モドキだけどドラゴンでした3
新しい剣は腰に下げただけでも重かった。僕の成長を見越してのことだろうが、僕の方にも身体強化がほしかった。
姉さんが開いたゲートの先は暑い洞窟のなかだった。ここは、姉さんよりずっと以前の、はるか昔の冒険者たちが見つけた安全な狩り場というものらしかった。
「火蜥蜴だ!」
もう条件反射でライフルをぶっ放す。
一度火を吐かれて、火傷しかけたので容赦はしない。
こいつらの炎攻撃は実際は炎攻撃ではない。発火性のある粘液を吐き出すのである。つまり避けてもしばらくは燃えているわけである。
あちこちに吐かれると酔っ払い以上にやっかいな敵なのだ。
姉さんが凍らせてくれれば話は早いのだが、「ドラゴン戦に備えて魔力を温存する」と言って手を貸してくれないのだ。
結界を広めに張れば近づいて来れないので余裕ではあるのだが、とにかく熱い。ただでさえ熱いのに火を吐かれるとなおさら熱い。
冷房だけは姉さんが担当してくれているが、それでも岩肌が焼けているから素手で触ると只では済まない。急には熱が冷めないから触れると火傷するのだ。分かっていれば耐火性の手袋ぐらい用意してきたのだが。着の身着のままで来たものだから散々である。
火蜥蜴は次から次へと現れる。
レベルはどれも二十台。トサカのある真っ赤な蜥蜴で胴体は僕よりでかい。尻尾を入れたら言わずもがなだ。
こいつらはでかいくせして穴を掘る。したがってゲートを目的地から距離のある、安全な一枚岩のなかに作るしかなかったのだが。おかげで暑いなか散々歩かされているわけである。
あいつらは震動で敵の居場所を探知する。しかも餌に恵まれてないから鋭敏に反応する。
こちらから巣に侵入しておいて言うのもなんだが、本当にうざい。熱い。どっか行け!
「もう洞窟壊したい。あいつら生き埋めにしたい」
僕は愚痴を吐いた。
「そんなことしたらこの辺りの蜥蜴という蜥蜴が押し寄せるわよ。羽根の付いてるやつらもね」
想像するだけで暑苦しい。
僕は両手を皿にして水魔法で水を出しながらその水をすすった。
生ぬるい…… こんなところまでイメージが影響するとは……
「そろそろよ」
姉さんが最後の曲がり角に僕を残し、先行して洞窟の先を調べている。
ドラゴンというやつは魔法に敏感で、『魔力探知』を使うことができないらしい。竜狩りの面倒臭さの一旦である。
姉さんが散歩気分でいてくれるからまだ緊張しないでいられるが、もし青ざめていたらとっくに逃げ出しているところだ。
僕はライフルの実弾を抜き、『魔弾』を撃てるように準備しながら、姉さんの帰りを待った。
ドシン! 洞窟が揺れた。
姉が戻ってきた。
「来るわよ!」
僕は結界を張らずに待った。
「洞窟が揺れてるんだけど」
僕の声も震えていた。
「警戒して暴れてるのよ!」
ズシン! 洞窟の遙か先に穴の半分ほどもある大きな顔が現れた。
「でかい…… いや、小さい?」
どうやら身体がでかすぎてこっちまで入って来られないようだ。でもドラゴンってもっと大きいんじゃ?
