踊る世界(ビフレスト)13
翌日、満を持して僕たちは王都のミズガルズ行きのゲートに向かった。
ポータルの行き先から王都を選んで、分岐した名簿欄から『ミズガルズ』を選択した。
出た先は結構広い待合室だった。その先に幾つか小部屋があり、僕たちはその一つに通された。
そこでパスを提示すると男女に分かれて、荷物と身体のチェックが行なわれた。予備の物資や要塞建築用の資材などを『楽園』に放り込んでおいたから、手荷物の少なさに却って「これだけですか?」と聞き返されてしまった。
怪しまれないように今日はみんな手弁当であった。リュックの底に収めていたが、帰ったときにはリュックの中身も浄化するから残さず食べておいた方がいいと言われた。
行きは軽く済んだが、戻ったときの荷物検査はもう少し厳重になると予め警告された。
『楽園』に放り込む物があったら、仕舞い込む前に浄化した方がいいかもしれないな。
ゲートは並んだ小部屋の奥にあり、手動でのみ稼働するよう設定されていた。
昨日の兄さんの技術が反映されているはずもなく、ゲートにはひとりずつ飛び込むことになった。両手一杯に荷物を持った橙色の服を着た連中がゲートの順番待ちをしていた。物資をあちら側に運んでいる運搬人らしい。
僕たちは守秘義務等の説明を受けた後、彼等を差し置いてゲートの前に並ばされた。
「ではお気を付けて」
呆気ないものだった。
普通にゲートを潜り、普通にゲートから出てきた。
「ここであってるの?」
「空気が違うのです……」
僕達は見るからに分厚い壁に覆われたような広い石の部屋に通された。橙色の連中は黙々と別室に向かっていた。
後に付いていけばいいのか? 一歩を踏み出そうとしたとき、呼び止められた。
「ようこそ、ミズガルズへ」
見たことのある顔がいた。
「ヤマダ・タロウ……」
「久しぶり。君たちならもっと早く来ると思ってたんだけどね」
「やることがいろいろあってね」
「お前こそ何をしている?」
アイシャさんが言った。
「君たちには説明がいると思ってね」
「なんの?」
「我々がセキュリティーを施したことは知ってるね?」
「そのせいで半年間の入場制限だろ?」
「そう。そしてその原因があれだ」
目の前にあったのは僕達には見慣れたものだった。それはもう何度見たか分からない。
「脱出ゲート!」
「ご名答!」
言葉がなかった。僕達は全員棒立ちになった。
「魔力のない世界に魔力を少しでも増やして行くための手段がこれだ。異世界流に言うならばテラフォーミングというやつだな。地下五十階層、レベル的にはエルーダと変らない」
「半年間の入場制限って……」
「現在、教会の手によって迷宮の建設作業が急ピッチで進められている」
「新しく発見された迷宮って…… ここのことだったの?」
「たぶん、そうだろうね」
「じゃあ、この脱出ゲートから外に出られるわけだ」
「出られるには出られるが、それは余りお薦めできない」
「なぜ?」
「外に出てしまったら、いつものルールで君たちは迷宮を一層ずつ攻略していかなければいけなくなる」
「まさか、ここって最深部?」
「セキュリティーを考えるならそういうことになるな。それにいずれこの世界にも人が誕生するとなればいきなり最深部から迷宮攻略を始めさせるのは酷というものだろう?」
「つまり、一度外に出てしまったら迷宮の最深部を突破しないと元の世界には戻れない仕組みになっているのか?」
「君たちがエルーダ攻略に掛けた日数分は掛かると見ていいだろうね。それに建設途中であるからまだ途中までしか開通してないんだよ。迷宮を造る前なら地上を拝めたのにね」
「えーっ!」
「でも僕たちもそこまで鬼じゃない。脱出ゲートを双方向に設定することにした」
「というと?」
「逆進性を追加した。認識としては最深部をゲート広場とした感じだ。迷宮を下るのではなく、上っていくと解釈するといいだろう」
僕たちは返す言葉がなかった。
「それに朗報だ。後になる程敵が弱くなっていく」
五十層から一層に戻る感じになるわけだから当然だろう。
「取り敢えず日帰り装備でいいだろうと言ったのはそういうことか!」
「君たちの腕なら先行する教会に追いつくのも容易かろうが、気を付けてくれたまえ。こちらの世界では魔力は有限だということを。できれば魔力に優れた君たちには身の内の魔法をギリギリまで使い切って貰いたいところだが、無理は言うまい」
