これのどこが避暑地なの? 3
「どうなってんだ、これー」
ロメオ君らしからぬ声が迷宮に響いた。
「楽しいのです」
リオナは嬉々として敵の間を飛び回っていた。
僕たちは今とても広くて深い場所にいた。礼拝堂というか、神殿というかとにかく、二階層分を吹き抜けにした石造りのかび臭い広間にいた。
出口はもう、二階のあの崩れかけた通路を進んだ先にあるはずなのに、なぜか雑魚がさばけないほどゾロゾロと現れるのだ。
奥の通路の先にカタコンベでもあるのか!
ロメオ君は万能薬を飲みながら応戦。流れ作業に辟易としていた。
リオナは鈍器で粉砕することが楽しくなったらしく、敵から取り上げた銀のメイスを振り回しながら応戦している。
まさかこの浅い階層で銀の武器が手に入るとは思わなかった。さすが中上級者向けダンジョンだ。それにしても自分たちの弱点になる属性武器をなぜあいつらは振り回しているんだ? ミイラ取りがミイラになったってことか?
リオナは敵を突き飛ばしてはトラップの炎の床に放り込んでいく。
炎に焼かれたスケルトンは逃げることも敵わずその場に崩れ去る。次から次へと薪を放り込むように投げ込まれては、炎にまかれて消えていく。
やりたい放題である。
でも、三十分で飽きるからな、それまでに終らせないと。
この数はとにかく異常だ。
マップには特に記述がない。これは不測の事態と考えるべきなのか?
結界に触るやつがいたので僕は火の玉で吹き飛ばした。
「おや?」
僕は地図と現実を見比べた。何かがおかしい。
二階席にいた弓兵スケルトンがのっそりと階段を降りてきて、リオナに向けて弓を構える。
「なんで自分のアドバンテージを捨てて降りてくるかな」
僕はお馬鹿な弓兵を焼き払った。
「二階にはもういないよな」
マップを見下ろす。
やっぱりおかしい。あの通路の先はあそこの二階に繋がってるだけのはずだ。いくら通路が渋滞しているからといって、あんなにゾロゾロ出てくるはずがない。
僕は結界を張ったまま、ごり押しで突き進み、通路の前に土の壁を作った。
骨のきしむ音がどんどん増えてくる。が、突然音が小さくなる。
リオナとロメオ君が敵が途切れたことに気付いて、キョロキョロ周囲を見回す。
すると何かが二階から降ってきた。
「嗚呼ァ?」
二階側の通路からゾロゾロと道を塞がれたスケルトン共が逆流してくる。
そして……
「溢れて落ちてきた」
落ちた骨たちはことごとく床に激突してバラバラに砕けていく。後続に押されて前列が柵を乗り越え落ちてくる。
その間、僕たちは死体を漁って装備の回収に勤しんだ。
たまに助かるやつもいるが、大概後続に潰される。
「何もしなくても勝手に死んでくれるとはありがたい」
「とっくの昔に死んでるけどね」
ロメオ君ナイス突っ込み。
さすがに荷車に積めなくなってきたので、装備を燃やして貴金属だけをがめることにした。宝石類だけは燃やすわけにはいかないのでポケットに回収する。
荷台いっぱいに使えそうな装備とインゴットが溜まる。素材はまだまだ空から降ってきている。
さすがに重くて動かないので、荷車をもう二台、追加することにした。すぐ先に下への階段があるのでその先のゲートから地上に出て貰って、荷車を拾ってきてもらうのだ。どの道、この先の出口階段は荷車を引いたまま通ることはできない。荷物を一旦下ろして積み直せば別だが、重労働なので引き返すしかないのだ。ふたりには地下三階のゲートの権利を貰っておいてもらうのだ。
僕は土壁の番があるので居残った。その間、僕は落ちてくるスケルトンからアイテムを回収して回った。最初の頃のスケルトンは既に消えていない。
「まさか無限ループじゃないだろうな?」
ふたりが頑丈な荷車を引いて戻ってくる頃、こちらも落下を免れた最後の一団を一掃することができた。敵も弾切れのようだった。
最後の遺品回収を行い荷車に詰め込むと僕たちは、興味本位で通路の先を覗くことにした。
「これって……」
ロメオ君が周囲を丹念に照らしながら、マップとにらめっこしている。
「言わなくても何となく分かる」
壁が崩れて、下のフロアに通じていたのだ。しかもマップを見る限り、繋がった場所は敵の増援を呼ぶトラップのすぐ脇の通路だったのだ。
「敵が敵を呼んだのか…… これって、このフロアの敵はいないってことなんじゃ?」
「おおっ!」
一気に二フロアー制覇だ。僕たちは強引に穴を広げて、スロープを作り台車ごと下のフロアーに降りた。
「反則だね、バレたら怒られるかも」
僕たちは壁を塞いでその場を後にした。僕は近くの脱出ゲートを往復して権利だけ獲得して戻ってきた。
戦わずしてフロアー制覇とは……
「トラップだけは気を付けないと。それにあいつら馬鹿だからまだ残ってるかも知れないし」
ロメオ君の心配を余所に、敵は一匹も出てこなかった。
このフロアー、増援要請の罠しかないのだから、もはやトラップも罠になっていなかった。
「でもさ、迷宮って一日で復活するんだよね。ってことはあの穴が空いたのは今日中ってことだよね?」
「言われてみれば、一日で復活するんだから自然に崩壊したとは考えにくいよな……」
「あっちに誰かいるです」
「敵?」
リオナは首を振った。
「まさか、力尽きた冒険者か?」
僕たちは急いだ。
リオナの案内で着いた先には、ローブ姿の少女が倒れていた。ロメオ君がすぐさま脈を取る。
リオナが薬を取り出すと小さな口のなかに流し込んだ。
人族のようだが、リオナ張りにちびっ子だな。身なりは…… 僧服。こんな小さな聖職者がいるはずないから単なる趣味だろうな。
ドラゴンの巣に残っていた枢機卿の遺体を連鎖的に思い出してしまった。
「駄目ですね」
ロメオ君がさじを投げた。
「死んだのか?」
「いえ、空腹には薬は効かないので」
「なんだ行き倒れか」
僕たちは少女を荷台の隙間に載せると出口を目指した。