始まりの日(閉幕と傷跡)6
「なんで、また秘密なんだよ!」
僕は猛烈に抗議した。
「エルリンにバラしたら、敵にもバレるのです!」
リオナがすぐに反論した。
「エルリンは芝居できんからな」
兄さんもリオナの味方をした。
「それくらい――」
「相手は手練れの獣人だぞ。耳も鼻も人族の比じゃない。緊張すれば、発汗もするし、呼吸も速くなるし、心拍も上がるだろう。挙動不審ですぐに気付かれてしまうだろうさ。獣人と対するときはそれなりの訓練と慣れが必要なんだよ」
「消音魔法が――」
「こんな場所で使ったら、なおさら怪しまれるだろ」
「うぐっ」
ぐうの音も出ない。
「敵は今朝方騒動を起した『魔獣ハンター協会』だろう。随分と大所帯で来ていたからな」
「知ってたの?」
「以前うちの領地でも似たような真似をしてくれたことがあってね。経験則からあの程度の規模で単独行動はないと思ったんだよ。わたしが見つけたのはたまたまだ。長老たちは気付いていたみたいだがね」
「まあ、そう落ち込みなさんな。おかげで先手は打てた」
トビ爺さんが言った。
「みんなも知ってたわけ?」
獣人のみんなが頷いた。
「あいつら、うちらをただの流民か、流れ者の集まりとでも勘違いしてたんだべさ。商売柄そういう輩としかつるんで来なかったんだべな」
「んだども生憎ここにおるんは元三村の者ばかりだぁ。しかもここんとこさ、ずっと一緒に暮らしておったっぺよ。よそ者が紛れたらば、すぐ分かっちまうべさ」
ホッケ婆ちゃんとポンテ婆ちゃんが嬉々として解説してくれた。老人会の出し物じゃないんだけどな。
ていうか僕が方言を理解できることを前提に話さないでほしい。
「子供たちも?」
子供たちがにやにやしながら干し肉をかじった。
「あっ! もしかして干し肉も?」
「相手が獣人ならこちらのことも嗅ぎ分けられるじゃろ? 皆同族と知れば自分の失敗に気付くじゃろ。だから香辛料を効かせて邪魔してやったんじゃ。女たちも皆思い思いの匂い袋を持参しておるぞ」
女性陣が小さな匂い袋を僕に見えるように振った。
全然気付かなかった……
壇上を見るとユキジさんがみんなに僕たちの会話をリークして笑っている。
老人のくせに耳がいいにも程がある。
「で? これからどうするわけ? 外の騒ぎは放っておいていいの?」
「混乱している間に今朝方捕まった奴らを助ける算段だったんだろうが見ての通りだ。あわよくばとユニコーンも狙ってたんだろうが、実物を見て戦意を喪失したようだ」
兄さんが呆れ笑いをした。
「騒ぎすら起きんかったの」
トビ爺さんが噛みちぎれない干し肉を舐めていた。
「じゃあ、外の連中は?」
「陽動だろうな。手の内がバレていては道化にしか見えないが。追々、この町の軽装部隊が殲滅するだろうさ」
そういえは緑色と黒の部隊がいない。いつの間に……
「とりあえずお前がやることは『ケルベロスもどき』を倒してくることだな。『ケルベロス』ならユニコーンの出番だが、もどきではな。軽装部隊で対処できないことはないが、被害は少ない方がいい。でかいのが橋を塞いでもいるから援軍もやれんしな。早くした方がいいぞ」
言われてみると確かに北の石橋に何か大きなシルエットが見えた。
「巨人?」
ゴーレムか?
「こっちなのです」
リオナが僕の手を引いた。
「ち、ちょっとリオナ!」
「こっちは任せておけ。けりは付けといてやるよ」
まだ何かあるのか?
僕はリオナに引っ張られながら、城門を目指した。
北の大門の先では案の定、戦闘が起きていた。
石橋の攻防戦である。
一際でかい奴が群衆のなかにそびえ立っていた。それは鎖に繋がれた一つ目のサイクロプスだった。
『サイクロプス レベル二十七 オス』
守備隊は槍部隊を前面に押し出し、ライフル部隊で応戦していた。
「敵にも魔法使いがいるんだ」
オズローがこっちを見つけてやって来た。
「後ろから『ケルベロスもどき』が来るぞ。槍部隊が危ない」
城壁の上からの攻撃でケルベロスもどきたちは立ち往生しているが、時間の問題だろう。
「魔法使いはどこだ?」
「森のなかだ。匂いはあるが隠れていて攻撃できない」
オズローは大まかな方角を示した。
「こちらの魔法使いは?」
姉さんはこっちに来られないのか?
