閑話 剣と金槌 ~ドワーフ緊急臨時会議~
「ではアガタが持ち出した物がなんであるか知らなかったと言うのだな?」
分厚い石のテーブルの周りに一際髭の長い老人たちが七人着席していた。そして一番背もたれの高い椅子に棟梁が座っていた。
「はい、棟梁。まさかそんな物騒な物だったなんて、あっしは知りませんでした」
老人たちに比べ、何もかも一回り小さく見えるドワーフがひとり立ったまま答弁した。
「いつ、誰から、どうやって手に入れた?」
「アレは代々うちにあったものでして、恐らく九代前の、冒険者をやっていた先祖あたりが入手したものではないかと…… あの頃は戦乱期でもありましたし……」
アガタの父、コンティーニ氏は額の汗を拭った。
「お嬢と弟殿の友人たちのおかげで穏便に済んだが。分かっておるのか? 死罪じゃぞ、死罪」
「全くもって面目次第もございません!」
マッチョな体格に着飾った衣装はまったく似合っていなかった。蝋で固めた髭も汗であちこち跳ねていた。
「まさか『リーダーの証』がこの村にあったとはな……」
黙って聞いていた山高帽をかぶった長老のひとりが言った。
「なんじゃそら? わしゃ知らんぞ」
その隣の一番高齢の長老が言った。
「説明聞いとらんかったんかい、わしらの言う『オーガの記章』じゃよ」
「そりゃ大変だ! なんでそんなもん、アガタが持っておった! 一族存亡の危機じゃぞ」
「だからそう言っとるだろうが! 寝とったんかい、あんたは。さっきから何を聞いておったんじゃ」
「もうろくしたらその席は次のもんに譲らんと。いつまでも執着しとったら村のためにならんぞ」
「なんじゃと! 頭はもうろくしとらんぞ。耳が悪いだけじゃ」
コンコンコン!
木槌が叩かれた。
「静粛に!」
「とりあえずモノは村が保管する。よいな? それとこのことは一切他言無用だ。娘の処遇はこちらで決定する。以上だ、行ってよし」
コンティーニ氏はおずおずと引き下がり物陰に入ると、大きな溜め息をついて会議室を後にした。
その後、アガタの処遇は人族の決定に従って不問になった。
すぐさま身元引受人がエルーダに旅立った。
「勝ち気な娘と思うておったが…… なかなかやりおるわい」
棟梁が言った。
「村を出て鍛冶屋になりたいとはな」
山高帽のドワーフが呆れた。
「子供が跡を継ぐ。嬉しい限りじゃが…… 村では受け入れてやれん話じゃ」
高齢のドワーフが座席に沈み込む。
「鍛冶場に女は厳禁じゃからの」
白髪のドワーフが言った。
「外に出すのは止むを得んかの。可愛そうじゃが、ここにいても不幸になるだけじゃ」
棟梁はそう言い、一同は賛同した。
やがてアガタの身は一通の手紙と共にスプレコーンのレジーナ宛に送られることになる。
スプレコーンにアガタの工房が誕生するのは、それから半年後のことである。
「次の議題じゃ。最下層で落盤事故が起きた。幸い大事には至らなかったが、いくつか問題が起きた。既に聞き及んでおろうが、皆の意見を聞こう」
「ほっほっほっ、喜ばしいことじゃ。生きとる間にアダマンタイトの鉱脈を見つけられるとはの。ドワーフの歴史に名を残すことができる」
高齢のドワーフが自分の口に入った髭を排除しようと手を口元まで運んで動かなくなった。
舌でなんとかなったようだ。
「だが、そのせいで地盤が悪くなっている。おまけに空洞まで。掘り進めるには時間が必要だ」
「その空洞の原因はなんじゃ? マグマ溜まりか? 地下水脈の跡か?」
採掘の責任者をしている一番汚れた浅黒いドワーフが言った。
「この辺りは死火山しかないじゃろ。標高から行ってマグマ溜まりの可能性は少ないの。地層もまだそこまで硬くないしの」
白髪のドワーフが言った。
「調査をするにも地盤が脆すぎる。鉱区全体に被害が出る可能性もある」
「嬢ちゃんに調査だけでも頼むというのはどうじゃ?」
山高帽が言った。
「気が引けるのぉ」
最年長が言った。
「お嬢はわしらの仲間じゃぞ」
「調査だけならよいでしょ。目星が付けば我らで対処できる」
紅一点の女ドワーフが言った。
「では採決をとるぞ」