「矛盾してるのです」
「エルーダのように、それが当たり前になる時代が来ることを願っているよ」
「さあ、あれがミズガルズ迷宮地下五十層への扉だ」
それはいつもの転移部屋へと続く階段とその先の扉だった。
「そうそう、既に潜った連中から預かった迷宮内の資料だ。教会が用意した物が大半だが、こなれていくにしたがって魔物たちの縄張りも変化していくから安定するまで注意が必要だ。それとランダムな罠には気を付けたまえよ。では健闘を祈る!」
帰り掛けて立ち止まった。
「僕もそろそろ行かなくちゃ」
それはまるで別人の声だった。
「ようやく約束を果たせそうだよ。ありがとう、エルネスト。みんな。また会おう」
ヤマダ・タロウが虚空に消えた。
ヤマダ・タロウの魂がまるで故郷に戻っていくかのようだった。
『異世界召喚物語』に幾度も出てくる故郷の描写、ニホンというサクラの咲くきれいな場所がこの世界にきっとある。
ヤマダ・タロウの魂とその友人は僕たちより一足早く故郷を捜す旅に出かけたのかもしれない。
「とんだ肩透かしだ」
期待してきたというのに……
「当分は、日帰りだな」
「楽しみは取っておくのです」
半年後、新世界が一般公開された。
ビフレスト迷宮と名付けられた新しい迷宮のゲート広場が、上級冒険者たちの手を借りて降り立った人たちの姿で溢れ返っていた。
「これが……新世界!」
頭上には目に見えない要塞が浮かび、真っ青な空がどこまでも広がっていた。
迷宮が置かれた場所はオアシスの畔だったようで水もあり、土の魔石を大量投入することで砂漠の緑地化も冬を越せる分の薪が拾える程度には進んでいた。
外壁だけがやたらと頑強な小さな村ができあがっていた。
人々は祝い、飲んで歌ってはしゃぎ回った。
広場にまだまだ人が溢れてくる。
小さな町工房で中型艇を建造するトンカチやのこぎりの音が町の城壁に木霊する。
壁には『ビアンコ商会』の看板が。
そして城門には二体のタイタンが控えていた。
町の名は『ビフレスト』虹の架け橋、迷宮と同じ名だ。
「移民が入ってくるのっていつでしたっけ?」
「来月だね」
「それまでに周囲の探索もう少ししておかないと」
「もう砂漠ばかりで嫌になるわね」
「でも少しずつ山や谷や森が見つかってきているし」
「そうじゃな、今日はあっちに飛んでみるか」
「敵がいないだけでも御の字じゃ。それに何もなくても地図作りの報酬は出るからの」
「遭遇したタロスって?」
「東に五日進んだ連中が発見したって」
『発進準備完了!』
「じゃ、行くとするか」
「留守番お願いなのです」
「ナーナー」
『お任せ下さい』
防衛機能付きの人型サイズのゴーレム兵が敬礼する。
「もうちょっと愛想があればいいんだけどね」
「及第点だよ。彼等のおかげでこうして気楽に要塞を空にできるんだから」
「我らの要塞はそう簡単に落ちはせんぞ。かっかっかっ」
「そもそも大き過ぎるのよ」
「飛空艇が置けるように考えたらこのサイズになった」
「何隻置くつもりじゃ?」
「面目ない」
『出発するよ』
「ああ頼む」
『零番艇、南南西に向けて発進!』
オクタヴィアが僕の頬を肉球で叩いた。
「いた! 敵!」
『兄ちゃん、何か飛んでるよ』
「タロス、ドラゴンタイプ! 数、一!」
『やった、獲物だ!』
「酒宴の肴にしてやるのです!」
「ようし! 全員、戦闘配備! 地上にも通信送れ!」
僕たちの冒険はまだまだ終わらない。
終わらないと言いつつ、これにて取り敢えず区切りとさせていただきます。
今後はずっとできなかった推敲をやりつつ、次の作品を用意したく思います。
続編を書くかも知れませんが、毎日の更新はこれまでです。完結ボタンも取り敢えず保留です。
長い間、お付き合い下さり、ありがとうございました。
次回作にご期待下さい。 byポモドーロ
m(_ _)m
続編はこちら
デッド・ラインズ・プライマー(DLP)
http://ncode.syosetu.com/n4163du
追記(2019/2/25):
推敲をしても更新扱いにならないので放置していると扱われて久しく、
ばつが悪いので区切りを付けることに。
物語の続きは続編にて、ということでm(_ _)m