「遅くなりました!」
ロメオ君だった。
「姉さんは?」
「他にやることがあるみたい」
ロメオ君が服の袖をたくし上げる。
「あの森に魔法使いが潜んでるんだけど、そいつが結界を展開させてるんだ。なんとかできないかな?」
僕は橋の上のサイクロプスを魔法使いが結界で守っていると説明した。
「火でも付けないと無理ですね。それよりアレやっちゃった方が早いですよ」
そう言うとサイクロプスを指差した。
「やれますよ。エルネストさんなら」
そう言ってる矢先、サイクロプスは石橋の欄干をへし折って、群衆のど真ん中に投擲してきた。
僕は咄嗟に『完全なる断絶』を展開させた。
以前より力がスムーズに開放できた。威力も増している。
軽々と残骸を弾いた。
反動も少ない……
周りの兵士たちが不思議そうに僕を見た。
今更隠しても仕方ないか。
「真っ正面からやるか」
リオナとオズロー、ロメオ君が頷いた。
「『ケルベロスもどき』が控えている。突破できても陣形を崩さないように」
僕はオズローの上司に言った。
僕は結界の範囲を広げながら巨人に接近していく。オズローとリオナは先陣を切り、ロメオ君は姿を見せない魔法使いから僕を守るように横に貼り付いてくれている。
槍部隊が異常に気付き、僕の結界のなかに一時待避しつつ、歩調を合わせて前進する。
やがて敵の結界と接触した。
僕の結界は敵のものを凌駕した。
術師の立ち位置が力の差になって表れる。射程が遠くなるほど威力が落ちるのはどの魔法も一緒だ。僕の場合、それ以前の話もあるけれど。
サイクロプスの身体の正面は今や無防備である。
サイクロプスはそのことに気付くことなく、拳を振り上げる。
ロメオ君の魔法が一つ目の顔面に炸裂する。
それは結界がなくなったことを意味していた。
周りの兵たちが歓声を上げた。
振り下ろされた拳をオズローが弾き返し、返す剣で胴を薙いだ。リオナはその隙に反対側に回り込みサイクロプスの足の甲に向けて銃弾を叩き込んだ。
いくつもの銃弾と槍が巨人を貫いた。
サイクロプスはゆっくりと崩れ落ちるように倒れた。
一瞬、橋が落ちるかと思った。震動が足元を通り過ぎた。
僕たちは死体を跨ぎながら前進する。
三つの頭を持った『ケルベロスもどき』が三匹、鎖から放たれ嬉々として、前方と左右から接近してくる。
『ケルベロスもどき レベル二十六 オス』
城壁の警備兵が右から接近する『ケルベロスもどき』を仕留めた。
骸は勢いよく転がって堀のなかに落ちた。
左から来た『ケルベロスもどき』へのこちらからの攻撃は魔法使いの結界でことごとく阻まれた。
「またか」と兵士たちは苦虫を噛んだ。
だがその勇姿は突然、視界から消えた。
僕が進路に落とし穴を掘ったのだ。
『ケルベロスもどき』は穴の壁面に頭から突っ込んで動かなくなった。
三つも頭があるのだからどれかしら助かっていそうなものだが、運がなかった。
残るは正面からの一匹であるが、森のなかに既に展開していた狙撃部隊の伏兵に始末された。
兵たちはいくつもの組に分かれて火元を目指した。
僕とロメオ君は二手に分かれて消火活動に向かった。
ロメオ君はオズローの部隊と同行した。
僕とリオナにはなぜか母さんが同行した。
「母さん、僕たちは大丈夫だから町で大人しくしててよ。何かあったら困るんだから!」
「魔法を使える人が必要でしょ。ほら、行くわよ。急がないときれいな森が燃えてしまうわよ」
「僕も魔法が使えるようになったんだから」
「いいから早く行くわよ!」
聞いちゃいないよ、まったく。
僕たちが向かった先は隠密狙撃部隊が既に敵を排除した後だった。
使役されていた野犬たちが森のあちこちに転がっている。
幸い賊は森自体を燃やす意図はなかったらしく、狼煙を上げていたに過ぎなかったが、その姿は消えていた。
状況は追撃戦へと移行していた。
僕たちは戦闘を隠密部隊に任せて、火を消して回った。
活躍の場のなかった母さんはぶつぶつぼやいている。
町に戻ると領主館の一部から煙が上がっていた。
既に鎮火されて大事には至っていないようで、住人たちも騒動の割に落ち着いていた。
「敵は獣人だけじゃなかったわけだ」
僕は溜め息をついた。
「むしろ本命が動いたってことでしょうか?」
ロメオ君が戻ってきた。
「あらまあ! あなたがロメオ君ね。かわいらしい魔法使いさんね。初めまして、エルネストの母です」
いきなり手を握られてロメオ君は慌てふためいた。
母さん…… お願いだから時と場所を考えてよ!
周りの兵士たちの視線が痛い。
ロメオ君まで赤くなってるじゃないか!
それにしてもみんなは何してたんだろ?
いろんな意味で心配である。特に親父と兄さんが羽目を外しちゃいないか心配で…… 気になって仕方がない。
やがて騒ぎは収まり、残りの段取りも無事消化された。
こうして記念すべき移住開放式典は幕を閉じた。
捜索隊は追撃の過程で奴隷商の馬車を複数探し当てた。
さらわれた獣人の子供たちが大勢発見された。その数四十二名。
後日、この森で共存する予定だった獣人の村の一つが襲撃を受けたことが発覚した。村人の半数が逃げ遅れて死亡したらしい。
ヴァレンティーナ様は『魔獣ハンター協会』を永久指名手配組織と認定。協力者も含めて討伐対象に決定した。