これのどこが避暑地なの? 5
メアリーさんの招きでエルーダ村のはずれにある小さな修道院にやって来ていた。森に囲まれたそれはとても小さな教会だった。司祭はたまに教区のアルガスからやって来る程度で、大概修道女だけでやりくりしているらしい。そのせいかあちこちが苔生したり、痛んだままになっていた。
「わざわざごめんなさいね」
通されたのは教会裏手の朽ちかけた建物の一室だった。塗装がはげて赤煉瓦が見え隠れしている。掃除は行届いていたが、物の古さまではかばいきれていなかった。院長は不在だったが、僕たちは院長室に通された。
メアリーさんは書類だらけの一室で、すまなそうにお茶とお茶菓子を出してくれた。どうやら客を招けるスペースはここしかないらしい。
部屋の隅にはなぜか年季の入った、武器や防具が置かれていた。
「恥ずかしいわね。見なかったことにして頂戴」
そう言うと武具をクローゼットに押し込んだ。
「ここだけの話、教会からのお金だけじゃやっていけなくてね。みんな、やれることをやってるのよ。何人かは詰め所で雇って貰えてるけど、他の人たちは冒険者と一緒に迷宮に入ったりしてるわ。実入りはいいんだけど、うちの子供たちの食欲も負けないくらいいいものだから」
そう言って苦笑いした。
「孤児院ですか?」
「修道院に併設されているのよ。小さい家だけどなんとかやってるわ」
この村の子が飢えていなかったのはそのせいだったのか……
「大きな子のなかには迷宮で荷運びの仕事をしたりして、家計を助けてくれる子もいるんだけど、迷宮は危険でしょ。それにいくら迷宮の魔物は殺生に当たらないといっても、やってることに違いはないわけですからね。子供のうちはあまり見せたくないのよね」
「そうですね」
僕たちは自分たちのことを言われているようで立つ瀬がなかった。
「あら、ごめんなさいね。冒険者さんに言うことではなかったわね。でもきっとあなたたちのお母様も思ってることよ」
リオナがしゅんとなった。
「それで、お呼びになった用件というのは?」
僕はリオナの頭を撫でた。
「そうだったわね。実はね」
予想通り、地下で倒れていた娘のことだった。
名は、ロザリア・ビアンケッティ。教会のさるお偉いさんの娘らしい。
メアリーさんが最初驚いたのは、彼女の着ている服が、本部付属の神学校の制服だと気付いたかららしい。メアリーさんの母校でもあったからなおさら驚いたのだそうだ。
「数日前に父親といっしょに行方が分からなくなっていたのよ。教会総出で探してたんだけど。まさかこの教区にいるとは思わなかったわ」
話が見えないな。僕たちを呼んだ理由がどこにもない。
「実はね、お父上から手紙を預かっていたの。これなんだけど」
一通の手紙を机の引き出しから出してきた。
封筒を見ると送り主は確かにビアンケッティになっていた。紙も上質なものが使われている。封蝋の跡も残っていることを見ると、まず貴族階級の手であることに間違いないだろう。
だが、手紙は昨日今日のものではない。
「先代の院長からの申し送りになっていてね」
先代? 申し送り? いつの手紙なんだ?
メアリーさんは周囲を気にしながら言った。
「ロザリア・ビアンケッティが訪れることがあったら、追っ手からかくまうようにと。できれば、ヴィオネッティーの領地に逃がしてほしいと書かれているの。そしてアンドレア・ヴィオネッティー氏と連絡を取るようにと。問題はこの内容を今も遵守すべきなのかってことなんだけど。正直わたしたちには判断が付かないのよ。受付のマリアに相談したら『適任がいる』と言われて、あなたを紹介されたんだけど、何か心当たりあって?」
そういや、メアリーさんはアンドレア・ヴィオネッティーが僕の兄だとは知らなかったな。
あれ? ってことは僕、まだ名乗ってなかった? 散々お世話になっておいて、なんたる無礼!
