モドキだけどドラゴンでした2
「何か買ったの?」
僕は尋ねる姉に首を振った。
使用人がバールを持ってきて箱を開けた。
出てきたのは長細いきれいなアタッシュケースだった。つるつるに磨かれた赤と黒のケースが二つ。
「ちょっとこのケース! 棟梁の銘が入ってるわよ!」
黒いケースを見て姉さんが声を上げた。
「ちょっと、どういうことよ!」
ヴァレンティーナ様とふたりで騒ぎ始めた。
黒いケースを横に置いて下の赤いケースを取り出して、ふたりは顔を見合わせた。
「こっちはグリエルモよ」
「長老の一人じゃなかったかしら?」
「ゴリアテ大工房の最高責任者よ」
「どういうことよ」
そのときケースに張り付いていた手紙が床に落ちた。
僕は手紙を拾うと宛名を見た。
「僕とリオナ宛だ……」
姉さんとヴァレンティーナ様が詰め寄ると、ふたりして僕の肩を引っ張り「エルネスト、早く読みなさいよ」とハモった。
ドラゴン退治はどうなったんだよ……
僕は使用人がタイミングよく渡してくれたナイフで渋々手紙の紐を切る。
厚手の三つ折りの手紙を開くとミミズがのたうったようなインク文字が現れた。
「すいません、僕にはドワーフの文字は読めません」
僕はそのまま姉さんに渡した。
「仕様がないわね」
姉さんは受け取ると読み上げた。
「『先日の感謝を込めて、親愛なるふたりの友人に、我らの作りし最高の一振りを送る。大切にされることを切に願う。深い地の底の友人より。ゴリアテ棟梁ライモンド、長老グリエルモ』」
しばらく僕たちは言葉を失った。
執事のハンニバルが咳をして、我に返させてくれた途端、ふたりは僕の襟を掴んで思い切り揺すった。
「エルネスト、お前、今度は何をした!」
僕はヴァレンティーナ様もいたので、例の『リーダーの証』事件のいきさつからドワーフ村で起きたことまでを語って聞かせた。
緊張の面持ちで僕は自分の分の黒光りする棟梁のサイン入りケースを開けた。
なかからは重厚な真っ黒な剣が出てきた。
「凄い……」
それ以外の言葉はなかった。刃の隅々にまで行届いた作り手の思いをひしひしと感じる一品だった。
「アダマンタイト……」
ふたりは剣の素材に驚いているようだった。
すぐさまリオナも呼ばれ、赤いケースを開放させられた。
肉抜き生活で死んだような目をしていたリオナが一瞬で目の輝きを取り戻した。
僕の黒剣同様、リオナの双剣銃も真っ黒だった。
「こっちもアダマンタイト製……」
ドラゴン狩りのことはうやむやになりそうだった。助かった。
「ほら、早く『認識』スキルで見なさいよ」
姉さんが催促するので僕は剣のスペックを覗いた。
『ライモンドの黒剣。両手、片手剣。使用者の魔法攻撃力を攻撃力に添加する』
ここまでは今使っている魔法剣と同じだ。でも割合の表記がない。今使ってる剣は変換率五分だ。異世界で言うところの五パーセントだ。この剣にはその表記がどこにもない?
「まさか損耗なしで魔力を攻撃力に変換するってことなのか?」
僕のつぶやきにヴァレンティーナ様がすぐさま「『認識計』を準備するように」と使用人に命じた。
『認識計』を見て全員が絶句する。リオナは自分の剣と交互に見比べている。
「攻撃力、五百って何?」
ヴァレンティーナ様が姉さんに聞いた。
「防御無視ならドラゴンを二撃で沈められるってことかしらね?」
実際は結界や防御力でほとんど無効化される。ドラゴンを倒すならスキルは必須だ。ドラゴンは兎も角、僕にとっての今後の課題だ。
「わたしの剣だって四百ないのに……」
「あんたの剣も鬼付与だけど、これも半端ないわ」
ヴァレンティーナ様の魔法剣は王家伝来の一振り、その名も『星の剣』 エルフ族と妖精族の合作。白と金色に輝く美しい剣だ。付与は『身体強化と障壁貫通』 この一振りで城壁突破も何のその。対ドラゴン戦用に作られた魔法剣だ。
僕の剣はそういう意味では力業の剣だ。物理攻撃力は高いが素のまま、完全に使い手の魔力に依存する剣だ。
『星の剣』は身体強化があるから攻撃力が四百なくても、実際は七百以上ある計算になる。どちらが優れているかは兎も角、楽できるのは間違いなく『星の剣』だ。
黒剣に問題があるとするなら使い手が僕だということだろう。まさに僕のための剣と言えるだろう。
次はリオナの剣の番である。リオナは双剣銃を『認識計』の上に置いた。
「なんだこりゃあ?」
全員が目を丸くした。
『グリエルモの双剣銃、特殊武器。近接二百五十プラス二百五十。遠距離、通常弾使用時三百。魔力吸収、障壁貫通(魔力依存)、身体強化(魔力依存)』
『星の剣』の劣化版とライフル弾仕様の鬼仕様に加えて、魔力吸収まであるとんでも兵器だった。
障壁貫通と身体強化は使用者の魔力次第なので、一見、リオナが使う分にはたいしたことなさそうだが、わずかでも身体強化されたリオナは恐ろしく速くなるだろう。障壁貫通もほとんどおまけだが、その分はライフル弾の特殊弾頭が補うことになる。
そして何より重要なのが魔力吸収だ。切り刻んだ相手からだけではなく、周囲からも魔力を吸収するものだ。迷宮の光の魔石と同じ原理である。魔力の少ないリオナが欲して止まない機能である。
ドワーフたちがリオナの要望を全て入れたせいでこんなことになったのだろうが、それでもまとめてくる辺り、さすが職人である。
リオナの目がうるうるしていた。
気持ちは分かるぞ。望み通りのものが手に入ったんだ。さぞ嬉しかろう。でもお前、僕から魔力吸い取る気満々だろう?
「エルリン、剣に触ってみて」
ほれみろ。僕は魔石かよ!
あれ? これってもしかして魔石から魔力補充できるんじゃ。僕は懐中電灯の光の魔石を近づけてみた。
「やっぱりドロップアイテムのようにはいかないのか」
魔石から魔力が失われた様子はなかった。
だが、実際は可能であった。ただこのときは満腹状態だったのだ。
作ったドワーフ自身気付いていなかったことだが、魔力吸収と魔力をある程度内包できるアダマンタイトがあれば似た現象を起すことが可能だったのだ。
このことに気付いたのは随分後になってからのことである。
「さあ、目の保養は終わりだ。いくぞ、弟よ」
「どこに?」
姉さんがにっこり笑った。
くそっ、忘れてなかったのか。
「どこか行くですか?」
「あんたは留守番」
「一緒に行くです!」
「だーめ、あんたは今日を乗り切ることに全力を払うのよ」
リオナがしょげた。
新しい武器を試したかったようだが、今日の敵は空飛ぶ蜥蜴だ。僕だって行きたくない。
僕はリオナの頭をポンと叩いて館の転移ゲートに向かった。
「明日お肉祭りしてやるからな」




