?」
彼女はこくりと頷いた。
「行き倒れていた理由は?」
「ポータルの利用料金で路銀を使い果たしてしまって。エルーダに着いたときには、食事もままならず、ですがまだ動けましたので、さっさと用事を済ませてしまおうと迷宮に入ったのです。面倒ごとを終らせてから、魔石でも換金してゆっくり食事に有り付こうと、軽い気持ちでいたのです。ですが、わたしの地図は五十年以上前の改装当時のもので、それを参考にしていたら、あのフロアーで迷子になってしまって。後は襲ってくる魔物を相手にしている間に魔力を使い果たしてしまって、気付いたときには……」
「よく死ななかったもんだ」
「倒れたときに聖結界の術式を周囲に施したので、なんとかアンデットの類いは寄せ付けずに済みました」
みんなこっちに流れてきたせいもあるけどね。
「壁壊したの、君?」
「壁? いえ、わたしは何も」
偶然か? そうは思えないけど……
「一階からひとりで攻略したんですか?」
ロメオ君が尋ねた。確かに彼女の幻獣を使えば可能かも知れないが…… 状況から考えて魔力が枯渇するはずだ。
「魔除けの術式で全てやり過ごしたので、上層では戦闘はしていません。ただ、低級アンデットは知性がありませんので、魔除けの術式の効果も半減してしまって」
それでも光属性との相性でなんとか乗り切れたわけか。
脱出用の転移結晶や回復薬も買う余裕は当然なかっただろうからね。それでよく探索に入ったもんだよ。
「追っ手に心当たりは?」
「たぶん、教会の一派だと思います。推測ですが」
「追われる理由に心当たりは?」
「わたしが探しているものが、彼らには不都合なものだから…… だと思います」
「捜し物って?」
「わたしにもわかりません」
「なんで探してるの?」
「父が殺された理由だからです」
僕たちは一瞬言葉を失った。
彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
「父は殺されたんです! もう何年も前に殺されていたんです!」
「落ち着いて……」
「先日、父の形見が送られてきたんです」
「えぇ?」
僕の反応に全員が振り向いた。
「あの、何かご存じなのですか?」
「その遺品て…… 聖エントリオの紋章の入ったペンダントと指輪だったり…… します?」
彼女の顔色が見る見る変わっていく。
なんてことだ。事件の発端は僕だったのか。これはもう神のいたずらを越えて、ご指名を受けたとしか思えない。
「あなたが見つけてくれたのですか?」
「姉さんと狩りに行ったときにね」
「どこにあったのですか! 父はどこに!」
暗黒地帯の入り口のフェイクドラゴンの巣だと答えた。
それから延々と当時の様子を語ることになった。
一方、彼女もまた遺品が我が家に届いてからのことを語った。
「わたしの家は聖都エントリアにあります。父は…… いえ、父だと思っていた男は枢機卿の地位にありました。一体いつから入れ替わっていたのか、私が生まれる前からだったのか」
遺体の状況から察するに、微妙なところだ。
「お母さんは気付かなかったの?」
「分かりません。だまされていたのか、協力していたのかさえ…… 父だと思っていた男は遺品が届いた日に姿をくらましました。一通の手紙を残して。その手紙には『エルーダの迷宮に大事なものを隠してある』とありました。何がとはありませんでしたが、私の父が殺される原因になったものだと記されていました。それを急ぎ回収してアンドレア・ヴィオネッティーに届けるようにとありました」
「よく偽物の言うことを聞く気になったね」
「母が、軟禁されてしまったので。なんとかしたくて」
「兄さんに聞くしかなさそうだな」
これは難題だと思った。敵は彼女の目的を知っている可能性があるからだ。迷宮には入らなければならない。でも待ち伏せは必至。目的のものはどこに?
「捜し物は迷宮の何階?」
「地下五階です」
「アンデットエリアの最下層か……」
よかった、浅い場所だ。
僕たちの会話は次第に他の話題に移っていった。
建設途中の屋敷のこと。大金をせしめた経緯、壁の穴のことは隠したが。僕たちの武器のこと。僕とリオナは盾とメイスを家に忘れてきたことを思い出した。ロメオ君は飛行船の進捗状況を話してくれた。
二時間は思いの外早く過ぎた。
彼女が話し上手だったせいもあるが、僕たち自身、ここしばらく落ち着いて話し合う機会があまりなかったので、互いの情報をすり合わせるいい機会になったのだ。お互い慣れるに従って、彼女本来の明るい性格が見え隠れするようになり、怠惰な時間は有意義なものになった。
やがて、車両が止まり、僕たちはリバタリアの駅のホームに立った。
僕たちは意気揚々と駅の階段を上った。
「全員手を上げろ! ロザリア・ビアンケッティとその一味、貴様たち全員を領主暗殺未遂容疑で逮捕する!」
ぐるりと兵士に囲まれていた。