踊る世界(雪の夜)8
授業は白熱していた。最後の日ともなると溜まった疑問の解消だけでも大変そうだった。急遽、母さんも飛び入りしての講義になった。
特に学院を卒業していく先輩たちには今回の大戦は己の至らなさに気付くまたとない機会になったようだ。
先輩たちもここ一ヶ月で学生レベルから大分逸脱した気がするが、卒業してからの活躍を期待するばかりである。
アルベルトさんは完全に姉さんの下に就きそうな予感がする。ジーノさんみたいにならなきゃいいけど。残るふたりの先輩は実家に帰ってそれぞれ領地を支えるらしい。
ミコーレの皇太子夫妻は領主館に戻り、ダンディー親父はリオナとヘモジとオクタヴィアといっしょにカードゲームを楽しんでいた。
僕は思わず吹き出した。
オクタヴィアの前にはカードを立てておく木製のブックスタンドのようなものが置かれていた。
ピオト作だろう。手頃な重い木質の角材にカードを立てるための切れ目が入っている。
「二枚目を二列目へ」
肉球で抜き差しするのは難しいから、隣りのリオナが言われたカードを引いて指定の場所に置く。
自分でカードを置いておいて、自分が発狂するというシーンを見るのはとてもシュールな景色だ。
勝負はダンディー親父とヘモジの一騎打ちだった。
初めてだろうに、要領を理解し、実戦に持ち込む早さはさすがである。
「混ざらないんですか?」
酒を飲んでいるふたりのハイエルフに話し掛けた。ひとりは未成年みたいだけど。
「感心しておる。人は次々新しい物を生み出していくものだとな。遊びも、日常も然りじゃ。正直エルフの尺度で計っていては困惑するばかりじゃ」
「アイシャがお主たちと共におってくれてよかったとつくづく思う」
エテルノ様も酒がまわったか?
「でなければ我らは何も知らずにこの世界の命運を賭けた戦いを素通りしてしまうところじゃった」
アルコール度数が低いといっても量飲めば一緒だぞ。
「授業はまだ続くのかの?」
「そろそろ限界でしょう」
廊下をちょうど母さんが戻ってきた。
「お茶を貰えるかしら?」
「終わったの?」
「もう遅いしね」
「もうこんな時間か?」
我が家のミスリル製のパーツを使った置き時計を見てダンディー親父が言った。余程集中していたのか、夜が更けていたことに気付かなかったようだ。
「今夜はリオナと一緒に寝るぞ」
「はい、なのです!」
リオナが飛び跳ねて喜んだ。
母さんはお株を奪われてしまったようだ。
そこにタイミングよく、と言うか悪くと言うか、疲れた肩を回しながら姉さんが戻ってきた。
母さんも今夜の寝床を決めたらしい。
「ナーナ」
四勝した? 何戦してだ?
「十戦全敗……」
オクタヴィアが大の字に潰れた。
「何か食べるか?」
「甘いのが欲しい」
「ナーナ」
「夜遅いからミルクとクッキーな」
「お砂糖入れて」
「はいよ」
僕はミルクを魔法で程よく温めて、砂糖を一匙加えた。
「リオナも欲しいのです!」
「砂糖も?」
頷いて熱いのを所望した。
ダンディー親父は最長老と一緒に飲み始めた。
「ご主人、帰ってきた!」
「水をくれ」
カウンターにやって来て言った。
「ロザリアはもう寝たのか?」
「新しい迷宮候補が見つかったらしくて、親父さんの見送りついでにさっき実家に帰省したよ」
「せわしい奴だな」
「ずっと帰ってなかったみたいだし、帰ったら帰ったで、大変だろうな」
「先に休ませて貰うぞ」
「ナーナ」
「お休みなのです」
「お休みなさい」
「お前もそれ飲んだら寝ろよ」
「分かった」
口元を白くしながらご主人を見送った。
リオナも今日は狭い小屋ではなく部屋で休むようだ。母さんは姉さんの部屋で。最長老はレオの部屋に収まった。レオは逃げたがっていたが、逃げたら逃げたで失礼なことになるので、頑張るしかない。風呂にでも入ってさっさと寝てしまうことをお薦めする。
窓の外はしんしんと雪が降りしきる。
「このまま積もったら最長老、帰れなくなるんじゃないか?」
誰かが階段を踏み外して大きな音を立てた。
「痛たたたた……」
レオが尻餅をついていた。
「レオもこれ飲むか?」
「う、うん。貰うよ」
それぞれがいつもと違う夜のなか寝床に入った。
僕と使用人だけはいつも通りだったが。
そして翌日。
降り積もった大雪で、パスカル君たちの学院復帰は日延べされることになった。学院から最寄りのポータルまで距離があることが災いした。
一方、王様はこの大雪に対処するため、別れもそこそこに暗いうちに王都に戻っていった。
そして最長老は当分里には帰れないと早々に諦め、エテルノ様を引き連れどこかに消えた。
爺ちゃんもミコーレの皇太子夫妻も他の代表たちも早々に帰路に就いたそうだ。
ミコーレに何十年か振りの小雪が降ったと道行く人に聞いた。別荘の湖の水面も今頃、凍っていることだろう。
肉祭りの二日目は順延になった。
やりたい人たちはセルフサービスで始めたが、雪のなか足元はぐちゃぐちゃ、肉もあっという間に冷めてしまって、結局、早々に店仕舞いすることになった。
大浴場は大繁盛。ピノたちは冒険を中止して、我が家の暖炉の前で双六とカード遊びに興じた。
遅くなったが、僕はヘモジとオクタヴィアを連れて迷宮に潜った。
「次こそはいよいよ浮遊要塞だ!」
でもその前に、約束の品を用意しないといけない。
のんびり集めにいくことにした。
そうそう、金貨百枚の件で追加情報があった。なんと金貨千枚で一年間有効のフリーパス券を購入できるそうだ。
日帰り目的の僕たちには有り難い情報だったが、エテルノ様を入れて六人と一匹、オクタヴィアはいいとして、金貨六千枚はそう簡単には揃わない。
条件が揃うまで、まだ日もあることだし、宝物庫漁りを活発化させなければなるまい。