満場一致でレジーナに調査の依頼をすることになった。
「さて、最後の議題だが…… 落盤事故においてわしらは外部の者に助けられた。その者たちに礼をしようと思うのだが…… わしはとびきりの一本を作ってやろうかと思っておる」
長老たちがざわついた。
「棟梁自らが打つのか?」
山高帽が言った。
「ボアに打たせたらどうじゃ、助けられたのはあやつじゃし」
浅黒いドワーフがテーブルに身を乗り出した。
「助けられたのはあの日最下層にいた者全員だ。あやつらわしらを助けただけじゃなく、万能薬や回復薬を惜しげもなく我らに遣いおった」
「裏があるのでは? 後で請求など来やしませんか? 代わりに武器を打てとか」
女ドワーフが言った。
「こちらから断ると自分の作った薬だからお代は結構と抜かしよった」
「自分で作った? 名のある薬師か何かで?」
それまで黙っていたインテリ風のドワーフが割り込んだ。
「子供と聞いておりましたが」
「あの日はお嬢の弟が尋ねてきていたのではないですかな」
浅黒が言った。
「なんと!」
インテリが驚いた。
「もうひとりはグリエルモ、お前たちが作った双剣の持ち主じゃ。年端もいかん娘っ子じゃったが、血の半分は恐らく獅子族じゃろうよ」
「!」
インテリは獅子族と聞いて驚いた。名をグリエルモと言った。商品開発部の責任者である。
「なんとまあ……」
「そのふたりがアガタの件を知らせに来てくれたんじゃよ」
「大恩人というわけですな……」
「そういや十五層の連中がふたりと会話したと言っておったな。トロッコを使わせたのもそこの班長だったらしい」
浅黒が部下の発言を思い出した。
「話を聞こうかの」
棟梁が姿勢を正した。
しばらくすると呼ばれた班長が着の身着のままの格好で現れた。
「武器談義をしたというのか? これはしたり!」
インテリがテーブルを叩いた。
「はい。少年は剣と、例のライフル銃を携帯しておりました。娘の方は――」
「そっちは分かっておる。我らが作った物だからな」
班長は恐縮した。
「少年の使っていた剣はしっかり見たのか?」
女ドワーフが尋ねた。
「はい、珍しい物でしたので、年甲斐もなく講釈など垂れてしまいまして」
「して、どのような?」
「エルフの古い剣に似せて作られた剣に、後から付与を施した安物かと。付与されている術式は『魔法攻撃力を攻撃力に添加する』もの、こちらはエルフの古代中期の文字で珍しい術式でした。刃は先端から半分ほどした――」
班長は思い出せる限り詳しく語った。
「お嬢の弟と聞いたが、たいしたことないの。そんな粗悪品を使っているようでは」
「ですが同行の娘が言うにはゴーレムをチーズのように切り裂いたとか。それにこれは噂ですが…… ミコーレの将軍を倒したのはあの少年だとか」
「剣の腕など関係ない。わしはあの小僧と獅子族の娘に打ってやりたいんじゃよ。ムアのことを友人のように真に気遣ってくれた。あの性根に惚れたんじゃ。わしは腕が錆びつかんうちに最高の一本をあやつらのために打ちたいんじゃ」
「だったら、娘の双剣は我らに打たせて貰えんか? 娘の剣は特殊故、一度携わった我らの工房が携わるのが筋ではないか?」
「じゃが……」
「一刀に集中た方がよい物ができるかもしれませんよ。棟梁」
女ドワーフが口を挟んだ。
「あい分かった。それほどいうなら一振りは任せよう」
「任せておけ。棟梁に引けを取らんものを、我らゴリアテの大工房の名にかけて作り上げてみせるわ」
「これは楽しくなりましたな」
「まったくだ」
女ドワーフを始め、皆笑った。
高齢のドワーフだけがうとうとしていたようで、笑い声に飛び起きた。
かくしてエルネストとリオナの剣が当人のあずかり知らないところで作られることになった。
アダマンタイトの黒剣と双剣銃。制作者の名を取って『ライモンドの黒剣』と『グリエルモの双剣銃』と呼ばれることになる。
ふたりが生涯を共にする名剣の誕生である。
そしてその剣を生涯手入れし続けたのはアガタ工房の女主人、アガタ・コンティーニ、やがて当代随一と謳われるドワーフの女鍛冶師である。