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マイバイブルは『異世界召喚物語』  作者: ポモドーロ
第四章 避暑地は地下迷宮
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閑話 悪党に明日はない

 式典会場の貴賓席には、少なからず領主クラスの重鎮たちが訪れていた。

 領土内の身内のイベントなので、本来来るはずのない人たちであったが、アールハイト王国第二王女と親睦を深めたいと望む者たちにとって数少ない点数稼ぎの場であった。

 この地が発展してもっとも恩恵を受けるであろうアルガスからは次期領主が出席した。まだ十歳にも満たない少年だったが、ユニコーン見たさにやって来たらしい。

「ポータルを一つ潜ることさえ億劫とは……」

 アルガス領主の腰の重さには来賓客さえ呆れた。

 隣国ミコーレ公国からは諸事情によりジョルジュ・ブランジェ皇太子本人から祝電だけが送られてきた。

 なかでも変わり種はやはり領土を山間部で接するヴィオネッティー家の面々である。

 特に災害指定を受けている嫡子アンドレアが公式の場に姿を現すのは異例のことであった。

 もう一つは王国の北部辺境を収めるワーレンドット家の当主ワーレンハイト伯爵だった。

 近隣視察の折、たまたま立ち寄ったらしいのだが、アルガスもヴィオネッティーも知らぬ事であった。

 ワーレンハイト候はとかく曰く付きの人物であった。

 痩せぎすで知性派。だが剣の腕もそこそこで、太刀筋は陰険というのが対戦した者の共通の感想であった。その目は深く窪み、灰色の瞳は淀んでいた。


 アールハイト王国の北には海洋国家ラーダがある。ラーダは奴隷制度容認の国家であった。

 ワーレンドット家の所領は彼の国と接しており、奴隷商の窓口になっているのではないかと昔から噂されていた。

 今朝方騒ぎを起した『魔獣ハンター協会』と、彼の繋がりを考えない者はいなかった。だが、灰色を罰することは誰にもできなかった。

 そんななか『魔獣ハンター協会』が投獄された仲間を救出すべくさらなる動きを見せた。

 そんなときの出来事である。


「今回ばかりはやり過ぎましたな。あのいかれた奴隷商人共は。こそこそやっておればいいものを。もはや無事にこの地を出ることは叶わんでしょう」

 当然『魔獣ハンター協会』のことである。

「何を根拠に。『魔獣ハンター協会』は魔獣討伐を責務とする健全な政府組織ですぞ」

「ならば物騒な檻など必要ありますまい? 魔物ではなく獣人の子供が入っていることの方が多いとか」

「なんと下世話な! ふざけた言いがかりだ」

「まあ、もうすぐ証拠が手に入りますよ。捕らえたゴロツキ共を拘束しておりますからな。いずれ何もかも吐かせることができるでしょう」

「どうせ『魔獣ハンター協会』を騙ったただの盗人でしょう。期待するだけ無駄というものですよ」

 ヴィオネッティーの当主アレッサンドロ伯爵とワーレンハイト伯爵は貴賓席で小さな鍔迫り合いをしていた。

 アレッサンドロにとって『魔獣ハンター協会』はかつて自領で悪行三昧を働いた許しがたい存在である。領土内の組織は全力を持って崩壊まで追い込んでやったのだが、黒幕には逃げられていた。

 痕跡はワーレンドットの所領で消えていた。

 故に今回は千載一遇のチャンスであった。

「今回は蜥蜴の尻尾切りにはなりますまい。何せ『ヴァンデルフの魔女』がおりますからな。どんな拷問が待っておりますことやら。百度殺して百度生き返らせるぐらいやってのけそうですからな。きっと賊も舌なめらかにいろいろ話してくれることでしょうな」