「怪しい奴らが外にいるのです!」
遅ればせながら名乗ろうと腰を上げた僕を、リオナの一言が遮った。
僕たちは慌てて窓のカーテンを閉めて周囲を確認した。
「確かにいますね」
ロメオ君が『魔力探知』で確認する。
「囲まれたかな?」
僕もスキルを発動して周囲をうががう。
敷地のはずれに、遠巻きにこちらの様子を探っている男たちが四人。
突然、裏木戸が乱暴に閉じた音がした。
「ロザリア、逃げたです!」
「ええ?」
メアリーさんは裏木戸に急ぐ。僕たちも後を追いかける。
建物を出ると僕たちはメアリーさんを追い抜きながら叫んだ。
「後は任せてください! 彼女は目的地に必ずお届けしますから!」
僕たちはメアリーさんを置き去りにして、彼女の後を追いかけた。
他の修道女も騒ぎを聞きつけ、メアリーと問答を始めた。村の守備隊に応援を呼ぶようにと叫ぶ声が聞こえた。
リオナを先頭に僕たちは鬱蒼と茂る森のなかを進んだ。
リオナの耳と鼻は既に獲物を捕捉している。彼女を逃がすことはないだろう。
四人の追っ手も彼女を追いかけるため、騒ぎから身を隠すために森に入ってきた。
あの距離から正確に彼女を追えるということは探知スキル持ちだと考えられる。
ロザリアは考えなしに森を奥へ奥へと進んでいる。
「野犬です」
こんなときに!
四匹の群れがロザリアを追いかけ始めた。
誰が先に邂逅、接敵するか。
リオナはひとり速度を上げた。僕とロメオ君は風の刃と風の矢でリオナの行く手を切り開く。
ロザリアの歩みが遅くなってくる。僕たちと年の変わらぬ女の子が自然の森をそうそう走破できるものではない。
追っ手と野犬との距離が縮まっていく。
リオナが武器を構えた。
バスッと空気の籠もる音が連続で三回した。
今度の必中の魔石は消音効果も付いてるらしい。どんだけ至れり尽くせりなんだ。ちなみに破壊の魔石は規制前の石を換装した物なので消音効果はない。相変わらずである。
野犬の気配が消えた。残った一匹は追うのを諦め逃げていく。
「一匹逃がしたです」
リオナは残念がった。
弾丸が大きくなったせいで装弾数が三発に減ってしまったせいだった。さすがのドワーフもなんでも叶えてやれるわけではなかったらしい。
「ここから届くのかよ」
僕とロメオ君は顔を見合わせた。
「リオナの耳と鼻にふさわしい射程になったです」
目視で撃つんじゃないのかよ?
リオナは後ろを一度振り返ると、追跡を再開する。
追跡者は野犬の気配が消えたことに気付いたらしく、こちらと距離を取り始めた。
一方、少女の歩みはさらに遅くなり、沢のほとりで進むことを止めてしまった。
僕たちはこれで追いつけるとほっと胸を撫で下ろしたとき、眩しい光が前方で弾けた。
「なんだ?」
「光の矢です! 結界で弾けたんです」
ロメオ君が急いで木の陰に隠れた。
ロザリアが狙ったのか?
リオナが草むらに消えた。
僕は障壁を展開しながら進んだ。
光の筋がいくつも飛んできては結界に弾かれ四散していく。見ている分にはきれいなのだが。
「何か来る!」
ロメオ君が警告した。
僕は剣を抜いて盾を構えた。
大きな魔力の塊だ!
ドンッ! 真っ正面に真っ白な虎が…… 結界に弾かれ地面に転がった。
雷が落ちた。虎は四散して消えた。
「幻獣だ! 初めて見た」
ロメオ君が感動している。
二匹目の幻獣が速度を増して猛烈な勢いで突っ込んでくる。
ロメオ君が投げ槍サイズの風の矢を進行方向に撒き散らした。
二匹目も避けきれずにあえなく四散した。
そして僕たちは彼女の姿を捕らえた。
きれいな子だったのにすっかり髪も服も泥だらけだった。
彼女の隣に銀色の召還術式が輝いていた。
三匹目が召喚されたが、すぐさま四散した。リオナの剣の餌食になったのだ。
「敵じゃないのです! お父さんの味方なのです!」
リオナは少女に手を差し伸べた。
「ヴィオネッティーなのです」
少女は気が抜けたのか、ドサッと地面にしゃがみ込んだ。