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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第一章 マイバイブルは『異世界召喚物語』
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エルーダの迷宮11

 僕は言葉を失った。とっさに剣を薙いだときにはウツボカズランはすでに消えていた。人間が剣を振り回す軌跡よりはるかに高い場所を飛んでいたのだ。投石機カタパルトのように二本の触手を利用して自分の身体を空高くに打ち上げたのだ。

 その跳躍は見る見るうちに距離を稼ぎ、三十メルテ離れた群れのなかに容赦なく落ちた。

 全身に悪寒が走った。

 落下した拍子にそれはバフッと緑色の毒を吐いて転がった。落下地点を中心にドミノ倒しのように、水の波紋のように、ウツボカズランの敵愾心が伝播していく。気味の悪い赤い花冠が振り向いて一斉に僕の姿を捕らえる。

 僕は逃げ出した。無意識にではあったが、それが幸いした。振り向いたときには僕のいた場所には緑色の煙が充満していたのだ。

「何がウザイだよ! あの野郎!」

 ギルド職員に悪態をついた。

 ウツボカズランの動きはそれほど俊敏だった。もっとおっとりしたものだと思っていたのに、それは大きな誤解、あるいはミスリードだった。

 ウツボカズランは信じられない距離を砲弾のような速度で飛んでくるのだ。

 僕は切り払いながら、必死に逃げた。

 それでも奴らを引き離すことはできなかった。通路の先に置いてある荷車をバリケードにして応戦するも、あっという間に周囲が緑色に染まった。水風船のように柔らかく、糸瓜のように軽かったので、一体一体の衝撃はたいしたことはなかった。だがそれらが百体近く高度から高速で一気に押し寄せてくるとなれば話は別だ。

 通路の天井が今以上高くなくて助かった。高ければ簡単に後ろをとられていたはずだから。

 既に借り物の荷車はボロボロになっていた。それでも運がよかったのは積荷が蟹の脚だったことだ。硬い甲羅が荷車を奴らの突進から守っていたのだ。

 身体が重い…… 毒が回ってきたか。

 僕は鞄から解毒薬の瓶を取り出すと、口にくわえて、中身を飲み干した。一気に回復したが、すぐに怠さが、毒気が戻ってくるのを感じた。

 バリケードを越えてくるものを切り裂きながら、二度目の解毒薬を口に含んだ。ガンガンと容赦なく打ちつける衝撃が、バリケードを支える背中に響いてくる。

 僕はじっと自分の手を見る。僕は『魔弾』を作り始めた。それはコイン大よりさらに小さいものだった。指先ぐらいの小さなものだ。

 僕はそれをバリケード越しに投げた。当然、飛距離はないが、威力もない。三メルテほどの位置にたぶん落ちたはずだ。爆風がバリケードを襲った。バリケードごと僕は数メルテ押し戻されたが、どちらも無事である。

 緑色の霧はきれいに四散した。

 僕は深く息を吸い、改めて蟹を仕留めたときと同じ大きさの『魔弾』を作り上げた。

 爆発を免れたウツボカズランが再接近を試みる。

 僕は力を込めて『魔弾』を群れ目掛けて投げた。

 僕は到達点から必死に遠ざかった。タイミングに合わせて床に滑り込むと衝撃と共に爆風が通路にいた何十匹ものウツボカズランを襲った。

 僕はそばの石柱の影に転がり込み、頭を抱えて爆風をやり過ごした。荷車の残骸が石柱にぶつかって柱を砕いた。砕かれた瓦礫が頭上から振ってくる。

 僕はさらに後方へ飛ぶ。

 爆風は洞窟内を蹂躙するように通り過ぎ、やがて引き潮のように収束していった。鍾乳石の欠片がパラパラと天井から振ってくる。もはや美しい景色はそこにはなかった。柔らかい鍾乳石や石筍は砕かれ、木片やら、蟹の甲羅やらが壁に突き刺さっていた。

 僕は残党を討伐すべく、膝を突きながら粉塵の影から現れるウツボカズランを待った。

「あれ?」

 追っ手は来なかった。生き残ったウツボカズランたちは何ごともなかったように跳ねながら巣に戻っていく。

 僕はほっとしながら、その姿を見送った。

「あッ、いけない!」

 やるべきことがあった。剣を杖代わりに起き上がると、アイテムの回収を始めた。惚けている時間はあまりない。花の蜜を求めて飛び回る蜂のように僕は亡骸の間をせわしなく飛び回った。

 ほとんどの亡骸は跡形もなく消し飛んでいた。かろうじて原形を留めている亡骸を探しだしては触手と毒嚢を切り離していった。

 切り離した部位の回収は後回しだ。今は時間が惜しい。切り離しさえすれば回収はゆっくりできるのだ。

 僕は黙々と剣を振るった。蟹に比べれば紙のように柔らかい。作業は滞りなく進み、消失前にほぼ刈取りは終了した。

 触手は丈夫で残骸はそれなりに残っていたが、毒嚢の方は残念ながら七つほどしか回収できなかった。

 亡骸はやがて切り離した部位を残して魔石に変わった。どれも欠損が多くほとんど屑石にしかならなかった。

 七十体ほどを殲滅して、回収できたものは触覚が十七本、毒嚢が七つ、土の魔石(小)が二つ、魔石の欠片が三十四個だけである。失ったものは蟹の脚が二十本弱と荷車、解毒薬が五本である。

 触覚が一本、銀貨五枚で計銀貨八十五枚、毒嚢は報酬分で金貨二十五枚と二個余り、土の魔石(小)が二つで銀貨六枚、屑石には値が付かない。土の魔石は水の魔石と違って使い道がないので安値だし、魔力の蓄積量が百に満たない魔石の欠片は自己消費するしかない。失ったものは蟹の脚が金貨二枚ほどと、解毒薬。自家製だけど買えば五個で銀貨五枚ほどになる。荷車の弁償は大体銀貨五十枚ほどだろうか? 

 僕はアイテムを回収用の鞄に詰め込んでその場をあとにした。


 エルネスト君の一人遊びはもう少し続きます。

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