 自分の娘にひどい言い草である。

 アレッサンドロは豪快に笑った。


 一方、ワーレンハイトは内心焦っていた。

 領地の開発を第二王女の道楽程度に考えていた彼は完全に状況を見誤っていた。

「ちょうどいい隠れ家が労せず手に入る」と勇んで頭目自らやって来たまではよかった。

 この地を押さえれば、さらに南から奴隷を運び込める。ヴィオネッティーのせいで頓挫した計画を再開することができる。そう思った矢先の出来事だった。

 偵察に出したはずの先発隊が全員拘束されてしまったのだ。それも呆れるほどあっさりと。

 ワーレンハイトがポータルを乗り継ぎ、町に着いたときには既に手遅れだった。

 斥候が功を焦ったのが運の尽きであった。偵察だけにしておけばよかったものを、国宝級の生きたお宝に目がくらんだのだ。

 しかも、聞けば白馬と間違ったという。

 救いようのない馬鹿どものために自分の身が窮地に陥っているのだ。

 ワーレンハイトは顔を赤らめ、やっとの思いで怒りを押し殺していた。

 一刻も早く助け出さなければ、いや、口を封じなければなるまい。

 伯爵は宿敵の高笑いを余所に冷静さを取り繕うのに必死であった。最悪の展開だった。

 天敵と言えるヴィオネッティー家の一族が四人も町に滞在している。かつて『魔獣ハンター協会』を南部から葬った当主とその妻『災害認定』の長男と『ヴァンデルフの魔女』と呼ばれる長女までもが一堂に会していたのだ。

 冷静になろうとすればするほど、冷静さは頭のなかから消えていった。


 五人目の存在が抜け落ちていたのは、このときのワーレンハイトにとってどうでもいい些末な対象だったからだ。冒険者の道を選択したときから、伯爵にとって五人目は警戒すべき対象ではなくなっていたのだ。

 だが最悪の状況を作る切っ掛けになったのはまさに五人目の運であったことを彼は知らない。

 エルネストがあのとき剣の鞘に手を掛けなければ、ナイフを投げつけられなければ、斥候たちに逃げおおせるチャンスは多少あったかも知れないのだ。少なくとも生きたまま捕まるという不甲斐ない結果にはならなかっただろう。ヴィオネッティーや酔った獣人たち、リオナに『草風』の介入はなかったかも知れないのだ。


 兄アンドレアが弟エルネストを城の外に出したのには理由があった。

 敵の間者に正体を暴かせないためである。

 敵も馬鹿ではない。弱い所から攻めるのが戦いの定石だと知っている。

 現状、王女側にとってもヴィオネッティー側にとっても最大の弱点、それはまさに彼である。

 彼が敵の手に落ちれば、形勢はあっという間に逆転する。

 また奴隷商人たちを逃がすことにもなりかねないのだ。

 報復に対応できるだけの強さがまだ弟にはないと兄は感じていた。

 力は既に持っている。第二王女という後ろ盾もユニコーンと獣人という強力な仲間も彼の大いなる力の一片である。だがその力を使うことを彼は是としないだろうと兄には分かっていた。

 敵を倒すことにためらいはないだろう。ヴィオネッティーの過酷な地で手加減することの意味を嫌というほど味わってきたはずだから。だが、味方を盾にすることは弟にはできない。

 指揮官ならば、それは甘さと呼ばれるものだ。

 だから遠ざけるのだ。今は。

 いずれ知るだろう。

 だがそれは今ではない。



 長老たちは群衆に紛れている敵を特定していった。

 捕まえた獣人たちと同じ下衆な匂いを辿ればいいだけだ。

「多いですな。見ただけで三十人はおりますぞ」

「行き先は分かっている。泳がせておいてくれ。住民に被害を与えるようなら偶然を装って助けに入ろう」

 アンドレアは席を立ち、壇上から下りて貴賓たちと談笑する王女の元に向かった。

 妹の姿は既になかった。


「食べますか?」

 アンドレアは王女に干し肉を差し出した。

「この後、晩餐会を予定してるのよ」

「お祭りには参加されないので?」

「この格好じゃ、様にならないから」

「久しぶりに見たかったのですが、あなたの剣舞を」

「代わりに踊る者がおりますから」

 ドンッ、城の方で何かが崩れる音がする。

 ヴァレンティーナは涼しい顔で居城を見上げる。

「ほら、早速」

 

