踊る世界9
火の魔石(大)で金貨五十枚。金貨六千枚までたったの百二十個。戦後の需要過多で現在値上がり中に付き百個程度である。
「なんだ、すぐだったな」
「ナーナ」
「在庫でお釣り来た」
ギルドポイントの足しにしようと持ってきた分だけで異世界へのフリーパス代が出た。
「昔は金貨十枚稼ぐのもやっとだったのにな…… 思えば遠くに来たもんだ」
「でもランクは上がんない」
「ナーナ」
「B級からA級の間には深い溝があるからな」
基本的にギルドポイントは非公開のポイント制になっている。すべての依頼は難度でポイントが割り振られているが、B級からA級に上がるには基礎単位が百倍必要になるという噂だ。
B級になるために為替が変動する程の魔石を売り浴びせたり、結構な品物を売り捌いてきたが…… いや、金目の物はほとんど『銀団』に流していたかも……
思い出してみたら、未だにB級である理由に心当たりがあり過ぎた。
「依頼…… ほんとにやってなかったな」
B級用の掲示板を眺めて、つまらない依頼しかないことを確認すると隣りのヘモジが溜め息をついた。
B級の依頼はほとんどが中層から四十層ぐらいまでの仕事だ。
A級に上がるためにA級の依頼を受けられないというのは斯くもつらいものか。
「やっぱり魔石にするか。需要足りてないし」
低きに流れるのは水の常。
大量のミスリルや金を流したら市場的に問題あるけど、魔石なら当分、供給過多にはなるまい。
タロス戦の帰り道、どこの管轄にも属していないエリアで拾いまくった回収品を売り払って、戦いに投じた資金の回収は済んでいる。
でもエンシェントドラゴンは捌こうにも捌けずにいた。そもそも今売れば足が付く。
王様に送る装備を包む風呂敷代わりにでもしてやろうか。マントか外套にでも加工して貰うといいだろう。
宝の持ち腐れとはよく言ったものだ。
『ビアンコ商会』の造船ドックは空港予定地に既に建設が始まっていて、同時に十隻まで建造メンテナンスが可能になっていた。今まで使っていた工房は規模を縮小して、機密情報を扱う旗艦や僕の船など特殊な船の運用兼開発用のドックになるらしい。
僕の船も早速、棟梁に訳を話して気嚢をエンシェントドラゴンの『第二の肺』と入れ換えて貰った。どこまで性能が上がるか、棟梁はわくわくと飲酒が止まらない。
余った『第二の肺』は中古で流用して貰うことにした。
今回、ガタがきた部品を一から見直し、テトやスタッフたちは更なる進化のため、改修作業を開始した。
メインマストが折れていることをすっかり忘れていたら、怒られるどころか熾烈な戦いだったんだなと感心されたとテトから報告を受けた。
テトはあの歳ですっかりテストパイロット兼アドバイザーだ。
増え続ける船に対応するため、工房でも新人パイロットの育成を行なうことになったらしく、講師をやらされそうだと逃げ回っている。
「若様、レポートだけにしてくれるように頼んでよ」だそうだ。
特大を取ってきて換金しまくるか。後受けで何かないかな。
ガルーダの皮の依頼が例の肉屋からあったが、競争率が高いらしい。常に大人数が大挙しているそうだが、転移する敵にほとほと手を焼いているらしい。
安全対策のためのシステムだし、そもそもランク上げなんて短期でするものじゃないし。一生頑張ってもB級で終わる人がほとんどだ。
ああ、今回のタロス討伐が強制依頼だったらな…… スプレコーンでは任意参加だったからポイントにならないんだよな。実家から参加すればよかったかな。後悔先に立たず。でもそのおかげで陣地に張り付かずに自由に動けたとも言えるし、痛し痒しだな。
大雪が味方した。この日、火の魔石(大)が飛ぶように売れた。金貨五十枚のところ、百個まとめ売りで一個あたり五十七枚で売れた。
火の魔石(特大)を取ってきて、両替してそれを十セット売ってやったら、魔石(中)が圧倒的に足りないと泣き付かれた。百個だけ流してお茶を濁した。
「やはりダンディー親父の申し出を受けなければ、早々にランクアップなんて無理そうだな」
辛子ソースの『燃えるイフリートパン』を雪が積もったゲート広場の前で食べながら、ソウル品の回収の面倒臭さを思い出していた。
「レアドロップのなかのレアだからな……」
適当に流している分には儲けた気分にもなれるが、明確な目標が設定されると義務感が先に来るから息苦しくなる。
散々タロスと戦った後だけにソウル戦がこじんまりとしたものに思えてしまうし……
「傷付けないように狩るの、面倒臭いんだぞ」
「ナーナ」
「頑張れ!」
もう全部衝撃波で葬ってやる。なんか一段と魔力が上がった気がするし。
「ナーナーナ」
疲れたら替わってくれるって?
「『唐揚げクラーケンサンド』食べ終わったら?」
「ゲートの順番、来た」
オクタヴィアがリュックのなかから首だけ出して言った。
雪でやることがなくなると迷宮に遊びに来る冒険者というのはどうなのだろう。いつもよりゲート前が混雑していた。
「迷宮のなかは晴れてるし、暖かいしな」
「ナーナ」
「ただ暗いんだよ」
暗い迷宮に入るとロザリアの有り難みを思い出す。
僕が明かりを灯してヘモジが叩く戦法でいいんじゃないか?
モシャモシャと『クラーケンサンド』食ってるし。タルタルソースがこぼれてるぞ。
はいはい、頑張ればいいんでしょ。頑張りますよ。チームの大黒柱としてはね。
「肩に力、入ってる」
肉球がとんとんと肩を叩いた。
「ふー」
異世界には魔力がないという。外部からの魔力の取り込みができないということは、省エネに徹しなければすぐ枯渇するということだ。普段のようにでかい魔法を連発するわけにもいかないし、結界を掛け続けるのも問題になるだろう。
そもそも、補充しないでどこまでやれるのか?
「今日の課題ができた」
「ナ?」
「魔力消費は少なく、効果は大きくだ!」
早速、廊下に徘徊している鎧を見付けた。
意外に保ったな。
結界とヘモジのために使う魔力はいつも通りで、攻撃の衝撃波だけ範囲を絞り、エテルノ式の発動術式を使って近距離で炸裂させることで節約しながら戦った。
昼食も食事だけで万能薬を飲まずにそのまま終日までやり通した。
でも僕でこれだと、他の連中はどうなることやら。魔法偏重の戦術は異世界では悪手になる可能性が高い。装備付与を魔力回復と魔力量アップに重点を置いた、僕の装備に近い仕様に換えていく必要があるかも知れない。
そっちの方が金が掛かりそうだ……
魔石は持ち込めるから、獣人たちのような戦い方がベストになるかも知れないな。
まさか、ダンディー親父はそのことを見越して依頼を出そうと言ったのか?
注文は完全に防御偏重。「君主は死なないことが最大の仕事」だとか言っていたが、異世界で戦うことを既に想定してのことだろうか?
「偶然だと思いたいが……」
野生の勘だと言われると否定できないところがあの親父の怖いところだ。
その日の回収品は遅いスタートにかかわらず、良品を何点も回収できた。残念ながら王様の依頼にあいそうな付与効果がある物はなかったが、改修後はすべて買い取らせて頂こう。




