これのどこが避暑地なの? 6
「逃げるぞ!」
僕は転移結晶を使った。
リオナとロメオ君は彼女を支えてすかさずゲートを潜った。
僕は追っ手を防ぐため、周囲を氷の壁で覆ってからゲートに飛び込んだ。ゲートが閉じるまでのタイムラグを追っ手が間違っても利用できないようにするためだ。
「アルガス?」
ポータルに出たロザリアが尋ねる。
「スプレコーンなのです」
一生懸命彼女を支えながらリオナが答えた。
「あっちはたぶん、敵の手が回っているよ。エルーダから唯一飛べる町だからね」
ロメオ君も肩を貸しながら周囲を見回した。
「矛盾してませんか?」
「『銀花の紋章団』から支給されるこの町の転移結晶は移動距離が長いんだよ。だからエルーダからも直接飛べるんだ。内緒だけどね」
ロザリアは羨望のまなざしで僕たちを見つめる。
「かつて最強を極めたプライベートギルド『銀花の紋章団』。世界で唯一、単独でドラゴンを討伐した伝説のギルド…… まだあったんですね」
「出がらしだけどね」
「お腹空いたのです」
そういや昼抜きだった。
「ロザリアは何か食べたのかい?」
「え? あ、修道院で粥を頂きました」
その前に彼女には着替えが必要だな。
「ロメオ君はどうする? アルガス経由ではいけないから、列車で行くことになるけど。たぶん今夜は泊まりになるよ」
「ここまで来たら最後まで付き合うよ」
「じゃあ、うちで食料を調達して列車のなかで食べよう。ロザリアに着替えを用意しないといけないし」
「汚れなら魔法で――」
「そうじゃなくて、格好が問題なんだ。それじゃ、狙ってる相手に旗振って合図してるようなものだろ?」
僕たちは家に向かう途中、中央広場の冒険者ギルドでロメオ君の両親に、今夜は帰らない旨を報告した。その際ロメオ君が今日の上がり、一千七百九十万ルプリの小切手を口座に振り込んでおいてくれるようにと母親に頼んでいた。あまりの大金に両親は言葉を失い、当然、入手経路を疑った。
僕は「たまたま大漁だったので」とお茶を濁してその場を後にした。
ロザリアも道すがらこのことにずっと驚いていた。
一日に稼いだ額が実はロメオ君が母親に渡した額の三倍だと知ると、羨望を通り越してこちらも懐疑的な視線になった。しかも、まだ宝石の換金分が残ってると割り符をちらつかせたら「神に懺悔することはありませんか」ときた。
僕の家に着くと、作りかけの広すぎる屋敷が気になったようだが今は説明している暇はない。
アンジェラさんとエミリーに頼んで、急ぎ遅い昼食を用意して貰った。エミリーにはロザリアが着られそうな服を見繕って貰った。
その間に長老にことの次第を伝えて、姉さんへの伝言と、町なかの警戒を頼み込んだ。
お昼用の弁当を人数分用意してもらうと僕たちは振り子列車の駅に向かった。料金は個室で片道金貨一枚だ。四人だと随分割安になる。
ホームに降りると弾丸列車はそこにあった。普段使っている何とかの繭の車両とはまるで違う巨大な酒樽のような乗り物だった。進行方向の樽底は空気抵抗を考え、弾丸の先のように丸く湾曲していた。一方、尻は頭が収まる形に凹んでいた。そんな歪な樽がいくつも並んでいる。
必要な分だけ連結できる仕組みのようだ。
ロザリアは元よりリオナとロメオ君も現場を不思議そうに眺めていた。
僕はチケットを入り口のもぎりに手渡した。
もぎりは指を一本上げて、ホームの作業員に指示を出す。
いくつも並んでいる巨大な樽の一つが、ひっかき棒にロープを引っかけられて、ホームに引っ張られてくる。
僕たちがこれから入る坑道の反対側の坑道から戻りの車両がやって来た。
ゴトン、ゴトン、ゴトン、三両編成の樽の列だった。引き込み線に入ると荷下ろし場で車両は止まった。
荷を下ろした車両はその先のロータリーを回って、こちら側のホームの車両の列の最後尾に並ぶ仕組みになっているようだった。
「お客様」
作業員が樽の横に空いた扉の前で僕たちを呼んだ。
「足元にご注意して、こちらからご搭乗ください」
僕たちは樽の車両に乗り込んだ。
なかは円筒ではなく四角い部屋になっていた。
壁には荷物固定用の網やロープが掛けられていた。あくまで荷物優先のようだった。
僕たちはいつも乗っている車両とのあまりの違いに驚いていた。
絨毯が敷かれた床には長細い穴が開いていて、そこに座るとちょうどいい椅子代わりになる仕掛けのようだった。リオナは穴の底に座り、ロザリアは縁に腰掛けた。
「すごいですね。これでリバタニアに行けるのですね」
ロザリアは感動し、興奮していた。
リオナはクッションがないと抗議した。
「どれくらいで着きますか?」
ロメオ君が作業員に尋ねた。作業員は約二時間だと言った。
「たった二時間?」
ロザリアは目を見張った。アルガスからリバタニアまで馬車で最低4日は掛かるのだから驚くのも無理はない。
僕たちも穴の縁に腰掛けると、荷物を穴のかなに押し込んだ。
全員が位置に着いたことを確認すると、作業員は扉を閉じた。
「発車しまーす」
ストッパーが外され、僕たちは地の底に落ちていった。