「なんだ?」

 館に忍び込もうとしていた男たちが前方に立ち上る煙を見た。

 城の壁が破壊されていた。

 鐘楼側の館の地下にあった牢屋の入り口からはもくもくと煙が上がっていた。

「どこの馬鹿だ! 先走りやがってぇ!」

 部隊長の赤毛の男が叫んだ。

「扉を爆破した! 味方の回収を急げ!」

 煙の充満した倒壊現場に別の部隊の奴らが先んじていた。

「段取りが違うぞ! 貴様ら、何をやっているんだ? 計画が台無しだ!」

「待ち伏せにあったんだ! こっちの動きがバレてるんだよ! チマチマやってたんじゃ、俺たちまで囲まれちまう!」

 見渡すと普段より多かろうと思える人数の警備兵が瓦礫の下敷きになっていた。

「おい、貴様らそこで何やってる!」

 煙の隙間から騒ぎを聞きつけた警備兵がやって来る。

 投げナイフがのど元に突き刺さり、警備兵はその場に崩れた。

「俺たちが敵を防いでいる間に急げ! 時間がないぞ!」

 赤毛を先頭に十人ほどの男たちが破壊された扉から階段を下り、牢屋に飛び込んだ。

「おーい、おまえら生きてるか!」

 赤毛は埃で視界不良のなかで声を上げた。

 すると捕まっていた仲間たちが騒ぎ始めた。

「おお、助けにきてくれたか! ゴホゴホ」

 囚人は咳き込んだ。

「早くだしてくれよ!」

「出してくれ! こんな辛気臭い所から早く、ゲホゲホ」

 赤毛たちは錠前を破壊しながら、手枷足枷をされた囚人に近づいた。

 その手に一瞬きらりと光るものが。

「頭目の命令だ。『どうせ馬鹿は足手まといだ、消せ』とよ」

 囚人たちの目は見開かれた。



 囚人たちの口封じに成功した赤毛たちは牢屋を出て、東の門に向かうべく駆け出した。

 入り口で防戦していた仲間たちが合流する。

「おい、助けた連中はどうした?」

 入り口で別れた男が合流して来て言った。

「いなかった。お前の言った通り、俺たちを誘い込む罠だったんだ」

 一団は穴の空いた城壁を潜ると資材置き場を抜けて街道を東に進んだ。

 仲間たちが警備兵と戦っていた。そして最後のひとりを仕留めたところだった。

「東門は押えた! 早くしろ!」

 仲間の誰かが叫んだ。

「おい、頭目はどうするんだ?」

 男が赤毛に尋ねた。

「大丈夫だ。東の洞窟で合流する手はずになってる」

 男はそう叫ぶと東門を潜った。

「ここから近いのか?」

「川の支流を下ればすぐだ。この町の奴らはまだ誰も――」


 赤毛は固まった。後続も皆立ち止まり言葉を失った。


「謀ったな……」


 人が通れる程度の幅に開いた門の周りを騎士団がぐるりと囲んでいた。

 振り返ると、さっきまで殺し合っていたはずの仲間と警備兵の死体が揃って剣先を男たちに向けていた。


「詳しいことは牢屋で聞かせて貰おうか?」



 牢屋にいた囚人たちは見捨てられたと知るや挙って秘密を暴露する側に回った。

 彼らは猿ぐつわをされ、牢屋のチェストのなかに押し込められていたのだ。そこでレジーナが作り出した自分たちの幻に襲いかかる同胞の姿を見せられていたのだった。

 赤毛とその一団は玉砕した。フルプレート、盾装備の騎士団相手に短刀一本で斬りかかったのだ。

 町に潜んで逮捕を免れていた者も獣人たちのおかげで容易く発見され拘束された。

 ワーレンドット伯爵は合流ポイントの洞窟であえなく逮捕された。


 数日後、ワーレンドット伯爵以下、子飼いの貴族数名が不慮の事故で亡くなったという知らせが国中を駆け巡った。


 ヴァレンティーナ・カヴァリーニ以下、十四の領主は連名で『魔獣ハンター協会』を告発し、頭目亡き残党とその協力者に対し、永久指名手配を行った。



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