「ああっと、言い忘れてたわ。あれは、ドラゴンフェイク。名前ぐらいは聞いたことあるわよね。最弱のドラゴンよ。偽物だけどドラゴン種だから舐めないでよね」
「クレーム入れたくなるようなネーミングだな。紛らわしい」
フェイクと言われたら、ドラゴンじゃないと思うだろ、普通。
「歴史上最も多く人を殺めたドラゴンと言われています。名前にだまされて餌食になっちゃった人多かったのね、きっと。名前付けた人地獄に落ちろって感じよね」
楽しそうに言わないでください。
僕は姿をちょっと見ただけで、ビビっている。
「昔、ドラゴンの被害に遭った人たちが集まって検証会議が行われてね。話し合っているとどうにも辻褄が合わなくなって。片や『巨大な山のようだ』、『軍隊が必要だ』と主張し、片や『それは大げさだ、そんなにでかくはない。精々小山だ。優秀な冒険者で事足りる』という具合に全然目撃情報が噛み合わない。それで、すったもんだの末、同族種でありながら小さな方が偽物のレッテルを貼られちゃったわけ。ちなみのそのときドラゴンと呼ばれた種も、現行のドラゴンよりは小さい種だったとか。レベル改訂も過去に三度も行われているわ。ちなみにエンシェント・ドラゴンは百オーバーだから。改訂する奴らも馬鹿馬鹿しくなったんでしょうね」
ふざけたうんちくはどうでもいい。やるのかやらないのか、どうすればいいのか説明してほしい。
「で、どうすんの?」
「ん。やり方は簡単よ。頭を今度伸ばしてきたら、抜けなくしてしまえばいいのよ」
「できるのそんなこと?」
「伊達に『穴熊』と呼ばれてるわけではないわ」
自分で言うか。
「僕は何を?」
「結界を張って見ていて頂戴。ブレスを吐いてくるから気を付けて」
「……」
「姉さん?」
「何かしら?」
「僕はもしかして、火蜥蜴対策要員ですか?」
「敵はレベル七十の大物だ。君にはまだ早い」
「本気?」
姉さんはにたりと笑った。
「ブレスを吐こうと口を開けたら、『魔弾』をありったけ放り込んであげなさい。そうなる前にケリを付けるつもりだけど。それが駄目だったらここまで待避よ。ブレス攻撃に結界が負ける前に絶対に逃げるのよ」
勝負は一瞬か……
それにしても結界が負けるって、『完全なる断絶』が負けるってこと? ブレスって魔素に干渉する何かなのか?
姉さんはその手を壁にかざす。氷の魔法で岩肌を触れられる温度にまで一気に下げる。
膨大な魔力が一気に岩肌に注ぎ込まれた。
姉さんの魔力に触発されたドラゴンフェイクが今度は勢いを付けて洞穴に首を突っ込んできた。
ドスンと尻尾を地面に叩きつけたような振動が伝わってくる。
ズルズルと頭を擦りながら、近づいてくる。
もうすぐ僕たちの前にでかい頭が現われる。
グルルルル喉を鳴らす音がする。洞窟の岩肌をこすりながら嫌な臭いが近づいてくる。
僕は『魔弾』のイメージを固めるが、まだ魔力は込めない。
とうとうヌウッとでかい頭が現れ、でかい黄色い目がこちらを捕らえた。とんでもない金切り声を上げてこちらを牽制してくる。ブレスを吐こうと鎌首をもたげ喉袋を膨らませようとした瞬間、ガクンと頭が天井を向いた。
そしてそのまま動かなくなった。
僕の出番はどうやらなくなったらしい。
姉さんは首を押え付けるのではなく、土のギロチンでドラゴンフェイクの首を挟み込んだのだ。
切断はできなかったが首の骨を折ることには成功したらしい。
「うまくいったわね」
青い顔をした姉は万能薬を飲み干しながら、狭めた土を緩めた。どうやら全力を注いだようだった。
ズルズルと穴の向こうに、胴体の自重に引っ張られて頭が落ちていく。
穴の先には大きな空洞があった。
僕たちの進んできた洞窟は巣に空いた横穴だった。しかもドラゴンが頭をちょうど突っ込みやすい高さにあったのだ。
自然が作り出したドラゴンを仕留めるための仕掛けのようだった。あるいは、遠い昔冒険者が作ったものなのか。
足元には罠にはまり、長い首をだらりと垂らした大きな死骸が転がっていた。
ここを巣にしたのが運の尽きだったようだ。
僕は死骸を伝って下に降りた。
餌になったであろう動物たちの骨が壁と床の隅々に散乱していた。
姉さんはメモを添えた解体屋の名札を貼り付けて遺体を飛ばした。